第34話 二人(前編)
ポットとフライパンを火にかけ、投函された新聞を取りに行く。
温まったフライパンに買い溜めのパンをスライスして乗せると沸けた湯で茶を入れた。
香ばしく焼けたパンにバターを塗りたくり新聞を読みながら茶を飲む。
それがもう十何年も続けてきたモーニングルーティン。
「あ、今日の運勢良いじゃん」
特に恋愛運。
これまた十何年も読み続けてきた新聞の占いコーナーには私の運勢が良い事がしっかりと綴られていた。
「・・・行動するなら今日、ねぇ」
『アリサ、その、言いにくいんですけど・・・』
「分かってる。気分の問題なのよ」
茶とパンを平らげると食器を水にだけ浸して、戦闘服としての機能も備えた仕事着に着替える。
本来ならばすぐにでもアプローチをかけに行きたいが、今日はちょっとした任務があるのだ。
誘うのはそれを終わらせてからでも遅くない。
「さ、行こう」
『うん』
私は自らの稼ぎには分不相応な中層街の狭い部屋を出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うーむ」
職場に着いたは良いものの時間を持て余した私は、王都を内側から守護する部署として取り寄せている朝刊の一つに目を通す。
「・・・」
この王都で長く親しまれている新聞社の朝刊には占いコーナーという記事がある。
たった今私が見たのもそのコーナーなのだがそこに書いてある内容に眉を顰めざるを得ない。
本日の一番は!というポップな見出しの下にはあの変わった後輩、いや、上司にピッタリと当てはまる条件がデカデカと書かれていた。
・・・こういう時は大体私と飲みませんかと誘ってくるのだ。
「良い加減、他のを見つければ良いものを・・・」
「もう貰ってあげたらどうですか?彼女。多分諦めませんよ?」
この部署でも古株、つまりは長い付き合いのあるやつが俺を顔を見ながらニタニタと笑みを浮かべる。
「美人で高収入。気立ても良いときた。行き遅れるには勿体ない」
「それはそうなんだがなぁ・・・」
こんな寡男のどこが良いのやら。
歳も離れているし、それこそ気のしれているのであろうアーテリアの誰かとでもくっつけば良い。
始業間近の時間となり、ぞろぞろと部下達が集まり始めた。
「まぁ、一先ずは仕事だわな。今日もよろしく頼みますよ。局長」
「あぁ」
今日も各所から仕事が舞い込んで来ている。
取り敢えずは目の前の仕事を片付けよう。
そう意気込んで机に積まれた書類へ目を向けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私と契約してるナーヴァはその防御を以て厄災を退けたとされる霊神だが、その能力の本質は空間の断絶にある。
それを理解し、応用する事で防御は勿論、攻撃や捕縛にも利用してきた。
『私としてはちゃんとした用途で使って欲しいんですけどね』
「満更でもないんでしょ。今まで守るだけだったあなたが攻めに転じるの」
私は標的(ターゲット)を見つけると尾行し、人目が消えた瞬間その首を断絶する。
切り離された頭はそのままずるりと首からこぼれ落ちた。
血が噴き出し路地を形成する壁が大きく紅に染まる。
そして特に焦るという訳でもなく立ち去ると控えていた間者に任務達成の旨を告げた。
自分が所属しているアーテリアはこの国に巣食う
・・・早く先輩と会ってお酒を飲もう。
そう思った矢先、突如何者かに肩を掴まれ殴られる。
多少グラつく頭を抱えながら視線を向けるとボロ布を纏った痩せぎすの男が殺意の目でこちらを睨んでいた。
「おめぇ、その服、見た目はそんなでもねぇが生地は相当なもんだろ、男の首が突然飛んだと思ったら踵を返しやがって・・・おめぇっ!霊契術師だなっ!それも軍人のぉっ!」
男が再び拳を振るおうとしたが空間を断絶しこれを防御、相手を突き飛ばす。
彼に対しての殺害許可は出ていないからだ。
「・・・っ!舐めやがってぇっ!」
拳を振う。
突き飛ばす。
拳を振う。
突き飛ばす。
いつまでもこちらが攻撃しない事が相当頭に来ているようで、その言葉と拳は激しさを増す。
「なんだってんだよぉっ!俺達から税金絞っていくばかりか簡単に殺しやがってぇっ!霊契術使えるのがそんなに偉いのかっ!教育を受けられたからってそんなに偉いのかっ!使える奴らが使えねぇ俺達から一方的に絞って殺して・・・そんなのが赦されるのかよぉっ!」
男は続ける。
「心のねぇお前には無駄だろうが教えてやるよぉっ!さっきお前が殺した奴はなぁっ!元々金持ちだったってのに霊契術師の気紛れで罪被せられて没落してよぉっ!それでもっ!娘息子飢えさせちゃなんねぇって眠らずに働いて働いて働いてっ!疲れ切ってる筈なのに、勢いはあるけど、日和っちまった奴らを見てここらの反逆のリーダーに名乗りを上げたんだぞぉっ!」
「霊契術師皆が善良という訳ではないが・・・」
男は止まらない。
「だからどうしたっ!現にお前は人殺しであいつを嵌めた霊契術師はたった半年の禁固刑だったっ!あいつの一生は霊契術師共の半年と給料分しか価値が無いってかっ!そんなことはあっちゃいけねぇっ!あってたまるかよ・・・」
思わず手加減無しで突き飛ばしてしまった。
彼の体は地面を数回バウンドして壁に打ち付けられる。
脚と腕が片方ずつ折れてしまっていたがそれでもなお立ち上がり叫んだ。
「おめぇらみたいな人でなしは一人残らず死んじまえっ!死ねっ!死ねっ!死ねぇぇっ!俺は絶対に赦さないっ!地獄に沈んでもお前らを呪い続けてやるっ!いつか絶対に報いを受けるだろう・・・いやっ!この手でその罪を償わせてやるっ!絶対っ!絶対にだっ!殴って倒して犯して切って砕いて焼いて煮て腐らせてなぁ・・・っ!」
「・・・っ!」
死に際の恨み節を聞いた事はあった。
その時は所詮犯罪者の戯言だと聞き流す事が出来たのだ。
けど少し離れた場所で折れた足を引摺り、殴りかかろうと今も私に迫る彼は間違い無く善良で、私が守るべき国民の内の一人なのだ。
昔からあいつは天才だからと距離を置かれ、皆と近い距離に・・・皆に認められたくてこの職業についたのに。
何故私は守っていた筈の人にこうも憎悪されているのだろう。
「あぁ・・・」
一瞬頭に浮かんだ考えを全力で否定する。
ここで力振るってしまえばそれこそ彼を否定出来なくなる。
「・・・ちょっ!待てぇっ!」
私はその場から脇目も振らずに走り去る。
きっと私は今酷い顔をしているのだろう。
こんな様では先輩にも会えない。
誰にも会いたくない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おかしいな・・・
誘われないと楽だなとは思っていたが本当に誘いに来ないとは。
まぁ、そんな日もあるかとそのまま帰ろうとすると何者かが私の胸ポケットへ何かを差し込んだ。
全くの意識外からの干渉に驚いてしまうが、その身のこなしと薄っすらと後を引いていた緑色の光からキャトルだと推察する。
なんだってこんなまどろっこしい・・・
差し込まれたのはメモの様で広げてみるとアリサという名前とその住所が書かれていた。
これは私に向かえという事だろうか。
私は道中アリサの好みそうな酒を適当に買いながら住所に示された場所へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます