第16話 襲撃2
「・・・壁?」
壁に変化したキャトル(?)がつっかえとなり壁が閉じきるのを防いでいるのだ。
『まだ姿を隠しておいてください。クレア達に知られれば面倒臭い事になる』
無言で頷くとキャトルは続けた。
『今の私では自分は移動出来てもクレア達を助けられませんからついて来てくれて助かりました』
「別に頼まれてない」
馬車の方へ目を向けるとクレアさんと妹さんが降りているのが見える。
「・・・もしかしてこの前家に突然現れたのは今日、私について来させる為だったってこと?」
『別にそれだけでは無いのですが、ところでそろそろ脱出していただけると有り難いです』
「分かったわ」
あぁ、なんて食えないのだろう。
私が壁の間から脱出すると、キャトルは姿を消し、クレアさん達に合流していた。
『我々はどうしますか?』
「異界を創る者標的を探すしか無いけれど・・・」
この空間、どこまでも異質だ。
キャトルから感じるのとはまた違う異質さ。
キャトルから感じるのが他の霊神とは違う次元にいるようなズレならば、この空間から感じるのはそもそも霊神の仕業なのかという違和感。
『『『ヨケラレタ。ヨケラレタ。ナゼ。ナゼ。ナゼ。ワカラナイ。コワイ。コワソウ。コワソウ』』』
私が思案し始めた時、周囲のマネキン達が震え、喚き始めた。
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ここはどこだ。
私の頭を支配していた疑問を吹き飛ばすほどの衝撃が辺りがを包む。
喚きだしたマネキン達は一歩二歩と足を進めるとこちらに向かって駆け出したのである。
「姉さん、私の後ろに」
ミヤが抜剣し、私を庇う様に構える。
「ねぇ・・・キャトル」
『はい』
「分かってたんでしょ?」
私が問うとキャトルは悪びれもせずに首を縦に振った。
『えぇ勿論』
「そう。なら、私は乗り越えられるって事ね」
『そういう事です』
同調を開始する。
今回はキャトルを手引きをしてくれるようで、いつもよりも上手く、深く、一つになれている気がした。
相手はあの数だ。下手に魔術を使って倒れる訳にはいかない。
両手と両足を強く、しなやかな獣人の姿に"定める"。
その様子を見ていたミヤが口を開く。
「姉さん、危ないから・・・」
「ごめんね。ミヤ」
体に熱が回り、今までひ弱だった体が嘘だったかのようだ。
「・・・今なら強くなれる気がするからっ!」
足に力を入れ、思いっ切り駆け出した。
体の使い方が分かる。
拳の振り方が、脚の動かし方が無限の情報の中から伝わってくる。
今の私には力がある。
接近したマネキンが拳を振るってきた。
拳が描く軌道が確定した事で収束する未来。
私はそれを避けると相手に拳を打ち込んだ。
獣人の腕に"定めた"とは言えキャトルの様な太腕では無く、その分膂力も落ちたが私には十分だった。
相手の弱点が見える。
拳を受け蹌踉めいたマネキンに手を添え、細長く鋭い針のイメージをもってこう唱えた。
『「薄氷の氷華ディヴァーブ」』
私が使っても疲労が出ない程の極小の魔術。
無論むやみに使えるものではないが、威力は確かめられた。
これは私の常套手段になりそうである。
後続のマネキンを蹴り、次のマネキンに拳を入れた。
鼓動が速くなり高揚感が頭を支配する。
・・・求めていた力が手に入った。
かつて私を助けた英雄、彼女の様に強い力が。
どれだけ蔑まれ、諭されても手に入れたかった力が。
『「アハハハハッ!」』
なんて愉快なのだろうか。
誰も私を止められない。
圧倒的な全能感。
とにかく今はこの感情に浸っておきたかった。
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「姉さん!」
姉さんが一人駆け出し、マネキン達を屠り始めた。
『・・・人が変わったかのようだな』
「うん」
今まで抑圧されていた感情が吹き出す様に戦場を走る姉さん。
「私達も行こう」
この程度の相手に同調シンクロする必要は無い。
私がマネキンに斬りかかる間にユーグは5体のマネキンを斬り伏せた。
このペースであれば殲滅に時間はかからないだろう。
問題は私達をここに閉じ込めた犯人が見つかっていない事だが取り敢えずは目の前の脅威を倒すのを優先するべきだ。
私はそう思いまた1体斬り伏せた。
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・・・何故避けられた。
いや、実力で切り抜けられたというのは分かる。
卵とは言え霊契術士を舐め過ぎたか。
今までのパターンを壊された恐怖。
なんとかしなければという焦燥が伝わったのかマネキン達は震え、喚き、相手に襲いかかる。
そして無惨にも散っていった。
逃げねば。
遠くへ駆ける。
より化け物共霊契術者から遠くへ。
大丈夫だ。まだ姿も見られてはいない。
逃げ切れればまだやり直せる。
型は生きているから役者も続けられる。
今度からは霊契術者に手は出さない。
着実に型を増やしていこう。
そしてあの人を超える役者になる。
金を稼ぎ、平民では一握りしか成し得ない生活を手に入れるのだ。
私はこの異界の端までくると異界を消し去り迷わず裏路地へ逃げ込んだ。
一瞬背後に目をやるとあいつらが馬車の周りでキョロキョロと辺りを見渡していた。
・・・勝ちだ。
路地に入ってしまえばこちらのもの。
私は念には念を入れわざと遠回りをしながら家へ帰った。
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異界が解ける。
私は辺りを見渡しているクレアさん達を尻目に逃走する犯人を背中を追った。
痩せ型の女。爪や髪の手入れが行き届いていて、スタイルが良いところを見るに娼婦や役者の類いだろう。
・・・どうするか。
今はまだ日中、裏路地と言えど最近は目の前の奴を警戒して浮浪者に化けた軍人や霊契術士もいると聞く。
私は言わば非公式の雇われた殺し屋で、奴はそれが見つけた容疑者に過ぎない。
霊契術者の中に私の術を看破する者がいるかもしれないし、それでもし私が殺人を犯したと知られればダーリンの立場も多少なり影響を受けるというもの。
・・・今日は自宅や身元を調べるに留めよう。
ダーリン、バートレイ卿の声で捕えた方が色々と上手くいく筈である。
まさか後をつけられているとも知らずに女はアパートの中へ入って行った。
一人で住むには少し広い自宅は案外整頓されていて清潔感がある。
部屋の主がシャワーを浴びに部屋を出たところを見計らい棚を物色すると平民が使うには高価な発色の良い化粧品が沢山入っており、香水は一瓶しか無かった。
この時点で娼婦で無く、役者である可能性が高まった。
そして、本棚に小説と一緒に収納された舞台台本が犯人が舞台役者であることを証明する。
「百面相の美姫が所属していた劇団・・・最近新しい主役が凄まじい演技だと聞いていたけど関係があるのかしら」
『・・・悪い顔をしていますよ』
「いいじゃない。久しぶりの楽しい仕事よ」
『左様で』
日付の古い脚本を拝借して外へでる。
この成果を彼は喜んでくれるかしら。
・・・今夜はいつもより激しく求められちゃったりして。
「うふふ」
『とやかく言うつもりは有りませんが、その思考は淑女としてどうかと思いますが』
呆れたとでも言いたげなイーノスに言い返してやる。
「あら、種を残すのは妻の努めよ?それにだって私・・・」
「元は卑しい村娘だもの」
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