第30話 閉廷

凄まじい衝撃に真横から襲われる。


私は間一髪防御する事が出来たが、体は壁まで吹き飛ばされていた。


これまで味わったことの無い程の威力。


その出処であろう方を向くと拳が蜥蜴の様に変化した女生徒が立っていた。


そして間髪入れずに放たれる第二撃。


『「・・・っ!」』


片腕で受け、もう片方の腕で鎚を振るう。


女生徒はそれを大きく後ろへ跳ねて回避。


私と女生徒の間に広けれどお互いに一足一刀の間合いが形成される。


彼女の細腕からは到底想像出来ない膂力。


そんな力を持つだなんて


『「やはり霊契術師は罪深い」』


ならば断罪しなければならない。


全身に力が漲る。


筋肉が膨張し、思考は冴え渡った。


より罪深い者を相手取れば取るほど強くなるこの肉体は正に天が私を法の執行者として選んだ証。


今度はこちらから踏み込んだ。


確かに先程の攻撃は強力だったが、スピードはそれ程でも無かった。


ならば速度で圧倒すれば良い。


「・・・キャトル手伝って」


彼女が何かを呟いた途端、背筋を悪寒が駆け巡る。


慌てて後退すると丁度私が通ろうとしていた位置に爆発が巻き起こった。


『「あぁ・・・なんて」』


罪深い。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


キャトルと同調し、いつも通り世界が拡張される。


だが、何かがおかしい。


いつもより"観える"ようにならない。


「キャトル?」


キャトルからの応答は無い。


あのキャトルに限って万が一は無いと思うが、これ以上の援護は望めないらしかった。


息を整え、拳を構える。


ここで私が斃れれば他の生徒達にも被害が及ぶ。


「・・・っ!」


床を蹴り、距離を詰め拳を振るう。


当然相手は防御するが私の攻撃はここで終わりではない。


穿て鉄槍ギュル!」


"あの光景"で視た異界の術。


拳の先から伸びた鉄槍が敵の胸に突き刺さった。




筈だった。




否、確かに刺さって相手の命を奪ったのである。


だが、相手は少しよろめくと深々とめり込んだそれをズルリと引き抜くとけたたましい笑みを浮かべた。


『「ふふっ。ふはははははははっ!」』


胸の傷はたちまちに塞がり、噴き出た血の跡が無ければ分からない程に元通りになる。


『「正義は不滅なりっ!これぞ我が天に選ばれたという証!法の証明!」』


霹靂する私を指差して嗤う。


『「我は罪を前に不滅。だがそれ程の力、個人が持つとはなんという傲慢!なんという罪!やはり霊契術師は咎人だ。そこに善なぞ存在し得ない。我こそ法の具現。法の執行者。罪人よ大人しく頭を垂れよ。天誅を下してやるっ!」』


迫る鎚を避け鉄槍を打ち込む。


『「それは効かぬと・・・っ!」』


空かさず二本目。


攻撃を止めれば引き抜かれて回復されてしまうのなら。


連続で鉄槍を打ち込み続ける。


段々と霊力が底を見せ始める。


ここで尽きる訳にはいかない。


ここで引けば今度こそは斃されてしまうかもしれない。


そんな不安を吹き飛ばさんと拳を付き出す。


あぁ、足りない。


新たにもう一本刺さる筈だった鉄槍は拳の先に存在しなかった。


目の前の敵は体中に槍を生やしているのにも関わらず動き続け器用に槍を抜き始める。


「・・・っ!」


このままでは"向こう"から霊力を補充しきる前に殺される。


「どうすれば」


この疑問に答える者は誰もいなかった。


より力を引き出す為に私と"向こう"との隔たりを壊していく。


その度に霊力が流れ込んでくる勢いは増すが、それと同時に流れ込んでくる情報の勢いも増した。


本能が自我を保てなくなると悲鳴を上げるがここで止まれば死んでしまうと"穴"を広げ続ける。


流れ込んでくる幾億人の人生、歴史、感情。


ふと一枚、"膜"を破った感覚がした。



『よもや時は意味を成さず』



2つ目の祝詞を得る。


だがまだ足りない。


「あぁぁぁぉぁぁぁっ!!!」


頭が割れる。


だが、奴を滅ぼすにはまだ足りない。


もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!


"穴"を広げなきゃっ!


"私"が無くなっても、ここを生き残らなきゃ。


「あぁっ!あぁっ!あぁぁぁぁぁっ!」


あんな奴に殺されるのはやだっ!


私は必ず"あの運命"をひっくり返す。


"運命の日"に辿り着かずに死ぬなんて私じゃない。


魂の悲鳴に耐えて耐えて耐えて隔たりを壊し続ける。


そうして藻が藻掻いていた時、もう一枚膜を破った。



『全は我。我は全なれば』



意識は途絶えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『よもや、一気に2つとは』


目の前で"佇む"マスターを見つめる。


その足元からは因果の残滓が渦を巻き、髪は輝きを帯びていた。


眼は虚ろでどこか遠くへ向けられている。


『「断罪ぃ!」』


裁判官が自慢の鎚を振り下ろす。


『ーーーー』


マスターが言葉にならない呪言を放つと裁判官は吹き飛び、壁に打ち付けられた。


そしてマスターの指先には途轍もない密度のエネルギーが収束する。


・・・あれはマズいな。


『減衰(デューク)』


『・・・っ!』


彼女は溜めていたエネルギーが消失した事に驚いたのかこちらを向くとまた呪言を放ち攻撃してきた。


『分散(ベラク)』


今のマスターには敵味方の区別なんてものは無く、ただ動く物の悉くを滅ぼし自分が生き残れば良い、そんな思考に陥っているのだ。


一歩一歩、マスターへ向けて歩みを進める。


3つ目の祝詞まで急に辿り着いてしまった彼女は以前の様な人格を失ってしまっているかもしれない。


・・・ここで彼女の周囲の人間からの信頼を失うのは面倒だ。


『仕方あるまい』


私は彼女の力を封印するための祝詞を紡ぐ。


『汝は片鱗。時に縛られし者』


放たれたエネルギー波を躱す。


『全は一を内包するものであれど、一は全と成り代わること能わず』


彼女の額に手を当て彼女と"向こう"との穴に仮初めの蓋をした。


髪は輝きを失い、吹き荒れていた因果の残滓も鳴りを潜める。


力尽きた彼女の体を受け止めると、霊力が尽きかけているのであろう裁判官が立っていた。


『「あぁ、天よ。まだ悪が目の前にいるというのに・・・私を見放したか」』


その足取りは弱く、酷く脆い。


私の近くまで寄った所で膝を折った。


既に肌は青白く、体は干乾びた様に萎んでいて暴れていた時の面影はどこにも無い。


パタリと倒れ伏した裁判官は譫言の様な事を呟いて力尽きた。


「キャトルッ!姉さんっ!」


後ろからはようやくたどり着いたという風体のAクラス達がやってきていた。


「何があったの?」


『なに、襲撃されたので、対処しただけですよ』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


所々抉れた壁に、かなりの量散らばっている血のついた鉄槍。


そこに干乾びた死体と共に気を失った姉さんを抱えて飄々と立っているのだからクラスメイト達は何があったのかとキャトルに殺到した。


『・・・これは面倒だ。クレアを任せましたよ』


「え、おいっ!」


姉さんを私に預けてどこかへ消えてしまうキャトル。


未だ緊張止まぬといった集団の中で私は一人溜息をついた。

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