第39話 不安
ニルヘム侵攻は思ったよりも順調に進み、軍の士気も最高潮に高まっている。
「だというのに・・・」
俺は"籠"の中を見やる。
我らが最高戦力様は膝を畳んで蹲っていた。
「おい、どうしたんだ?」
変に気を落とされちゃこっちもクビになってしまうからな。
そんな俺の気持ちもいざ知らず、余程構ってくれたのが嬉しいのか彼女は俺の方に寄ってきた。
「ねぇ、コルドは"お母さん"ってどう思う?」
彼女が"お母さん"という言葉で表すのは彼女と契約した"全ての母"に他ならない。
ちなみにコルドというのは彼女に伝わっている俺の偽名だ。
「そうだなぁ・・・この世界の全てを産み出したとされる凄い神様だとしか・・・」
俺の意見がつまらなかったのだろう。
彼女は"籠"の中の椅子に腰掛けた。
「お母さん、最近声をかけてくれないの」
「そうなのか」
「えぇ」
この任に就くにあたって少しだけ霊契術について学んだが、確か契約した霊神との交流は出来るだけしておいた方が良いと書かれていた気がする。
それが絶たれたという事は力を失いつつある、という事だろうか。
「以前、霊契術は霊神との交流が重要だと聞かされた事がある。今も問題無く行使出来るのか?」
「その心配は無用よ。お母さんは変わらず私に力を与えてくれる。それはこの前あなたも見たでしょ?」
あぁ。文字通り壮絶だった。
思ったより都市の防衛能力が高く、本隊に付いてくるという者を回収だけした後の事だった。
街はそれを包むだけの大きさを持った水泡に包まれ、中の生命は原始へと回帰する。
残ったのは見たことも無い形の植物に包まれた街と、人ともつかぬ生き物達のみ。
様々な物に縛られる"人"という形からの開放。
それこそが彼女の掲げる救済なのだ。
始めはこの軍が霊契術師を擁しているという事を知り、反感を抱いていた武装蜂起した市民達もあの光景を見て完全に戦意を失ったらしい。
むしろ失うなと言う方が酷だ。
誰もあんな言葉も知恵も力も無い、あーと鳴くだけの生き物にはなりたくあるまい。
「全ては忘却の果てに全ては本能のまま・・・彼らはさぞ幸せでしょうね」
本当ならこのイカレ女郎がとなじってやりたいが、それをすると俺も還されかねないので口を紬ぐ。
王都まで侵攻路に沿っていけば都市は後一つ。
どうせこいつがいる限り侵攻と革命は成功するのだ。
侵攻が終わったら退役してどこかに隠居でもしよう。
この
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王都へと向かう道のりは地獄そのものとも言える道だった。
貴族と思しき人が今まさに襲いかかろうとしている市民を焼き払い、貴族が捌ききれなかった市民がその刃でその歯でその体で貴族を殺す。
主人が殺された館には民衆が我先にと押し入って女子供を外へ引摺り出しては嬲り、金品を奪い合った。
そこでもまた人が死に、館に火が放たれる。
俺は膝を付き、思わず吐きそうになってしまうが特別製の体がそれを許さなかった。
今まで安全な日本でのうのうと積み上がってきた己の中の倫理が崩れていくのを感じる。
「大丈夫?」
リンダが心配そうな顔を向けてくる。
だけどその手は震えていて、彼女にも見るに堪えない光景なのが分かった。
『立ちなさい。あなたがこの革命を止めるのですから』
ゼービスが俺の腕を掴み立ち上がらせる。
『さぁ、時間はありません。急ぎますよ』
「お、おう」
血に濡れた街。
子女の悲鳴と男達の叫び。
沢山の人が死んだ、いや彼らは殺したというのに金品を手にした者達は清々しいまでに笑みを浮かべていた。
その光景が頭から離れる事なく俺は決戦の地、王都へと向かう事となる。
この世界に喚ばれた時より力は増し、霊契術の多くを習得したが、それでも胸に疼く不安が消える事は無い。
魔王を倒しこの革命を終わらせ、世界を救う。
女神はそれこそが俺の使命なのだと言ったが、ここに喚ばれるまでのうのうと過ごしてきただけの俺にそんな事は出来るのか。
なんで俺なんだ。
そんな思いがぐるぐると巡るが、思考の着地点なんか存在する訳も無く。
もし駄目でも一緒に旅をしてくれたリンダだけはなんとしても逃がそう。
そう胸に決めて。
俺は戦場へと至った。
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