第33話 情報屋と神官と

『ほら、集中して』


「お、おう」


最近になってゼービスからの霊契術のレクチャーがハードになってきた。


どことなくその表情に焦りのようなものを感じる。


「最近、焦ってないか?」


『そんなことはありませんよ』


「そうか」


いつもどこかに余裕を忍ばせていたゼービスからは考えられないような表情に俺とリンダは不思議な警戒心を抱いた。


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寂れていた筈が昨今の騒ぎで賑わいを見せている通りを歩く。


賑わいと言ってもやれ貴族の女を犯してやるだのやれ金品を盗んでやるだのと下品極まりないのだが。


「やぁ、店の周りに人がいっぱいでご機嫌じゃないのかい?」


「あぁ?なんだラットかよ」


飲み友達でもある馴染みの情報屋は傷が出来た頬を気にしながらこちらへ振り返った。


「へっ。あんな忠告されて人を殴るような客達なんてこっちから願い下げだよ」


「そうかい」


入れ、と家の奥へ通されると家主は酒を二杯ついでそのうち一つを渡してきた。


「有り難ぇ」


一息に呷ると俺好みの強い酒精が喉を焼く。


「んで、何の要件だ?金貯め込んでる貴族の家か?美人の処女がいる家か?」


「そんなつまんねぇ事じゃねぇよ」


「だよな」


俺は酒のお礼とばかりに煙草を取り出し手渡す。


相手は早速火をつけうっとりとした表情で煙を吸い取る。


煙草は酒と違ってこっちに流れてくる事は殆ど無い嗜好品。


久し振りの煙はさぞ美味いに違いない。


互いに望んだ物を対価に仕事をする。


それが俺と目の前の奴との信頼関係で距離感だ。


「んで結局何が知りてぇんだ?俺とお前の仲だ。出し惜しみはしねぇよ」


「あぁ。そんじゃまぁ早速」


俺は旦那から腕利きの情報屋がいるのならと渡された封筒を差し出した。


「良い紙使ってらぁ。例のパトロンって奴かい?」


「そういうこった」


情報屋は乱暴のように見えて器用に封を切ると中身に目を通す。


「・・・お目が高い。本来ならもう2、3本は貰いてぇところたが、中々どうして扱いに困るし、ネタもネタだ。信憑性にも欠ける手合からの情報しかねぇ。まけといてやるよ」


「助かる」


「量もある。書面に纏めてやるからちょっと待ってな」


「悪いね」


どこからか引っ張り出してきたタイプライターの音が響く。


「お前、このネタにこっからも首突っ込むのか?」


「まぁね。それがパトロンの望みで俺の仕事だからな」


「死ぬなよ」


「なんだ突然。辛気臭せぇ」


情報屋はタイプライターを打つ手を止めこちらを指さした。


「はっ。誰が今更テメェの心配なんかするかよ。お前程腕の良い奴は知らねぇからな。ただこの件の裏の裏、その一端でも掴んだら俺にも流せよ?年食った火酒で買ってやる」


「あぁ、任せとけって。その代わり半端なもん出してきたら許さねぇからな」


二人で拳を合わせる。


成り上がってやろうと決めたあの時からの変わらぬ仕草。


資料を受け取って間者に渡す時には日は暮れ夜になろうとしていた。


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私、ラムダムは一枚の紙を前に眉を顰める。


日々の作務を終え私室に入ると机の上に置かれていたこの紙には一見何の根拠も無い戯言にしか見えない事がみっちりと書かれていたのだがどうにも捨てる訳にはいけないような感じがするのだ。


書かれていることを要約すると、近い内に革命が起きて修道院も襲われるから私が人を指示してそれを防げとの事。


自分で言う事でも無いが、確かに私はそこそこ高い地位に就いている。


だが、それも契約した霊神に恵まれ、王侯貴族の子息の契約の儀の見届け役が務まるからであって人望があるという訳では無いのだ。


「ふーむ・・・あむ」


好物の飴を口に放り込みながら考える。


せめて差出人が分かればいいのだが。


見て分かるのはとんでもなく綺麗な字であるという事だけ。


手紙には本当だった場合、何が起こるのかが紙いっぱいに書いてあるのだが、これが出来る霊神は限られてくるだろう。


「と、なると・・・運命の女神ゼービスは今は誰とも契約してない筈だし・・・予見の女神ミリムは・・・無いな。ミリム様自身もその契約者である御令嬢も自分で書きたがるくせに字が汚いことで有名だ・・・あれ、未来が分かる的な事を言っていたのはまだ一人いたような・・・」


その後も悩んで悩んでこう決めた。


「ポケットにでも入れておこう」


私は修道服の内側に作られた胸ポケットに手紙を折り畳んで入れる。


私は基本的に修道服で過ごしているのでこうしておけば安心だろう。


ふと時計を見ると今日の終わりであることを告げていた。


そして夕餉の時間が目前に迫っている事も。


・・・遅れる訳にはいかない。


「今日の夕飯は何かな」


私室を出て食堂へ向かう。


私の頭の中では既に手紙の事は隅に追いやられ、大半を夕餉のメニューが占領していた。


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司祭に手紙が渡った。


「急に微笑んだりなんかしてどうしたの?」


『いえ、何でも』


さて、運命の女神。こちらの駒は揃いつつあるぞ。


あの司祭はあれでいて危機が迫ると化ける男だ。


他のファクターも充分。


唯一の不安は、安定してきたとは言えクレアが祝詞を3節しか揃えられていないことだろう。


『ふぅ』


頭の中で完全勝利を遂げるための道筋を組み上げる。


次に対処するべきなのは・・・盾の恋心だろうな。


時刻は日も落ちかけつつある夕方。


私は行動を開始した。

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