第25話 胎動
薄暗い部屋に紙を捲る音が響く。
紙面には"謎の殺人鬼現る"という文字が堂々と居座っていた。
『成している事の相違は無いがいざこう書かれると釈然としないな』
「・・・だな」
誰に何と言われようと私のやってる事は正義の執行だ。
『やってしまおうか』
時に人の人生を狂わせてしまう報道関係者も悪と言えなくないが・・・
「止めよう。暫く議会が始まってしまうし、報道は重要なインフラだ」
『・・・』
自分自身だといえど、内なる私は御しづらい。
これからは議会で自由な時間を取りづらくなり、正義執行の機会も減ってしまうだろう。
そうなった時、内なる私を制御出来るかどうか・・・
『正義より優先すべき事なぞ存在しないと思うがな』
「これは私達が正義を執行する為にも必要な事なのだよ」
どうにかして制さなければ。
私が本当の殺人鬼に堕ちないように。
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炎がてらてらと燃える。
またこの夢か。
"避けられない"未来の夢。
「わかった。おねぇちゃん、きぞくなんでしょ?」
いつもと同じ様に蹴られ殴られ嫐られる。
耐えるしかない。
どうせこの夢から覚めれば忘れる痛みなのだ。
「死ね」
「今までの贖いを!」
「きぞくなんかぐちゃぐちゃになっちゃえー!」
痛い。辛い。早く殺して。
これが私の未来。
いつか来る絶望。
誰でも良いから助けて欲しい。
なんでミヤもお父様もキャトルも居ないんだ。
キャトルは"全て"の未来を見通すのでは無かったのか。
彼は知っていて助けてくれないのか。
あっ。
「・・・そうか」
これは"避けられない"未来ではないのだ。
この事に気が付くと脳内にまるで樹木の様に枝分かれしたナニカとそれを取り囲む空間が広がり、それは私の脳内を満たすとそれでも足りないと周りの世界をも侵食した。
複雑に絡み合う因果。
因果は時に切れ、時に繋がりながら世界を形成していく。
そして世界は枝分かれして、やがて均衡を保てない枝は崩れ去り、また世界は枝分かれをする、破壊と創造のサイクルが生まれた。
そのサイクルを繰り返す過程でエネルギーという概念が誕生し今のこの世界がある。
これがキャトルの見ている世界。
いや、その断片。
こうして漂っているだけでも凄まじい量とエネルギーが伝わってくる。
無限の可能性が脳を灼いた。
脳裏に浮かぶ天からの祝詞。
『全ての根源をここに』
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理にまた一人触れた者が現れた。
いや、誰なのかは分かっている。
私は天を仰いだ。
「クレア、良くやったな」
今回の勇者送還における唯一の運要素であったが、この段階で触れてもらえるとは正直想定外だ。
だがここで油断は出来ない。
彼女にはそれを使いこなして貰わなければならないのだ。
祝詞もまだ一節だけ。
彼女という依代で挑戦せねばならない現状、最低でも三節は必要だ。
「これから忙しくなるな」
そして彼女が壊れてしまわないようにより一層気を引き締めなくては。
あの祝詞は本来、魔王と呼ばれる存在やそれに準じた者が時を経て、より高次に至る時に獲得するもの。
油断をすれば、因果からの情報量に精神を書き換えられかねない。
ようやくだ。
私は夜空を眺めて息を吐く。
感傷に浸るなどいつぶりかも分からないが今はこの気分に浸っていたかった。
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朝一で実習場へ行き、コマツの宿ったカタナを振り抜く。
誰も居ないここで剣を振るのは入学してからの日課だ。
『日々の鍛錬は基本だからな』
時に素振り、時にコマツと打ち合いながら自らの剣を研ぎ澄ましていく。
今日はもっぱらミヤさん動きを想定しての素振りだ。
コマツの教えてくれる剣とは違う、この地域に馴染んだ力強い剣。
肉厚な剣と薄いがその分軽く、鋭いカタナはまさに双極を成している。
彼女を上回る為には彼女の力を上回る技が必要だ。
フェイントやカウンター、不意打ちを主眼に置いた剣は幼い頃憧れた父のものとは違うけど、小柄な僕にはとても合っている気がする。
あの足具を、あの篭手を、あの剣をどう攻略するのか考えてカタナを振ると胸が踊る。
だけど。
「やっぱり想像とじゃ限度があるよねぇ」
『直接稽古に付き合ってくれと頼めば良いだろ?』
「それは・・・」
余程僕が恥ずかしそうな顔をしていたのかコマツはニシシと笑いながら詰め寄ってきた。
『ほぉ、ユルはああ言う女子が好みなのか』
「い、いや、そんなんじゃ無いけど・・・」
『皆まで言わんでもよろしい。なーに、武功で成り上がろうとするなら嫁は早いうちが良い。私ぁ応援するからな!わっはっは』
駄目だ。コマツは一度こうなると暫く止まらない。
折角の集中も解けてしまったとカタナを収め制服を着込む。
別にコマツの言葉を受けてでは無いが、心做しかミヤさんに会うのが少し楽しみになった。
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早々に昨日の街を離れ、次の街を目指す。
あの街が特別、反社会的な運動が強いのだと思っていたが、途中で立ち寄った農村や出会った人々もどこか殺気立った雰囲気を纏っていた。
他の国と比べて貧しいという訳でもないのにこの様子なのは些か疑問が残る。
それほどこの国で霊契術師は優遇されているということだろうか。
『そうですね。ニルヘムは世界有数の霊契術国家ですから』
ゼービスが姿を現さないまま教えてくれた。
霊契術者へのヘイトが高まっているらしい状況だということもあり、姿を隠してもらっているのである。
『この国では霊契術の才能を持っているだけで通常の平民の5倍の生涯年収が見込めます。権力が霊契術の才能と比例するような国ですよ』
「そうなのか・・・」
それならばいくらか合点がいく。
この国を出るまでは霊契術を使わない方が良いだろう。
「にしたってこの様子だと相当不満が溜まって・・・」
『そして革命が起こるんです』
「え、革命ですか!?」
今まで会話を遮らんとしてくれていたリンダが我慢ならないとでも言うかのように声を出した。
『そうですよ。そしてそこで魔王が降臨します』
「出番って訳か」
「話には聞いていましたが改めて聞くと恐ろしいですね・・・」
旅の語らいの中でリンダには俺達の使命を話していた。
『まぁ、それも後数年後の話です。さ、そろそろ次の街が見えてきますよ』
ゼービスの言う通り、段々と賑わいの声が聞こえてきた。
「次の街はおおらかだと良いんですが・・・」
「だな」
俺達は門を潜る。
街はリンダの祈りも虚しく、国への不満で満ちていた。
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「はぁ・・・」
私は私室の花へ目をやった。
結局社会見学は行われることになってしまった。
「行きたくないなぁ」
裁判長暗殺の後、ジャムジムールで目立った犯罪は起こっていないが、向こう側が情報統制を行っている可能性も十分にあり得る。
もちろん犯罪者に襲われて大人しくやられるつもりは無いが、万が一ということもある。
何より生徒達の安全を保証出来ないのが一番の不満だ。
「・・・」
とはいえ私はこの学院に雇われた一教師でしかない。
ならば学院の言う事を聞きつつ出来るだけ生徒達の安全を確保するしかない。
私は覚悟を決め、寝床へ潜り込んだ。
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