第28話 初日
ガタゴトと列車が揺れる。
慣れない場所で寝たからか随分と早く起きてしまった。
ミヤの寝台を覗くと色々と淑女にあるまじき寝相をしていたので起こさないように直してやるとその物音で目が覚めたのかダリアさんが目を擦りながら上体を起こす。
「ごめんなさい。起こしちゃったかしら」
「いえ、慣れない場所では寝付けなくて」
うふふと微笑むダリアさんはまだ眠そうで、なんだかふわふわとしていた。
そのまま暫くふわふわとしたダリアさんを堪能していると給湯室で沸かしてきたのか湯気の立つポットとティーカップを持ったキャトルが入ってきた。
スラッとしたメイドの姿をとっていたので一瞬誰か分からなかったが、漏れる光の粒子とへらついた笑顔が正体はキャトルであると語っている。
『お菓子はありませんが』
カップに紅茶が注がれると独特な香りが部屋を満たす。
一口含むと今まで感じていた眠気が嘘の様に消え、思わず息が漏れた。
「おいしい」
『それは良かった』
どうやらダリアさんも味わってくれているようで深い息を吐いている。
『少々失礼』
綺麗なものが見れますからとキャトルは私達の間を縫い、その奥にあるカーテンを開けた。
射し込む朝日。
丁度陽が昇り始めたらしく、煌々とした日光は高原の澄んだ空気もあってかいつもより輝いて見える。
普段では有り得ない光景に思わず息を飲んだ。
まだ他の生徒達はミヤによろしく寝静まっているようで、静寂が辺りを包んでいる。
けど、この静寂が不思議と心地良くて。
暖かな光と部屋を満たす紅茶の香り。
こんな時間がいつまでも続くと良い。
心からそう思った。
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ー
学生達が到着した。
いずれ大国ニルヘムの一翼を担い、世界を動かす子供達。
裁判官として挨拶と祝辞を述べる。
ニルヘムの霊契術師達は民衆を見下し、才能持たぬ人民を人として扱わぬ様な手合であると聞いていたが、それを裏付ける様に"罪の臭い"がした。
一礼して壇上から降りると、握りしめた拳からは爪が刺さり血が垂れていた。
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古めかしい門を潜りジャムジムールへ入国する。
規則正しく引かれた水路や並んだ建物が清潔感を感じさせる。
「流石"法の国"ですね」
「ですね」
無秩序に増築されたというニルヘムの王都とは違い、一つの芸術品の様な都だ。
暫く景観を楽しみながら歩いていると、一際綺麗な建物、議事堂へと辿り着く。
裁判官だという人物が挨拶をしに出てきたが、私はその視線に恐怖を覚えた。
夢で幾度となく晒された視線。
軽蔑の視線だ。
「・・・」
『気になりますか?』
「えぇ、まぁ」
私が答えるとスッと姿を消すキャトル。
私は思わず教えてくれないの!?と叫びそうになったが、式典中だと自らに言い聞かせ口を噤んだ。
キャトルの奇行に裁判官の長い話と気味の悪い視線と、式典が終わる頃にはクタクタになっていて、その後案内されたホテルのベッドに倒れ込む。
「・・・はぁ」
部屋は個室であり、キャトルもあれから姿を見せない。
時折部屋の外からはしゃぐような声が聞こえてくるだけで、部屋は完全な静寂に満たされる。
暇だ。
本来であればミヤなりダリアさんなりに会いに行けば良いのだろうが、今日1日でそんな気力も尽きてしまった。
暇を潰したいながらも潰す気力が無いというジレンマを抱えながら窓へ目を向けると些か違和感を禁じえない光景が目に映る。
真っ暗な外。人気の無さ過ぎる街。
もう陽が沈んだとは言えこんな事はあり得るのだろうか。
普通なら窓や店の扉から漏れる光が若干ながらも街を照らし呑兵衛達が彷徨いていてもおかしくは無い時間だ。
それどころか衛兵の巡回すらしていない様に見える。
「・・・裁判長の暗殺が原因なのかしら」
私の知っている以上の何かが起こっているのではないか。
そんな陰謀じみた思考を抱えても仕方が無いとベッドに潜り込んだ。
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「行くわよ。イーノス」
『御意』
街も生徒達も寝静まった深夜。
私はジャムジムールの街にくり出した。
ダーリン、いや、バートレイ卿から預かった任務はジャムジムールで何が起こっているのか調べる事。
もちろん学生としての体裁を取るのに無理の無い範囲でと仰せつかっているが、出来るだけ期待には応えたい。
「・・・それにしたって」
静か過ぎる。
人の気配が無さすぎるのだ。
時間帯もあって、単にジャムジムールの人間は早寝であるだけなのかもしれないが、気にかかる。
暫く進んで今晩はもう引き返そうかと踵を返したその時だった。
男性の絶叫と何かが破裂した様な音が周囲に響き渡る。
私は姿を隠しながら近寄ると男の叫びが発せられたのであろう部屋の窓からのっそりと黒い男が姿を現した。
途端にブワッと冷や汗が流れ出る。
生物としての本能が警鐘を打ち鳴らす。
アイツは相手にしてはならないと思わず物陰へと全身を隠した。
男は誰にも見られていないと判断したのか凄まじい速度で去っていく。
その後ろ姿は猿や獣のそれを彷彿とさせた。
男の姿がやがて見えなくなるまで待つと私は男が出てきた部屋へと入る。
凄惨な殺害現場だった。
飛び散った血や排泄物の臭いに、血に濡れた家具類、そして内側から破裂したかのような色々なモノが飛び散った死体。
この手の光景に慣れていない訳ではないが、それでも尚目を背けたくなる様な殺され方だった。
・・・今日はここまでにしよう。
じきに陽も昇る。
そろそろホテルに戻らねばなるまいし、初日にしては十分な収穫だ。
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「ダリアさん、おはよう」
「えぇ。おはよう」
朝、ホテルの食堂で顔をダリアさんと顔を合わせると心做しかいつもより顔が白く、窶れている様に見えた。
食事もジュースだけ。体調が優れないのは間違い無いだろう。
「あの、大丈夫?」
「何がですか?」
「体調が優れない様に見えたので」
私が問うとダリアさんはいつも通りのふんわりとした笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。少し貧血気味なだけですから」
少しお手洗いに、と去っていくダリアさん。
「キャトル」
『はい、何でしょうか』
「何があったのか教えて」
キャトルはいつもの様におちゃらけてはぐらかそうとしたが、私の目をみてやや真剣な表情になった。
『・・・具体的に何があったとは言えませんがクレアはいつも通りに接してあげてください』
「何があったかは教えてくれないんだ」
『理由はお分かりでしょう?』
何となく釈然としないので聞いてみたがやはり教えてはくれなかった。
未来とは様々な因果が緻密に絡み合って出来たもの。
過去未来の全てを知るというキャトルと契約した時は大層便利だと内心喜んだが、実際に未来とはどのようなものなのだと知らされてしまうと、自ら聞く気も失せてしまう。
誰かが未来を知ったというだけでもその情報の確度は無くなるというのだから世の中上手くいかないものである。
私は思わず溜息をつく。
6泊7日のこの社会見学が何事も無く終わる様にと祈りながらダリアさんを待った。
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「ねぇ、知ってる?昨晩も殺人があったんだって」
「聞いた聞いた。こんな物騒な街、早く帰りたいよぉ」
「なぁ、夜抜け出してさ。俺達で殺人鬼とっ捕まえちまおうぜ!」
「・・・はぁ、馬鹿らし。行くなら一人で行け」
所定の位置までの移動はクラス単位で行われるらしく、他に話す人も居ないのでユル君と軽く談笑しながらクラスメイト達の会話に溜息をついた。
・・・スタート位置までの辛抱だ。
そこからは数人単位で動いて良いとのことなので速攻でユル君を連れて姉さん達と合流しようと決意を決める。
そんな感じの思考を巡らせていると横から煩い王子が話しかけてきた。
「ミーフゥル嬢、私とこのジャムジムールを巡らないか?」
「結構です。第3王子殿下」
「・・・全く。ヒューズで良いと言っているのに」
いつもよりやや丁寧なテンションならいけると思っていたのかいつもより残念そうな顔を浮かべる第3王子。
その溢れ出る軽薄さに拳を握りながらあしらうとまたの機会に、とどっかへ行ってしまった。
「殿下もめげないですね」
「・・・私からすればさっさと諦めて欲しいんだがな」
「ははは・・・王族に対して、強いなぁミヤさんは・・・」
ユル君は苦笑いを私に向ける。
もうすぐ着くと担任が告げるとやっとこの騒がしい中から解放されると肩の荷が降りたような感覚を覚えた。
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