第36話 直前

「・・・そろそろ休憩にしよう」


「ですね」


互いに剣を降ろし汗を拭う。


学院での鍛錬では足りないとユル君に家に来てもらっているのだ。


『二人ともまだ詰められる所は多いですね』


いつの間にか飲み物を持って私達の前に立っていたキャトルが若干腹の立つ仕草をしながら私達が至らない点を次々に上げていく。


それは自覚しているのにも加えて盲点だったとしか言いようが無い様な的確な指摘をしてくれているので有り難いのだが如何せん腹立たしい。


・・・気にしていても仕方がない。


「そろそろ再開しよう」


「そうですね」


『おっと、その前にコマツ殿をお借りしても?』


突然のキャトルの申し出にユル君は若干戸惑いながらも頷いた。


『そんなに時間はかけませんので』


そういうとユル君の霊神を連れてそそくさと何処かへ行ってしまった。


「取り敢えず木刀でやる?」


「はい」


霊契術を解き、木剣を互いに構える。


純粋な剣技のみの闘いも偶には良いだろうと私達は一歩踏み込んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『して何用だ?』


『なに、ちょっとした世間話ですとも。勇者』


勇者。その響きには少し、いやだいぶ懐かしさを感じる。


確か私がこの世界に喚ばれた時に呼ばれた名だ。


そして段々と記憶が浮き上がってきた。こいつは・・・


『早く戻って主達の鍛錬に付き合わねばならん。手早くな異郷の魔術師』


『それは勿論』


魔術師はヘラヘラと笑いながらこちらの目を真っ直ぐと見つめる。


今なら一瞬で斬り伏せられると思いもしたが、その纏う雰囲気は幾十、幾万年とかかろうとも倒す事は出来ない、そう直感に語りかけてくる。


あの時は私を"有象無象と共に一閃した"剣士の方に目が行っていたが、そこらの神すら凌駕するであろう気迫を持ったこの人物はいったい何者なのだろうか。


『もし?』


『・・・あぁ、すまない』


つい耽ってしまった。


咳を払い、向き直る。


『コマツ殿には少しアドバイスをしようと思ってね』


『ほぉ』


『もしコマツ殿がユルに忠義を尽くすと言うならばそれを突き通す事だ。どれだけ恩の有る相手を相手取る事になっても』


ヘラヘラしていたと思いきやいきなり神妙な面持ちで言い放つのだからこの男も存外落ち着きが無い。


『何を今更と言いたい所だが・・・助言、心に留めて置こう。あんたがそう言うならその言葉が必要な場面に出くわすってことだものな』


『あぁそうしてくれると助かる』


異郷の魔術師はそう言い残すと去っていく。


『私も戻るか』


今日こそあの審判の女神とやらに勝ち越してやろうと戻ると異郷の魔術師に半ば体術のみであしらわれたのはまた別の話である。


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「特殊工作兵200、近接装備兵1000、霊契術師100、アルターエゴ服用者概算30000。この戦力が本当に用意出来るのなら確かにかのニルヘム王都も落とせよう。だが、これ程の戦力が本当に用意出来るのか?特にこのアルターエゴ部隊は」


アムレザル軍参謀が葉巻をすり潰しながら訪ねてくる。


「それに関しては向こうの反政権派がどれほどの武装蜂起を起こすかにも寄りますので不安要素はありますが武器は渡しました。あの国の膿とも言える彼奴等は絶対に行動を起こしますよ。そんなに不安なら"海"を貸してくれてもいいんですよ。参謀閣下」


参謀は新しい葉巻を取り出し、切り口を作ると火を点ける。


「最初からそれが目的ならそう言え。よろしい。"海"を貸し出そう。上手く使え」


「了解(ラー)」


準備は盤石。次の覇権を握るのは我らアムレザルだ。

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