第22話 好敵手
帰りたい。
私は紛糾し、混沌と化した保護者会会場に天を仰ぐ。
他の学校の例に漏れず、ウチの学校にも生徒達の成長具合だとか様子なんかを報告する会が存在する。
いつも通り何事も無く閉会する筈だったのだが。
「学生という限られた期間にジャムジムールへ訪れるのは後の良い経験になる!」
「そうだけれど!トップが暗殺されたような不穏な国には娘は行かせられませんわ!」
話題は毎年1回生に対象に行っている法の国ジャムジムールへの謂わば社会見学である。
しかし、ジャムジムールでは最近トップであった裁判長が惨殺されていたという事件もあり、その実施の是非が問われているのだ。
本来は学院側が勝手に判断しても問題は無いのだろうが、在校生の保護者に上級議員なんかの権力者が多く存在するこの学院の立場は弱い。
この結果は社会見学の件を学院側で揉め、うだうだと決めあぐねた報いとも言えるが。
会場の勢いは留まる事を知らず、果たして帰れる時は来るのだろうか。
「・・・」
私の頭の中は次の授業でどんな事を扱おうかという話題で持ち切りだった。
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「ふぅ・・・ふぅ・・・」
ゆっくりと息を整え、拳を構える。
相対するミヤの顔はとても涼しげで、霊契術で生み出した剣を正眼に構えていた。
こちらは手脚を変質させるほぼ全力に近い状態だというのにミヤはまだ余力があるらしい。
いっそ清々しいまでの実力差。
体力も霊力も技術も、何もかも彼女には届かない。
「姉さん、明日は休みとは言え今の姉さんにはそろそろオーバーワークになる」
「・・・」
ミヤは剣を消しこちらに近づいてきた。
私も変質を解くとどっと疲れが押し寄せてくる。
これ以上は無理そうだ。
「えぇ、付き合ってくれてありがとう。ミヤ」
「姉さんの為ならいくらでも付きあうよ」
私は夕食までの間少し眠ることにした。
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姉さんが自室に戻ると私は今出せる最大出力で武装を創り出す。
「キャトル、付き合って欲しい」
『構わないよ』
キャトルもまた拳を構えた。
「なんで姉さんが近くにいなくなると途端に口調が砕けるの?」
『不服?』
「いや、気になっただけっ!」
踏み込む。
武装を展開した私に距離など存在せず、振りかぶった剣は真っ直ぐとキャトルへ吸い込まれた。
が、物を切った感覚は伝わってこない。
『隙あり』
私の頭に手刀が乗せられた。
『集中が切れてる。休憩にしよう』
冷たい風が頬を撫でる。
伸びをしていたキャトルに珍しくユーグが話しかけた。
『キャトル、何故クレアとの同調に拘る』
『何故、とは?』
はぐらかすキャトル。
『お前がクレアと同調する利点、いや目的が見えんと言っているのだ』
『・・・』
キャトルが姉さんと同調してどうなるのか。
今まで不思議には思っても、不自然には感じなかった。
同調を果たす事で霊神の能力をより引き出す事が出来るのは霊契術者の間に留まらず、世間の一般常識だからだ。
例えばユーグの場合、ユーグがかつて身につけて戦ったという全身鎧をユーグ一人では全て顕現させられないが、80年前に存在した過去のユーグの契約者は全身鎧を顕現させ、その鎧に施された権能を振るったという。
ではキャトルはどうだろうか。
彼の契約者は過去に一人も居ないし、彼の事をよく知っている訳では無いので一概には言えないが、はっきり言って姉さんには霊契術の基となる霊力が殆ど無い。
どれだけ練度を上げようとそこまでの成長は見込めない筈なのだ。
キャトルはしばらく思案したような素振りを見せると呟く。
『そこにクレアにとっての希望があるから、とだけ言っておきましょうか』
『判然とせんな』
それはそれとして闘えというユーグの誘いに乗り、剣での模擬戦を始める二人。
キャトルの事は信頼しているが、その底知れなさに姉さんが手の届かない所へ連れて行かれてしまうのではないかという不安が私の胸で渦巻いた。
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火の粉が舞う。
怒号が響く。
涙が流れる。
何もなくなり、民衆がいなくなった場所に一人立っていた。
ふと近くに中年の女性が蹲ってることに気がつく。
相手もこちらに気づいたようで、興奮した様子で話しかけてきた。
「あんた、暇なら漁るのを手伝っておくれ!どうせ貴族なんて働きもせず私達の税金で私腹を肥やしていたに違いないんだ、家は燃えちまったけど宝石やらなんやらが隠されてる筈さ!」
『・・・』
どことなく嫌悪感が湧く。
無視をして、歩き出した。
石畳は血に濡れ、邸宅が建っていただろう敷地には石の基礎だけが残されている。
所々には先程の女性の様な人も居て、皆一様に目を血走らせている。
ゆっくりと歩いていると何者かに裾を引っ張られた。
「おねぇちゃん、たすけて、お父さんもお母さんも死んじゃったの」
振り向くと虚ろな目をした少女が私に縋るように裾を掴んでいるのが分かった。
「ねぇ!わたしをたすけてよ!お父さんもお母さんもわるいきぞくを殺して死んじゃったの!」
少女とは思えぬ形相だった。
まるで全てを憎んでいるかのようなそんな表情。
「ねぇ、なんで何もいってくれないの?」
少女の顔は一瞬不思議そうなものに変わったものの、直ぐに元の、いやそこに嘲笑を含めたような表情に変わった。
「あ、分かった。おねぇちゃんきぞくでしょ?だから何もたすけてくれないんだ」
少女の言葉に呼応するようにぞろぞろと周りから大小様々な人間が集まってくる。
貴族は殺せ。
この世の不条理を正せ。
もっと金を。
もっと自由を。
もっと希望を。
もっと仕事を。
もっと環境を。
もっと喜びを。
もっと幸せを。
もっともっともっともっともっと・・・
それらを私達から搾取する貴族を殺せ。
私は手を掴まれ、足を縛られ、口に轡をつけられた。
私をある者は蹴り、ある者は殴り、ある者は体中切りつけた。
裸に剝かれ何をされようとも、私を殺そうとはしなかった。
ひとしきり受けきり、開放されると思った矢先、私が首を嵌められたのは断頭台(ギロチン)の上だった。
切れ味が余程悪かったのか何度も降ろされる刃。
その様子を民衆は喜劇でも見ているかのように笑っている。
先程を少女がもっとやっちゃえー!と嬉しそうに声を上げたところで私の意識は途切れた。
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クレアの寝顔を見やる。
彼女は今、革命の時の"彼女の記憶"、謂わば未来を見ているのだろう。
今回は辿り着けるだろうか。
彼女が辿り着けるか否かは因果に与する事では無いので私にはどうにもする事が出来ない。
だが、なんとか辿り着き"あの術式"を見て貰わなければならないのだ。
そして、それを自らの手段として扱えるようになって貰わなければならない。
・・・もっと深く同調してもらうしか無いか。
彼女が人としての自覚を見失わないギリギリのラインを攻める。
もう時間も少ない。
最悪彼女が人で無くなったとしても無理を強いるべき時が近づいている。
それが彼女が生き延びる唯一の手段であり、勇者送還の重要なファクターなのだから。
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