第21話 開廷
「・・・ちっ。被検体が一人死んだか」
ニルヘムの新聞記事が添付してある報告書を捲りながら珈琲を飲む。
異界を創り出し、飲み込んだ人間を自らの糧にするという能力を覚醒させたと聞いていたので長生きするかと思っていたが、どうやらニルヘム国軍を過小評価していたらしい。
彼女を撃破したのはニルヘム国軍第一師団参謀ウィリアム=ノルド=バートレイと、同じく第一師団王都警護大隊保安局長のヒールズ=フォン=ミーフゥル、そしてその他3名のエージェント。
被害者の少ない内に重鎮たる戦力達を投入出来る程フットワークの軽い国だとは思わなかった。
「こと隠密性と奇襲性に関してはトップクラスだったんだけどな・・・」
異界を創り出す能力は希少なものだ。
早めにこちらで保護すべきだったかもしれない。
「ま、他に期待ってことで」
死んでしまったものは仕方がない。
私は彼女についての報告書を投げ捨て、次の報告書を手に取った。
こちらはニルヘムとは反対側に流し、打倒させられることの無い環境で育てた、いわば完成形を作る為の実験資料だ。
「・・・どう転ぶかなぁ」
彼がいるのはムール小国家群に属し、"法の国"とも呼ばれる国、ジャルジムール。
王や聖職者が治める国は数知れないが、国民による選挙で選ばれた裁判長と裁判官が治める国は片手で数える程しか無く、ジャルジムールはその中でも一際発展した国であると言えるだろう。
確か法の女神によって聖別された国を謳っていた筈だ。
「ふぅ」
珈琲を飲み干してしまった。
「しょうがないか」
私は珈琲を淹れようと立ち上がると日が暮れかけている事に気がつく。
「・・・どちらに転んでも面白い」
俺は夕焼けを眺めながら微笑を浮かべた。
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「ま、参った・・・」
「勝者ミヤ=フォン=ミーフゥル!」
私は剣を納め、試合場から降りた。
霊契術の実践として模擬戦を行っているのだ。
実際、剣だけでもなんとか勝てるというレベルだが、意識的同調の訓練としては丁度良かった。
女神ユーグには剣しかない。
意識的同調の効果は武具の顕現という形で現れた。
握力の凄まじく増す手甲、まるで瞬間移動しているかの様な踏込を可能にする足具、そして僅かな光を帯びる剣。
ユーグ曰く心が折れない限り折れない剣らしい。
今はこの3つしか出す事が出来ないが、いずれ神話に描かれる女神ユーグのようなフルプレートメイルを顕現させる事が出来るだろう。
私が休憩にと水筒を開けると黒い髪をした男子が話しかけてきた。
確か同じクラスのユル君だった筈だ。
騎士爵の三男坊で騎士爵は受勲した父親限りのものだから自らも武勲を挙げ貴族になるという高い志を終始おどおどしながら語っていた記憶がある。
「あ、あの」
「何か用?」
ユル君はおどおどしながら言う。
「僕と模擬戦をしてくれませんか」
「え?うん。良いよ」
驚いた。模擬戦を先生に組まされる事はあっても申し込まれるなんて無いと思っていた。
おどおどしている人にはあんまり好感を持てないが、彼から感じる克己心に惹かれたのだ。
「双方構え!」
『「
私は武具を顕現させる。
彼の方を見ると辺境の部族が使うという刀身の薄い剣を構えていた。
普段のおどおどとした様子は無く真っ直ぐとこちらを見据え斬りかかってくる様子も無い。
・・・カウンター狙いか。
その気が無いのなら。
「行くぞ・・・っ!」
地を蹴り、ユル君に肉迫する。
取った。
そう思った矢先、直感が危険だと騒ぎ慌てて防御姿勢を取る。
『「カスミギリ」』
静かに、されど確実な威力を持った斬撃を受けると私は思わず後退した。
音も風も殺気も無い一撃。
受けたのが私で無ければ危なかった。
いや、
「・・・私だからこそか」
カウンターは相手が間合いに入って来なければ意味が無い。
相手が遠距離からの攻撃手段を持っていることの多い対霊契術者戦においては活かされることの少ない技だと言える。
「・・・まさか防ぎきられちゃうなんてなぁ」
ユル君は人が変わったかのように飄々と語る。
「まぁ、覚えたてだしそこを期待して頼んだところもあるんだけど」
まるで幽鬼にでも取り憑かれているような雰囲気。
「さぁ、続けよう。何せこの環境で純粋な剣士としのぎを削れる機会は少ない」
「あぁ」
今度は彼から攻めてきた。
響く剣戟の音。
交わる呼吸。
それらが幾度にも重なり、段々と周囲の感覚が薄れ、彼と私だけの世界が形成される。
彼がこれほどの剣士だったとは。
私が速度と膂力で相手を打倒する剣ならば、彼のは見切り、いなし、隙を突く、技の剣だ。
ユーグと私相手にここまでやるのだ、彼の霊神も余程の者だろう。
気持ちが良い。
彼のことを世間では好敵手と呼ぶのだろう。
全てを見透かされているようなキャトルとも何の感慨も無く倒せてしまった他の術者とも違う、完全互角の鍔迫り合い。
「「・・・・ふぅ」」
何度目かも分からない打ち合いを終えお互い同時に息を吐く。
打ち合ったのは数分か数時間かはたまた数秒か。
時間も分からなくなる程の濃密な争いにドッと汗が噴き出す。
「・・・打ち止めかな」
「・・・あぁ」
これ以上は命の取り合いに成りかねない。
お互いにそう確信を抱き舞台を降りた。
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模擬戦を終え一人離れた場所で発熱した体温を冷やす。
『凄まじい女傑だったな。霞斬りを防がれるとは思わなんだ。これでも生前は名を馳せたと言うのにねぇ』
「そうだね。コマツ」
とある遺跡で発掘されたというこの剣に宿った僕の霊神の正体を僕はまだ明かせていない。
見たことも無い装束に聞いたことの無い独特のイントネーション。
いつかは生前どのような人物だったのか知ることができるだろうか。
彼女曰くカタナと言うらしいがまるで見当もつかない。
『おーい、どうした?黙りこくって』
「・・・いや、何でもないよ」
ニシシと笑う彼女には敵わない。
そう思わされる。
『まぁ、ともかく今度から機会があればじゃんじゃんあいつと闘って、それ以外の鍛錬もじゃんじゃん増やすぞ』
「えぇ・・・なんか他の霊神みたいにすぐ強くなれたりしないの?」
『へっ、出来ない事はないけど所詮そんなもんは付け焼き刃。ユルにはそんな剣士になって欲しくねぇんだよ』
「はぁ」
・・・本当に敵わない。
僕はそんな自分の霊神に溜息をつきながら空を見上げる。
季節は冬。
ふと、ここにきて半年が過ぎようとしているのかと感傷に浸った。
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鼻に焼け付くような濃密な血の香り。
今になって懺悔する愚か者の声。
控えめに言って最高だ。
ようやく私の正義が巨悪を打ち砕いたのだ。
「お、おい!聞いているのか!?今までの事は謝る!受け取った金も捨てる!辞職だってするし、今までの判決を全てひっくり返そう!だから・・・だから!見逃してくれ!許してくれ!いや!赦してください!」
『「判決を下す」』
「や、やめろ!やめろぉぉぉっ!」
『「死刑」』
私の力で、意志で今この国の巨悪は滅んだ。
『いや、まだだ。奴程じゃなくともまだ悪はいる。この都市に、いや、世界に巨悪は溢れている!』
「そうだ。そうじゃないか」
全ての巨悪は滅ぶべきなのだ。
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