第18話 前夜

この拳に紫電が迸る。


そして拳が熊の腹へ穿たれるとこの体の優れた膂力から生まれた衝撃と共に激烈な電流が熊を襲った。


熊は膝から崩れるが、その内に宿る闘志は尽きないらしく踏ん張って立ち上がろうとする。


そうはさせない。


繰り出すのは拳の牽制と心臓を目掛けたボディブロー。


気合と共鳴するかの様にバチバチと昂りをみせる紫電。


突き出した拳は真っ直ぐと熊の胸を捉え雷撃はその心臓に作用する。


「・・・ふぅ」


いったいどれだけの電圧がかかっているのかは分からないが、心臓への電撃はそうとうに効いたようで、熊は力尽きた。


「凄まじいな」


『その体は特別製だもの』


だとしてもだ。


今まででは考えられない程の筋力、霊契術という力、そして頭の冴え。


ずっと俺なんかに魔王などと称される存在が倒す事が出来るのか不安だったが、この身体と霊契術があれば希望も持てるというもの。


もっと強くなろう。


霊契術を使いこなせるようにならねば。


原生林の澄んだ空気が頬を撫でる。


背後からは熱い視線を感じていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日のテーマの第一歩としてまず、霊契術と霊力術の違いですが・・・」


最近実習が多かった授業だが、今日は座学のようだった。


一般的に霊契術は神や妖、故人の魂と契約し、その恩恵を受ける。または霊力を消費しその力を行使、増幅させる術だとされ、霊力術はそれを人間が読み解き、低出力ながら契約をせずとも霊力があれば誰でも行使出来る術だと言われている。


「では、次に霊契術は主にその権能を行使する固有のものと、霊神達の間に伝わっている体系的なものに分類出来る事は皆さん周知の事だと思いますが、今日はその中でも霊神達の間に伝わる術、体系霊神術について触れていきたいと思います」


先生は咳払いとするとチョークを取り出し分かりやすい図にまとめながら説明を続ける。


「体系霊神術はその威力や使う霊神の種別により、祝詞の始めの部分が変化します。これは多岐にわたるのでここではいくつかピックアップします」


創世に関わっていたり、一部の高位の神が使う、ゼノを頭に持つゼノ系。


妖の類が使う、ミールを頭に持つミール系。


悪魔や邪神といった闇に与する者が扱うヨダ系。


ピックアップするという言葉が嘘だったかの様に羅列されていく文字達。


・・・眺めていると段々と眠くなってきた。


「そういえば、ユーグと契約した私もゼノ系を使えるの?」


質問されたユーグからはなんとなく申し訳無さそうな雰囲気が伝わってきた。


『・・・ゼノユークリテフトならなんとか』


「回復の術だっけ」


『あぁ』


まぁ、逆に沢山使えても私の主軸は剣術、使いこなせる気がしない。


まずい。板書をしてばかりで大分眠くなって・・・


そうして私はゆっくりと意識を手放していき、次に視界に入ったのは何故か少し湿ったノートと額に青筋を立てた先生の顔であった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・よし」


私は胸当てや金属製の警棒といった装備の点検を終わらせるとそのままロッカーへしまった。


「あれ、局長が装備の点検だなんて珍しい」


「まぁな。明日の作戦になにか不備があってもたまらん」


「確か連続失踪事件の犯人を捕まえるんでしたっけ」


「そうだ」


ついに今回の事件の犯人が分かったとバートレイ卿から知らされた時にはいよいよかと思ったが、その確保作戦が少数精鋭で行われると聞きバートレイ卿も本気なのだと感じさせられる。


今回作戦に参加するのは私とバートレイ卿が私的に雇っているという戦闘員、そしてバートレイ卿自身。それに加えニルヘム国軍の中でもほんの一握りが集められた特殊部隊、アーテリアから領域の隔絶に特化した4番と対異界に特化した24番というエージェントが派遣され、この5名だ。


・・・4番とは知り合いで、なおかつ正直あまり得意では無いが、あいつが作戦に参加してくれるなら心強い。


「じゃあ、俺は帰るからお前らもあまり長居するなよ」


「「「はい!」」」


ありゃあ、部下達は今日も徹夜をする勢いで居座りそうだと思いながら家路を急ぐ。


まだそこまで遅い時間ではないが、夜風が容赦無く体温を奪っていく。


少し近道をしようと道を逸れた時、途端に視界が奪われた。


一瞬敵襲かと身構えそうになったがそこに敵意や悪意は感じずその相手が望んでいるであろう一言を紡ぐ。


「誰だ?」


「お久しぶりですね。先輩」


振り返ると今では4番などと呼ばれ、明日作戦を共にするかつての後輩が立っていた。


「あぁ、久しぶり。4番殿」


「・・・今は公的な時間ではないのですから昔みたいにアリサと読んでくださいよ」


「はぁ。で、そのアリサが私に何の様だ?」


後輩はその身をくるりと翻しロングコートの裾をたなびかせるとニコリと微笑む。


「せっかく久しぶりに会えたんですし、明日に支障がでない程度に呑んでいきまさんか?」


「すまないが・・・」


拒否しようとしたその時、アリサの顔がずずいと音を出すかの様に迫ってきた。


まるで断らせないとでも言いたげな表情。


それに・・・


「人を誘うならなんで私が逃げられない様に"壁"で覆ってるんだ?」


「どうせ先輩、少しだけって言っても帰っちゃうでしょ?それに模擬戦では打ち破ってきたじゃありませんか」


「阿呆か。もう何年前の話だよ」


「ふふっ、素が出てますよ」


「はぁ・・・少しだけな」


「やったー!」


喜ぶ姿はまるで子供だ。


こう見えて私なんかより余程高官なのだからマイペースな奴程出世するのが速いのかもしれない。


俺達は人の居ない後輩の行きつけだという店へ向かった。




「奥さんが亡くなってもう11年でしたっけ」


「・・・唐突だな」


少し時間が経ち、そろそろ宴もたけなわと言った頃、唐突に後輩が切り出した。


「お子さん達元気ですか?」


「まぁな」


せっかく昔話で暖まった雰囲気が白けそうだと会計へ進もうとすると後輩がもたれかかってきた。


「・・・私、少しは大人っぽくなりましたよ」


「・・・阿呆か。いつまでも私から見たらお前は後輩だよ。それにお前ならこんな寡男なんかより良い男を選び放題だろ?」


「・・・」


それっきり後輩は黙りこくってしまった。


亡くなった妻の代わりを探そう等とは微塵も思わないが、美人でスタイルが良くて、飛び級出来る程の頭脳を持つ出世株。


そんな彼女なら遠くない未来この言葉の意味を良く理解出来る時が訪れるだろう。


「今日は奢るから、じゃあまた明日な」


・・・少し予定よりも呑み過ぎたようだ。


火照った体に冷たい夜風が心地良い。


「ふぅ」


さて、早く帰って明日に備えねば。


俺は少しだけ霊力術で足を速くし、家路を急いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先輩が行ってしまった。


・・・先輩にその気が無いのは分かっているし、先輩が年上好きなのも知っているが、それで捨てられる程の想いでは無いのだ。


「やっぱり6歳も下なのは駄目なのかなぁ」


見た目良し、能力良し、地位良しの超優良物件だとは思うのだが。


「・・・あなた以外相手にするつもりは無いんですよ。先輩」


・・・もういっそ襲ってしまうのも良いかもしれない。


酒のせいかいつもよりも積極的な脳内の先輩に悶々としながら私は床についた。


取り敢えずは明日の仕事を頑張ろう。


私はもうあの頃の私ではないと証明するのだ。

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