第37話 キャトル

私は報告書を手に取り溜息をつく。


遂にアムレザルが動き出した。


彼の軍が最初に手を付けるであろう街に周辺の兵力を集中させていたが惨敗。


伝令によれば守っていた筈の市民が有り得ない力を以て襲いかかってきたと言う。


「・・・参ったな」


アルターエゴを戦線に投入するとして誰に投与するのかは自明の理だったろうに。


「参謀閣下っ!報告が続々と上がってきております!」


「ご苦労」


報告書に目を通す。


内容は半ば予想していた通りのもので、第2、第3の街が陥落したという知らせだった。


報告は止まない。


鉄道の機能停止、港街も実質的に占領された様だ。


「ど、どうしましょう!閣下!ご判断をっ!」


「落ち着けっ!」


錯乱していた部下を黙らせたが、実際私の頭の中は混迷を極めていた。


元々アムレザルは多少高度な冶金技術があるだけの小国だ。


ここまで多角的な同時侵攻など自力だけでは出来る筈も無い。


・・・だとすればやはり。


「此度の敵は我が国が溜めて尚気にもかけなかった膿だ。持たざる我が国民達だ」


私の言葉に呆然とする部下を作戦は追って伝えると言い、追い出す。


まさかここまで数の揃えられる物だったとは。


アルターエゴのその効能からそこまでの量産性は無いというのが上層部の判断だったがその認識は甘過ぎたようだ。


敵は攻めてくるのでは無く内から溢れてくるのであれば戦力の集中は他を切り捨てる選択に他ならず、けれども分散させればその数に圧倒されてしまうだろう。


「伝令っ!」


「はっ!」


部屋の外に控えていた部下を呼ぶ。


「各大隊及びアーテリア部隊に通達。最終防衛ラインを王都近郊10都市に設定っ!敵は国民だっ!反乱分子だと推測される者に対する殺害を許可するっ!割り振りを伝えるので、各大隊長は作戦会議室に集合せよっ!」


伝令が駆け出す音を聞き届けると私も急いで作戦室へ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おら、出番だとよ。出ろ」


「・・・うん」


奥から返事が返ってきたのを確認すると俺は"籠"の戸を開ける。


出てきたのはほぼ白に近い髪色をした痩せぎすの一糸纏わぬ少女だ。


「・・・どうかした?早く私を救いの場へ連れて行って?」


16、7の歳には見えないあどけない表情をする少女。


「あぁ。今回も沢山の人を救済してくれよな・・・」


「うんっ!」


その眩しいまでの笑顔が俺の心を抉る。


この娘のお守り監視役に選ばれて久しいが未だにこの痛みに慣れる事は無い。


幼い頃から牢に入れられ倫理も常識も教えられる事無く、自らを神の御使いかなんかだと思い込まされている、我が国で、いや世界最高峰の霊契術師。


番内1位、全ての母であるトリスと契約を交わした者。


それが"海"こと彼女の正体だ。


「服だ。いざと言う時に身を守ってくれる」


ただの絹のワンピースだが、その経歴、その生活習慣から食器よりも重い物が持てず、服すら重いと全裸で過ごす彼女はこれくらい理由を付けないと着てくれない。


「少し重いけど仕方無いわね」


純白の衣を纏った彼女は一応お洒落を喜ぶ心はあるのかくるりとターンをしてより深い笑みを浮かべると俺の方を向いて言った。


「さぁ、準備は終わったでしょ?早く連れて行って」


まるで行楽にでも行くかのように。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


火蓋は切られた。


『少し間引いておきますか』


私は燃え盛る街を目下に魔術の弓を引き絞る。


アムレザル軍の作戦はシンプルで、各都市で市民を焚き付けアルターエゴで武装蜂起させ、生き残った者を本隊へと向かい入れながら王都へ向かうというもの。


アルターエゴによって目覚める能力は完全に個人差である以上、強い者だけを集めるには適した作戦だと言えるだろう。


だが、相手の策が優れているからと言って見過ごす訳にはいかない。


私が放った矢は薄い光を纏って飛んでいく。


相手はそれに気付き回避するも矢はくるりと向きを変えてその頭に突き刺さった。


『発破(クラック)』


鏃が炸裂し、敵の生命機能を完全に停止させる。


『さて、次は』


次なる標的へまた弓を引き絞る。


そうして本隊へ合流する筈だった強敵を間引き、"事が上手く運べば"乗り越えられるくらいの強さに調整する。


それが勇者を一番確実に送還する場面を引き寄せるのに必要な過程なのだ。


「・・・キャトル」


『いけませんよ。こんな時間まで起きていては』


番えていた矢を放った時、主からお呼びがかかったのでその目前まで移動した。


「・・・敵の間引きでもしていたの?」


3節まで祝詞を手に入れた彼女にどこまで"視えて"いるのかは大まかな予想しか出来ないが、少なくとも私に対する理解は深まっているようだ。


『そうですよ。来たるべき契機に備えての下準備です』


クレアはここで何かに気付いたようで表情を濁した。


「ねぇキャトル、あなたの描いている結末は私の描く大団円とズレてはいないかしら」


否定出来ない。


「祝詞を受け取った時からなんとなく因果の流れが分かるようになってきて、その反応で察したわ」


未来は螺曲がった。


我が主は不敵に笑う。


あぁ・・・全くなんてことをしてくれたのだろうか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


してやったり。


そんな気持ちが私の胸を満たす。


3節目の祝詞を手に入れた時は無我夢中で気付かなかったが、ここ数日、少し見える様になった因果の流れから考察して幾つか分かった事がある。


一つ。祝詞とはなんなのか。


一つ。キャトルが目指そうとしている結末。


そして。どうしてキャトルが私を選んだのか。


「私は今回の革命で死に、魔王となるも勇者に殺され、霊契術師絶対優位のこの時代の終焉の象徴となる歴史のキーパーソン、言わば契機そのものなのよね」


『ですよ。だからこそあなたが革命で命を落とし魔王になり勇者に倒されるという因果は他の何よりも強靭で誰にも曲げられない。例え運命の女神にだってね』


「それを逆手に取って運命の女神と勇者が絶対にやってくる舞台を出来るだけ優位な状態で迎えようとした」


ここまで言うとキャトルは深い、それはそれはとても深い溜息をついた。


祝詞とはその存在が個として存在しているという事を証明する彼そのものである"障壁"を自ら破る為の手段であり、さらなる祝詞を得て更に障壁を剥がす行為は即ち彼の庇護下を離れ彼の監視下からも離れると言う事。


彼からすれば"まぁ、視えなくなってもしくじらなければどうにかなるだろう"という相手に今までコツコツと歩みを進めていた道を大幅にズラされたのだ。


『自らの状態が変わればそれに合わせて未来を変えてしまう。それは分かっていたでしょうに・・・』


「分かっててやったのよ。あなたが望んでいたのは私を狙ってやってきた勇者を送還して、魔王となった私をあたかも死んだかの様に見せかけて元に戻した後に逃がし、結果的にニルヘムは滅亡して私と親しい人間も何人かは死ぬけれど、歴史的に問題は起きず、私は生きている。そんな未来でしょ?」


『固まりつつあったその未来を捻じ曲げてどう転ぶか分からない状態にされたのは許せませんが、如何な未来をご所望で?』


真っ直ぐとこちらに向けられた不機嫌そのものの様な表情は例え彼にはその存在から本心などというものが存在しないのだとしても、これまでで一番素直な表情に見えた。


「えぇ。台無しにしてしまった以上、マスターらしく目指す方向くらいは指示しないとね」


私は大きく息を吸い込む。


彼ならばどんな結末だろうと必ず私の元に持ってきてくれるだろうと信じて。



「私と親しい人達は勿論、出来るだけ人死の出なくて後腐れも無い。そんな最高の結末を」



私の指令(オーダー)を聞き届けた彼は心底面倒臭そうな顔をしながらも


『御意に』


そう言ってのけたのだった。

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