第15話 襲撃

「・・・あ」


劇場へ向かう朝の大路。


普段ならば目につかないであろう馬車の中にいる女に視線が引き寄せられた。


あれは霊契術を学ぶ学院の制服だったか。


乗っている馬車も上等な物であったから相当な貴族の子女なのかもしれない。


・・・貴族の子女。


この街で生まれこの街に骨を埋める平民の出の私とは文字通り生まれが違う天上の人。


加えて霊契術の才能もあるとすれば努力をせずともまともな生活が保証されているのだろう。


その時ふと貴族の型が欲しいという欲望が私の胸を支配する。


そこら辺の平民を型にするよりも何倍もリスクが高い故に今まで手を出すのをはばかっていた相手を越えろと私の本能が叫んだ。


「・・・どう型にしてやろうか」


ゆっくりと計画を練って確実に型にしよう。


次の標的は彼女だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺は一服しようと路地に腰を下ろし空を見上げる。


「・・・芳しくないなぁ。まぁそんな直ぐに見つかるとも思っちゃいなかったが」


旦那からの依頼だと意気込んでいつもより少し気合いを入れて裏の隅から隅まで嗅ぎ回ってみたが人が消えたという誰もが知ってる様な情報しか手に入らなかった。


ただ、この裏からは情報が得られなかったという情報が得られたのだと考えれば今までより探しやすくなるというもの。


旦那は自らのテリトリーである上流階級を探し回って見つからなかったから貧民街や裏の事に精通している俺に依頼した。


その俺が見つけられなかったというのだから件の犯人は中流階級にいる可能性が高くなる。


「・・・こいつも関係してるのかねぇ」


俺は若干の赤色を帯びた液状の薬を取り出すと陽に透かした。


アルターエゴ。


霊契術者並の力を与えるというこの薬は裏を通じて路地に広まっていた。


ただこの薬定期的な摂取をせねばならないようでもとより生きるのに必死で食事もままならないような連中だ。


強大な力の対価とでも言うべきか飲んだ奴らは干からびるかのように死んでいて、裏路地には干物の様な死体がゴロゴロと転がっている。


裏路地の長の様な連中もこの薬に関しては流通を絞らせるらしい。


・・・そのうちコイツの情報が必要になる時があるかもしれない。


「・・・さてと。こいつの事も調べつつ中流の方にも手を伸ばしますかね」


その時だった。


猛烈な殺意が俺の首筋を撫でる。


咄嗟に避けると背後には手を刃物へと変貌させた男が立っていた。


顔はこけ、目は血走っている。


「少し不用意だったかな」


おそらく狙いはアルターエゴだろう。


相手はなにやらブツブツと呟いているが聞き取れない。


否、そもそも言語なんて呼べるものを発してはいないのだ。


以前麻薬が横行した時を思い出す。


「悪いがこの薬はまだ持ってたいんでね。これでも喰らえ!」


俺が少し膨らんだ麻袋を投げると相手は思わず顔を覆った。


しかし麻袋の中身は小麦粉である。


俺は麻袋を投げると同時に走り出した。


この稼業で生活を始めてはや10余り。いつだって助けてくれた俺の逃げ足を信じて裏路地を駆ける。


入り組んだ道へ入ってしまえばこちらのものだ。


「・・・なんか疲れたなぁ」


今日はもう酒を呷って寝よう。


今から眠れば起きるのはきっと夜、犯罪者を探すにはもってこいの時間だ。


立て付けの悪い扉を開け酒を呷った。


曇った窓から差し込む陽の光が照らしたグラスは飴色に輝いていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


学院での授業中、私は黒板や教科書ではなくクレアさんの背中を凝視していた。


先日私達の前に現れた霊神は彼女のもの。てっきりその行動について知っているのかと思えばクレアさんは全く知らなかったのだと言う。


それは契約者としてどうなのかとも思うがあの霊神が纏う雰囲気はどこまでも異質だった。


これまでの常識が通用しないと思うべきだろう。


「・・・それにしても何者なのかしら」


俄然興味が湧く。


・・・久しぶりに本気を出そうかしら。


『久しぶりに出番ですか?』


「えぇ。仕事でなくて個人的な行動だけど手伝ってくれる?」


『勿論ですとも』


密かな作戦会議の代償は指名という形で負うことになったが、私の心は放課後へ思いを馳せウキウキしていた。


時は過ぎて日は沈みかける。


クレアさんは妹さんと合流して校門を目指し歩き始めた。


私はイーノスと同調し、その姿を消した。


すると突如現れたキャトルがこちらへ視線を向けたが薄ら笑いを浮かべるだけで2人の隣を歩きだした。


「どうしたの?キャトル」


『いえなんでもありませんよ』


キャトルとそんなやり取りをしてから2人は馬車へと乗り込んだ。


私は馬車の縁に捕まりついて行く。


キャトルには気付かれていたし大人しく退散しようかと思ったその時だった。


目の前の空間が裂けたのは。


それは以前仕事で出会った事のある異界を作り出す契約者の術にも似ていて。


突如としてのしかかってくる死の気配。


クレアさん達が危ないそう感じた時、既に全力を出す決意は固まっていた。


「イーノス!」


『仰せのままに』


少し前、クレアさんには幻を見せる能力だと説明したが、あれは私、いや、私達の能力の一端でしかない。


正確に言えば限定的な空間を掌握する能力である。


その範囲内であれば幻を見せる事は勿論、消耗が激しいが物の位置を変える事も出来るのだ。


裂け目を抜け視界に広がったのはレプリカが紐に吊るされた、まるで人形劇団の物置の様な”異界”だった。


強くなる死の香り。


左右に目を向けると私達を押し潰さんとする壁が目前まで迫っていた。


・・・もう少し余裕があるものだと思っていたが。


『「幻影踏破(ブリュンビュール)」』


馬車を前方の開けた空間へ転移させる。


壁が肩に触れた時、走馬灯が走った。


脳裏を過ぎる様々な思い出。


決して安定した人生ではなかったが、これから幸せに過ごせるのだろうと思っていたが、不思議と後悔は無い。


色々と黒い部分に触れてしまったけどそれなりに良い人生だった。


・・・あれ。


死ぬ覚悟を決めたというのに中々終わりがこない。


むしろもう私は死んでいるのだろうか。


『いいえ、あなたは生きています』


耳元で聞こえるキャトルの声。


目を開けると目の前に壁に顔が生えた様な奇妙な生き物(?)がいた。

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