第17話 進歩

「ふぅむ…証拠はそろったが………」


それを可能とした力の出処がはっきりとしない。


私は街灯灯る大通りを曲がる。


この謎、あいつならば何か掴んでいるやもしれない。


「・・・らっしゃいませ」


「すまないね。今日も使わせてもらうよ」


「その為のこの店とも言えますから」


私がカウンターに座るとマスターは手早くカクテルを作り上げ静かに私の方へ差し出した。


「奴はもうじき来ると思いますよ」


「・・・そうか」


苦味の中に香る柑橘の匂い。


マスターの調合するこのカクテルがどんな酒よりも美味いと感じる。


「相変わらず良い腕だ」


「光栄です」


その味と香りを楽しみながら待つこと数分、静寂は焦る様子も無く入ってきたラットによって破られた。


「遅れてしまってすまんね、旦那」


「いや、呼び立てたのはこちらだ。構わないよ」


いつもより強いの。ラットはマスターへそう注文し、渡された酒精の強い酒を呷る。


そして、最後まで飲み干すとこちらへ向き直った。


「・・・んで、旦那が呼び出す程の何かが?」


「あぁ、今回の犯人が分かった。その証拠もある。だがその力の出処が分からない」


ダリアによれば、異界を生み出す能力だったようだ。


霊契術によるものなのであればそれで終わりなのだが、ダリアは異質さを感じたと言う。


彼女のセンスは一級品と言っても過言でも無い。私はそれを見込んで彼女をエージェントに仕立て上げたのだ。


「なるほど。それで俺を呼び出した訳か」


ラットは運命を感じるねぇ、とおかわりした酒をもう一杯呷ると、いつになく神妙な顔をした。


「旦那、俺はその力の出処とやらを知っているし、現物も用意出来る」


「流石だな」


「だがそれが何処から来たのかまで調べろってんならこちらからも条件を出さなきゃいけない」


「それ程なのか?」


「あぁ」


今までどんな仕事でも受けてくれたラットの線引に少し驚いてしまう。


「・・・」


「取り敢えず現物は渡しておく。俺が持ってたって意味無いだろうしな」


ラットから薬品と見られる物を受け取った。


「路地でそれがだいぶ広まってる。俺に分かるのは飲むと霊契術者みたいな力が手に入る事と、定期的に摂取しないと干乾びて死んじまう事、そして、アルターエゴって名で出回ってる事だけだ。今の所はな」


「そして、そこから先を調べるのは危険だと?」


「あぁ。金は大好きだが、身の回りを荒らされるのが嫌いな"長"がテリトリーにこんなもの流されたにも関わらず流れ込む量を絞っただけってのはどうにもキナ臭い。犯罪も殺しも厭わない連中が相手を恐れてるなら相手は連中以上にヤバい連中で間違いない。そんな連中相手じゃ流石の俺も金だけじゃ動けないってもんだ」


ラットの言葉に私の中の疑念はより確度のあるものへと変わった。


やはり元凶は隣国か。


「それ程大きな存在であればこちらで対処した方が良いだろうな」


「そうしてくれると有り難い」


「それではこの薬は貰っていく。何か動きがあればいつもの手段で報告してくれ」


「あいよ」


私はアルターエゴを受け取ると酒場を出た。


入った時には感じなかった夜の寒さが私の頬を刺す。


酒を呑んだのにも関わらず私の頭は冴えていた。


いや、闘志のようなものを湧き上がらせていると言った方が正しいだろう。


ピースは揃った。


後はじっくりと、だが早急に確証を集め糾弾せねばなるまい。


此度のこれは明らかな我が国に対する攻撃だ。


「・・・首を洗って待っていろ」


まずは失踪事件の犯人を捕まえるとしよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


北の国から少し歩くと林の様な場所に出た。


林と言っても日本の杉の並んだ林では無く、人の手が加わっていない原生林で、中に入るとまるで自らも自然と一体になったように思える。


鳥の囀りや何処からか聞こえる川のせせらぎが耳に心地良い。


暫くこの感覚を楽しみながら歩いていると、突如としてこの場に似つかわしく無い鉄錆の臭いが風に運ばれてきた。


「・・・っ!」


思わず突き動かされたかのようにその方向へ駆ける。


徐々に屈みながらそこへ向かうと、腕に深傷を負っているのか、腕から血を流した少女が木にもたれかかっていた。


「大丈夫!?」


「・・・」


声をかけてみたものの、うっすら反応があるだけでこのままでは危ないかもしれない。


だが、生憎手元には包帯や消毒液といった治療に使えそうな物は何一つ無い。


「ゼービス、何かこの娘を助ける手は無いのか」


『もちろんあるわよ。傷に手を当ててこう唱えるの』


『「主よ御霊よ彼の者を癒し給えゼノユークリテフト」』


俺とゼービスの呪文に反応したのか少女の傷はたちまちに塞がり、健康的な肌が張った。


「すごいな、これ」


『霊契術と呼ばれる技術よ。これから他の種類のものも覚えて行きましょう』


「そうだな」


少女が目覚めるまで休憩しようと荷物を下ろすと小さな声と共に少女が目を覚ました。


「・・・んふぅ、あれ、ここは」


少女は自らの傷が治っている事に驚くと、こちらを見て更に驚いた様に目を見開いて叫んだ。


「ひやぁぁぁぁぁっ!!!里の外の人!」


今までの様子が嘘だったかの如く逃げ去ろうとする。


しかし、失った血までは戻らなかったのだろう。


貧血気味なのか足元が覚束ず、へたれこんでしまった。


「結構な出血だったし無理をしないほうが良いよ」


「近寄らないでっ!」


少女は俺を静止した。


二人の間に暫しの静寂が訪れる。


今まで気が動転していて気が付かなかったが、耳が人にしては異常に引き伸びていた。


そう。海外のインプなどの悪魔やエルフといった人外の特徴としてよく語られているそんな耳だ。


俺の視線がその尖った耳へ向いている事に気がついたのか少女は耳を手で隠し、僅かに後退る。


「どうせ私達の神秘を狙ってきたんでしょう!?」


「は?」


「分からないなんて言わせない、さっき私の傷を治したのは霊契術。それならあなたは霊契術士!オババ様から聞いてるんだから。霊契術者はいつだって私達の神秘を狙ってるって」


・・・知らない事が多過ぎてついていけない。


「・・・そんな恍けた顔しても騙されないわよ」


「い、いや、これは演技じゃなくて」


そんなやり取りをしていると俺達を見かねたのかゼービスは溜息をついた。


『見ていられませんね』


ゼービスが俺の隣に姿を現すと、少女の顔がは驚いた様な表情へと変わる。


ゼービスが現れた事に驚いたのかと思ったその矢先、直感が警鐘を告げた。


前へ飛ぶと今までいた場所に巨大な刃物と見間違える様な爪が空を切る。


黒い毛皮に2メートルは超すであろうその正体は熊であった。


初撃を避けたとて熊の猛攻は止まらない。


爪にまだ血の跡が残っている事から少女に手傷を負わせたのはこの熊で間違い無さそうである。


「・・・っ!」


刃物も、何も手元に無い状況であの熊に勝つことは出来ない。


ならばぶっつけ本番になってしまうが、ゼービスに頼る他無いだろう。


「ゼービス!」


すると、イメージと呪文がどこからか頭に伝わってきた。


これならば。


俺は明確な目の前の脅威を打倒せんという意志と共に呪文を口にする。



『「主よ御霊よ雷の力を我にゼノリグルヴァーナ!!!」』


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