第32話 忠誠
未だ静寂に包まれた早朝の街並みを見下ろし息を吸った。
『あぁ・・・してやられた』
全ては順調。
状況を傾かせる要因も適切なタイミングで排除してきた。
だがしかし。
『まさか結末の方を早めてくるとは』
向こうにも準備があるだろうにこうも大幅な縮め方は相手も相当焦っている様に見える。
よりにもよって"視えない"敵を焦らせてしまったのは悪手だったと言わざるを得ない。
それ程に私の存在は敵にとって大きかった訳だ。
『なぁ。
"私"からの脱却を成した稀有な存在。
取るに足らない存在だと知らない内に高を括ってしまっていた様だ。
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『「
鎧を霊契術で喚び出す。
あれからキャトルに見て貰えるようになり、不服ではあるが胴鎧まで出せるようになっていた。
邪なる攻撃を通さぬと謳われる鎧。
「ふぅ・・・」
剣を抜き、敵の動きをイメージする。
想定するのはダリアさんだ。
あのまさに変幻自在とも呼べる猛攻を思い出す。
前を向けば後ろ。
右を向けば左から。
背後を気にすれば横から来て。
周囲全てに気を払い続ければ集中力が続かない。
「・・・思いつかない」
私が辺りを焼き尽くせる様な術を使えればまだやりようはあるのだろうが、どうしても剣一本で勝てる気がしない。
ユル君ならどう戦うのだろうか。
やはりカウンターを狙うのだろう。
ユル君のカウンターを思い出す。
今思えばあの反応速度は人のそれとは思えない。
コツの様なものはあるのだろうか。
そんなことを延々と思いながら剣を振るう。
いつどんな敵からでも姉さんだけは守れるようにと。
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いつもの少し寂れた扉を潜ると、これまたいつもの無愛想なマスターとへらへらとした密偵がいた。
「マスター、お勧めのワインを一杯」
カウンターに腰を掛けると酒臭い密偵が話しかけてくる。
「また蒸留酒か?」
「へへっ、良いだろ。酔える時には酔っとかないとな」
密偵はまた一口、酒を呷ると真剣な表情になった。
彼の有能さを表しているかのような顔だ。
「忙しいだろうに呼び出しちまって悪いな」
「いや別に良い。異常があれば知らせるのが君の仕事だ」
この店は相変わらず閑古鳥が鳴いていて他に客はいなかったが、密偵は用心するように一枚の封筒を渡してきた。
「今各地で平民の不満が高まっているのは知っているだろ?」
「あぁ」
「別にそんな事は今までも有ったろうが、今回は訳が違う」
見てくれ、と催促されたので封筒を開き、報告書に目を通すとそこにはこの国の一大事とも言える出来事が起こりうる条件が揃っている事が細やかに書かれていた。
そしてその要因は今までにも予期していたものでもあった。
「・・・アムレザルか」
「あぁ。あの薬の出処だよ」
点と点が繋がり線となって私の脳裏にこの先の未来を描き出す。
「・・・ラット。よくぞここまで調べ、報告してくれた」
平和を望むお前はもう逃げても良い。そう言いかけるとラットは指を振った。
「おりゃぁ確かに平和が好きで血腥いのは真っ平御免だけどよ、今まで面倒見てくれた雇い主を見捨てる程落ちぶれちゃいない」
ラットは私の手を握る。
「危なくなったら逃げる。そこは譲れないが、そこを超えない範囲でならこき使われてやるよ」
「・・・あぁ。宜しく頼む」
汚くて、硬い。私のとは正反対な手だったが、私には限りなく頼もしく思えた。
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