第27話 仕合
高所特有の風を切りながら列車が高原を進む。
「中々壮観ですね」
「ですね」
「うん」
時は雪が溶け出し、春の息吹がそよぐようになった頃。
私達はジャムジムールへ向かう列車に乗っていた。
寝台列車での一泊二日の大移動は人生でも初めての事で不思議と胸が鳴った。
私達の部屋は3人用で、ミヤとダリアさんと一緒に泊まる事にしたのだ。
おそらく初対面だったであろう二人も仲良くなれそうでなによりである。
「その時姉は・・・」
「あら、そんな事が。今からでは想像出来ません」
「二人共、他人の過去話は本人の居ない所でね・・・」
ふと飲み物を取りに行こうと一人で部屋を出ると、外に小柄な男子が立っていた。
「あ、あの」
「はい?」
私に話しかけてきた彼は何故かおどおどしていて落ち着きが無いが、きっちりと着込んだ制服やその雰囲気から不快感は感じない。
「ここ、ミヤ=フォン=ミーフゥルさんの部屋で間違い無いですか?」
「えぇ」
「良かったぁ」
ミヤを訪ねて来たという事はミヤの知り合いだということなのだろうが、そうか。ミヤに男の友達か。
例え事実と違うのだとしても色々と想像が膨らんでしまう。
ミヤはもっと筋骨隆々で寡黙な孤高の武人といった男性が好みなのだと思っていたから少々意外ではあるが、ミヤももうそういう歳なのだ。
姉として見守ろう。
まさかこの小柄な男子が剣士でミヤと鍛錬をしようだなんて言い出す訳・・・
「姉さん誰と話してるの?あ、ユル君」
「ミヤさん、もう少ししたら休憩として外に出る時間があるそうなので一戦手合わせをしませんか?」
「勿論」
あった。
果たしてミヤに春は訪れるのか。
少なくとも三年は訪れる事は無さそうだと思った昼下りだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
車両が止まり、休憩時間になる。
姉さんは私とユル君の稽古を見たいらしく私達についてきた。
その友達であるダリアさんも一緒だ。
いつもは意気揚々と初対面であるユル君に挨拶をかましそうなキャトルの姿は無く、というか今日一日一度も見ていない。
あのキャトルの事だ。どこかで油を売っているのだろう。
少し開けた場所に出ると私とユル君はいつも通り打ち合いを始める。
こんなのを見ていて姉さん達は面白いのだろうか。
「ミヤさん意識が逸れてますよっ!」
「っ!」
寸での所で彼の刃を受け止める。
返すと今度はこちらから斬りかかった。
けれど、カウンターは彼の領域という事なのか私の刃は彼に届かず、返される。
やはり彼は強い。
どこまでも冷静で、剣を握る間は普段のおどおどとした感じは無く雰囲気は達人のそれだ。
斬って弾いて弾かれて段々と時間は過ぎていく。
何度目かの打ち合いを終え、一息つくと意外な人物が声をかけてきた。
「私も混ぜてくれませんか?」
気付けばダリアさんがその両手にダガーを2本携え立っていた。
「良いですけどその短剣は?」
部屋を出た時は丸腰だった筈だ。
「クレアさんに創ってもらいまして」
「え?」
姉さんはそんな事をして大丈夫なのだろうか。
姉さんの方を見るといつの間にかキャトルと一緒にこちらに手を振っていた。
何かまた私の知らない何かが起きたのだろう。後で問いただせねば。
「やるなら早く始めません?」
「えぇ、そうですね」
「じゃあ僕は見学していますね」
ユル君が場を離れ、ダリアさんと対峙する。
その雰囲気はユル君とは違い剣士というより暗殺者の様に感じる。
「霊契術を使ってもよろしくて?」
クラスで言えば格下ではあるが、何故だろうか。本能が警鐘を鳴らす。
「ではこちらも使わせてもらう」
「えぇ。良いわ」
それまでそよいでいた風が止んだその時。
闘いの幕が切られた。
私は踏み込み、剣を振り下ろす。
遅い。
相手も反応はしているが間に合うことは無いだろう。
取った。
しかしそこで私は初めて焦りを感じた。
さっき感じた悪寒の正体を知ったのだ。
"目の前いた筈のダリアさんがいない"
「後ろがお留守ですよ。騎士様」
私は屈むようにして刃を回避すると直ぐに剣を薙いで距離をとる。
「・・・今のは危なかった」
「ふふ、ではこれはどうでしょうか」
ダリアさんが、増えた。
ダリアさんは3人で攻めてくるつもりらしいが数攻めであれば私にも策がある。
私が身構えると突然姉さんの声が響いた。
「ミヤ!後ろ!」
慌てて剣を向ける。
「・・・」
「・・・もう。クレアさんたら、身内贔屓にも程がありましてよ」
ダリアさんが立っていた。
私に迫っていた反対方向の3人はもういない。
私がその底知れなさに軽い恐怖を覚えていると、2本の短剣を両手に提げたダリアさんが言う。
「続けます?私としてはもう少しミヤさんと闘いたいと思っておりますけれども」
「望むところ」
ダリアさんが消えた。
そうして始まる猛攻。
ある時は背後、ある時は正面、ある時は上から。
姿が見えるダリアさんは全てブラフかと思ったが、彼女は私の五感を撹乱させる。
音がしたとすれば別の方向から。見えない攻撃に警戒すれば姿を増やして攻撃し、見える攻撃を警戒すれば姿を消した死角からの攻撃が飛んでくる。
まさに変幻自在。
こちらが攻勢に出られる隙を作らない超継続的な攻撃。
辛い。
正直こんな相手は初めてだ。
だがしかし防戦に徹すれば向こうもこちらに止めをさせずにいる。
向こうの体力が尽きるのが先か、私の直感が攻撃を捉えきれなくなるのが先か。
答えは後者だった。
短剣が私の首を捉え、添えられる。
「私の勝ちですね」
「参った」
姉さんとユル君が近づいてきた。
「お疲れ様。二人共」
「ありがとう姉さん」
「ありがとう」
姉さんからタオルを受け取り汗を拭うと、ユル君が話しかけてきた。
「どうでしたか今の闘いは」
「外からどう見えていたのかは知らないが、凄まじかった。まだまだ鍛錬が必要だと思ったよ」
「そうですか」
ユル君は一見笑っているように見えたが、羨ましいという感情が滲み出ている。
きっとそれほどの相手と仕合えた事を羨ましく思っているのだろう。
「ふふっ、ですが今日は私も疲れてしまいましたのでまた後日にでも」
「は、はい。その時はよろしくお願いします」
暗殺者と風変わりな剣士の対決はきっと見ていても面白いものになるだろう。
「おーい、そろそろ出るぞ〜」
向こうで姉さんのクラスの担任が読んでいるのが見えた。
「では、そろそろ戻るとしましょうか」
晴れ渡る空の下、ジャムジムール社会見学は始まったばかりである。
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