黄昏のリベンジ
第31話 燻り
『やはり・・・先を急ぐべきかしら』
私は他に部屋が空いてなかった事を理由に同衾している勇者とリンダに目をやる。
この世界に奴が来ていた。
私の脳内に何故どうしてが湧き上がるが、不安は無い。
奴には私が"視えていなくても"勇者召喚の事を嗅ぎつけて現れるのは想定内。
『ふふっ…』
私には宿願を叶える為に必要な駒は最低限揃っている。
『お前はどうやって私を止める?魔術師』
部屋を煌々と照らしていたカンテラの灯を吹き消した。
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「ありゃ、学生達の社会見学に当たっちゃったか……」
いつもながら薄暗い部屋で草臥れた男は報告書を片手に呟く。
「まぁいい。取り敢えずは研究も凍結らしいし」
「そうだとも。お前にはこれからアルターエゴの開発から、量産する段階に移ってもらう」
部屋に入ってきた貴族然とした男が言った。
「神託は下った。神は今こそ備え、ニルヘムに攻め入るべきと告げたのだ」
「・・・分かりましたよ。モノは作りますが、人間はそちらで用意してくださいね」
「無論だ」
草臥れた男はマグカップ片手に部屋を出ようとするが、貴族然とした男が呼び止めた。
「"生き残り"は使えそうか?」
「報告書をご覧になってください。その効能故自我が強過ぎますが、上手く御せたのならきっと力になりますよ」
「そうか・・・」
くひひっと快くは無い笑いを背に草臥れた男は外へ出る。
これから面白くなる。そんな予感が男の内を満たした。
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「姉さん」
「え、あぁ、何?」
姉さんは社会見学から帰ってからというもの、どこか上の空な反応をするようになった。
キャトル曰く一時的なものらしいが、どうしても不安を拭えない。
あの日の戦闘の跡がずっと脳裏に焼き付いている。
何箇所か抉れた様に窪んでいた床や壁。
血が滴り、転がっていた無数の槍。
そして吹き荒れたかの様に残っていた霊力の残滓。
言いたくは無いがあんな跡を残す程の戦闘を姉さんが行える筈が無い。
それにあの量の残滓を残せる程の霊力行使は正直Aクラスやこの国の霊契術師の中でも限られた者しか行えないだろう。
「はぁ・・・」
姉さんがどんどん遠くへ行ってしまうような気がする。
ふと頬杖をついて溜息を吐くと、私の肩にユーグの手が置かれた。
『いや、まだそう遠くへは至っていない筈。ミヤも初めと比べて良くなっていますよ。さ、立って。置いていかれたくないのなら追いつけば良い。然らば鍛錬です』
「うん」
私はすぐに動きやすい服装に着換えた。
中庭へ出るとキャトルがこちらを真っ直ぐ見つめている事に気が付いた。
正直あの後聞けず仕舞いになってしまっている事は沢山あるが、今は鍛錬を積みたいと無視をする。
まずは素振りから。
そう思い剣を正眼に構え、前を向いた時、窓からこちらを見ていた筈のキャトルが正面に立っていた。
「何のつもり?」
『いえ、お気になさらず』
気になるわ!と心の中で吐き捨てるとそのまま素振りを始める。
こちらを値踏みするかの様な視線に違和感を覚えながらも時間はただ過ぎていった。
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裏路地。
そこはやる気の無い者、人生を転げ落ちた者、社会に適応出来なかった奴。総じてならず者と呼ばれる人々の掃き溜めだ。
火事に抗争に人死なんてのは日常茶飯事で、表じゃあ大した騒ぎでもここから見れば小さく見える。
そんな所を今日も仕事がてらふらついていた俺は何やら良くない雰囲気を感じていた。
「こりゃあちょいと調べて旦那に報告ですかねぇ」
俺は一際大きな喧騒の中に身を投じていった。
喧騒の真ん中へ向けて歩を進めるとよく通る声が聞こえてくる。
「俺はここより西の都市、バラモンから霊契術師どもの圧制をおわらせに来た!皆は悔しくないのか!憎くはないのか!産まれた家によって!霊契術師の才能を持つか否かで人生が決まるこの世の中が!」
その演説に呼応する様に声も広がっていく。
元々ここにいるような連中が上流階級に対して、特に霊契術師に対しての妬み嫉みを持っていない訳無いのだ。
しかしここにいるのは馬鹿ばかりではない。
敵う訳無い、諦めろ、馬鹿らしい。
そんな野次が飛ぶが、演説する男は涼しい顔でとある瓶を取り出した。
「これは私達皆に平等に力を与える秘薬だ!これだけじゃない!この国のこの国に不満を持つ勇士達が立ち上がっている!それに聞いて驚け!なんと隣国のアムレザルが我々に力を貸してくれるのだ!」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
割れんばかりの歓声。
あぁ、駄目だ。
誰も彼も熱気と勢いに乗せられて沸き立っている。
まぁ、裏を返せばそれだけ現治世は持たざる民衆からの不満を買っていたということなのだが。
俺は演説を一頻り聞くとフードを目深に被りその場を去る。
これは今晩にでも伝えなければならない案件だ。
あの男の演説が本当ならばもう火蓋は切って落とされている。
民草の怒りにそれをぶち撒ける程の力が加わった時、何が起こるのか。そんなものは決まっている。
革命だ。
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