第26話 覚醒
『では始めましょうか』
「え、えぇ」
私は半信半疑ながらも夢で授かった祝詞を唱える。
曰く唱えれば夢で視たあの世界から力を引っ張り出せるらしい。
今日の目標は祝詞がどういう効果を持つのか確認する事。
『全ての根源をここに』
目の前に"あの空間"が広がる。
否、余りの情報量に私の脳が錯覚しているだけだ。
圧倒的な情報の質と量に自らが塗り替えられそうになる。
私の知っている感覚。
だけど、以前経験した時の何倍もの勢いで情報が流れ込んでくる。
『加減はしてましたから』
「そ、そう・・・っ!」
何となく応えてしまったが、実際そんな余裕は無い。
人々の歩み、人生、歴史。
やがて情報はこの世界のものから別の世界の事に入れ代わり、様々な技術や記憶も私の中に記録されていく。
庭の芝に赤いシミが出来た。
生命を守らんとする本能が警鐘を鳴らし、知を追求しようとする、人としての本能がもっともっとと、流れ込んでくる情報を取り込もうとする。
この量の情報を常に観測しているというキャトルとは何物なのか、今まで分かっていたつもりでいたが、認識を大きく改めなければならない。
私はキャトルでキャトルは私。
全てはキャトルに観測され、その存在が有った事を証明、記録されるのだ。
頭が割れる様な痛みも次第に収まり、私はキャトルと同調した。
以前よりも深く混ざり合う。
私がキャトルを"取り込んだ"結果か、混濁した記憶や意識がクリアに整頓されていく。
『どうですが、一片とは言え私の視座は』
「そうね、あなたという存在を今初めて理解した。そんな感じよ」
私は私の背後に展開した天輪を見やる。
それは門であり、私に力を与える因果の輪。
体に霊力に似た力が溢れるのを感じた。
様々な"記録"を漁る。
初めて使う霊力の制限が無い術。どうせならそれに相応しく、パーッと力が使える術が良い。
「決めた」
私は手を構え、ゆっくりと唱えた。
「我、土の元素の道を修す者なり。錬成(レルク)。」
思い浮かべるのは真球。
すると、地面から粒の様なものが手のひらに集まり、滑らかな球体を形成していく。
私の目から涙が溢れた。
どれほど熱望しても、どれほど努力しても絶対にありえないのだと思っていた"術を行使する自分"が今、ここにいる。
もう失敗作などと後ろ指をさされる自分はもう居ないのだ。
出来上がっていた球体は仄かに黒く、適度な重さを私に伝えていた。
私にはまるでそれが今までの私の中身を固めた物の様に思えて部屋に戻って直ぐ窓際の目のつく所に飾った。
今まで感じていた劣等感などは尽く消え去り、"私"はようやくここから始まるのだと確信めいた感情が私の心を渦巻いた。
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「あら、クレアさん。何か良い事でもあったんですか?」
「えぇ、実はキャトルのお陰で私も霊力術が使える様になって・・・」
「まぁ、それは素晴らしい」
私は内心、口で驚いている以上に驚いた。
それは彼女の霊力総量をキャトルが増やしたという事に相違無いからである。
霊力総量はほぼ先天的なものであり、その後の人生で大きく変動する事は無いという万国共通の常識を彼女の霊神は覆したのだ。
「では来年度は違うクラスになってしまいそうですね」
「でも、今生の別れという事ではありませんし・・・」
「ふふふ、分かっていますよ」
暫く談笑した後、私は席を外す。
教室を出て、少し人目の少ない所に差し掛かると、そこにはキャトルがいた。
薄く緑色に発光する彼は私の内心を見透かす様に笑う。
『報告しても構いませんが、私はもう誰の霊力総量も増やしませんし、方法も話しません。まぁ、方法を知ったとしてもこの世界では到底叶いませんがね』
「今日はやけに挑発的ですね。けれど、お気遣いなく。あなたがどのような存在であるのか。それを知れれば問題は無いので」
それに。
「クレアさんは何があっても傷つけたくありませんから」
『どうだか』
キャトルはその場から姿を消した。
全てを見通すという彼は私に何を見たのだろう。
私は一息つくと当初の目的であるお手洗いを済ませ、教室へ戻った。
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時間を縫って断罪する。
昼は裁判官として、夜は正義の執行者としてこのジャムジムールに正義を実証する。
当初は議会との両立は無理だと思っていたが、人間、やれば出来るもので着実にこの街から悪を減らせている。
『「なんと素晴らしい」』
私は塔の上から街を見渡す。
温かい営みの灯。私が守る人々の笑顔。
この街は私が守ろう。
私にはこれからもその先も、この体の一切が朽ちるまで正義を執行する義務と権利がある。
その為の力だ。
私は槌を振りかざす。
『「悪め。覚悟していろ。この私がいる限り貴様らに生存権なぞ存在しないのだ」』
この力と正義感さえあれば私は負けない。屈しない。
今日、議会でニルヘムからの学生を受け入れる事になってしまった。
外から得体の知れない連中をこの街に入れたくは無かったが、それで悪が増えれば私が砕けば良いだけの話だ。
世界に悪は蔓延っている。
とは言え、私一人では全てを滅ぼし尽くすのは無理があるだろう。
だから生まれ育ったこの街だけでも、私が守るのだ。
夜は更け、朝日が昇る。
また1日が始まった。
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「えー、今日は皆さんにお知らせが有ります」
ユークリフ先生がいつものテンションで冊子のような物を配り始めた。
「ジャムジムールへの社会見学に関してですが、昨今の治安に対する心配もありますが無事行われる事となりました」
「ジャムジムールってあのトップが暗殺されたとかっていう・・・?」
「大丈夫なの?」
クラス中から様々な声が挙がる。
「静粛に。大丈夫。皆さんは既に悪漢くらいならどうにか出来る実力はありますし、いざとなれば引率の先生達が責任を持って君たちを守ります」
ユークリフ先生が自らの胸を叩くが正直安心感は感じられなかった。
「まぁ、皆さんの不安も分かりますが、一先ずは案内の2ページを開いて・・・」
ユークリフ先生が解説をし始めた所でダリアさんが話しかけてきた。
「法の都、ジャムジムールに社会見学。楽しみですね」
「そうですね。ダリアさんはどこを見てみたいですか?」
「私はやっぱり議事堂かしら。ジャムジムールは裁判官が行政を担っている珍しい国ですしね」
その時の私達は知る由もなかった。
ジャムジムールで待ち受ける受難を。
そして、脅威の事を。
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