第14話 来訪

「・・・小官はそれでも祖国を守らねばならぬのですっ!」


「ジョーンッ!」


走り出した私を呼び止める恋人役の声で幕が降りる。


その瞬間客席から割れんばかりの拍手が会場に響き渡った。


舞台袖で私達キャストを団長が待っていた。


「いやー、第2幕お疲れ様。皆素晴らしいパフォーマンスだったよ」


団長は面々を見渡し、頷くと続ける。


「この調子で第3幕もよろしくな!そして明日は休日、今晩は豪勢に行くぞぉっ!」


「「「「「おぉぉぉっ!」」」」」


団員達が団長の奢り宣言に喜び、次幕の用意に意気揚々と取り掛かると私は団長に呼び止められた。


「いやぁ、素晴らしい演技だった。どこにそんな才能を隠していたんだ?」


「いえいえ、私なんて」


「おいおい、謙遜はよせよ。お前の演技あってこそのこの盛況だ。今晩の主役はお前だからなっ!精々声出して腹を空かせておくんだぞっ!」


ワハハと笑い団長は私の肩を叩くと機嫌良さそうに去って行く。


余程この演目で稼いだらしい。


「・・・はぁ」


以前の私ならば自分が主役を務める演目でそれほど稼ぐ事が出来た事に喜びを感じていた筈だが、今の私の胸は違う感情が支配していた。


・・・型を作らねば。


あの日あの薬を飲んだ時から日増しに募るこの感情はもはや抑えきれないという程に昂っていた。


劇団の皆はダメだ。


「・・・飲み会は途中で抜けよう」


義理堅い団長は反感を覚えるだろうが、劇団の誰かを手にかけるよりマシだ。


その後開いた第3幕も最高の盛り上がりを見せた。




無事に第3幕が終わり、飲み会も程々に付き合った帰り道。


陽気に見送ってくれた仲間達の声を背中に私の意識は完全に次の獲物の事に向き切っていた。


明かりも大分消えた夜道を行き交う人々は飲んだくれや浮浪者ばかりでこれから演技に必要になりそうな人はいない。


・・・もう誰でもいいか。


誰からの視線も途絶えた瞬間、隣にいた男を”異界”に連れ去り型にした。


今まで昂っていた気持ちが治まり深呼吸すると、今までの激情が嘘だったかの様に落ち着く事が出来た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


意識的な同調(シンクロ)の実習が始まって3週間程経った。


初日は気絶もしてしまったが、段々とコツを掴めてきた様で、調節も出来る様になってきた気がする。


同調に関してはキャトルも特に口出ししてこなかった。


個人的にはもっとアドバイスをくれても良いとは思うが、習うより慣れろという事だろう。


「・・・よし。始めよう」


意識を集中させキャトルと自身を混ぜ合わせる様な感覚で霊力を操作する。


”拡がる”世界。


通常では得る事の出来ない量の情報が脳を支配する。


以前はこの段階で倒れていたが、霊力を再び操作して入って来る情報を絞った。


すると今度は私の知らない術や技術等の”知識”が流れ込んでくる。


知識は脳を圧迫せず、本を流し読みしている様な感覚に近い。


試しに私でも使う事の出来そうな魔術をやってみる事にした。


「”薄氷の氷華ディヴァーブ”」


私の手のひらに氷の華が咲く。


ギリギリ花と言える造形であったが、自身の手で創ったのだと考えると高揚感を覚えた。


『クレア、こうするともっと上手くいきますよ』


キャトルからイメージが伝わってくる。


氷華は何とも言えない形から綺麗な百合へと変化した。


なるほど。この氷の華は思考によって形を変えられるらしい。


棘の付いた薔薇をイメージすると先程の百合から私の作った花まで造形は落ちてしまったが、確かに棘の付いた薔薇に変化した。


薔薇から蓮、蓮からチューリップへと変化させる。


少し楽しみながら華を弄くり回しているとユークリフ先生が近付いてきた。


「上手くいっているようだね」


「え、えぇまぁ」


弄くり回していた華を消すと先生に向き合った。


私の方を見るユークリフ先生はニコニコと笑っているが、その瞳からはこちらを見透かされている様な印象を受ける。


「ミーフゥルさんの霊神は正体がよく分かっていないんでしたっけ」


「・・・はい」


「時に同調(シンクロ)をしているとその霊神への理解が深まると聞きますが少し分かって来たことは?」


何となく分かってきた事を口に出そうとした時に先生の眼に宿る好奇心の色が強まったのを感じた。


・・・何となく気が引ける。


「ま、まだ良く分かった感じはしないです」


「・・・そうですか。ではまた何か分かったなら教えてくださいね」


「ははは」


どこか落胆した様に去って行く先生の背中を見ながらどことなく嘘をついてしまって良かったのか。そんな思いが私の胸に生まれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なぁ、ダリア。私の仕事を手伝ってはくれないか?」


「それはいつもの事後確認?」


「いや、今のダリアには学院があるだろうからまだ君がこの仕事を受けた事にはなっていないよ」


歳の離れた妻を抱き締める。


まだ幼げな容姿からは想像しにくいがダリアは結婚する以前から仕事を手伝ってくれている優秀な手足(エージェント)だ。


「まぁ、それが平穏に繋がるのなら是非もないけど一応どんな仕事か聞いて良い?」


「・・・種別は暗殺になる。今密偵に探らせている標的が見つかり次第連絡するからそうしたら対象を殺して欲しい」


妻が私の体と自らの体を密着させ匂いを嗅ぐ。


なんと愛らしいのだろうか。


「・・・学生になってから何となく殺しはしたくなかったけどダーリンがそう言うなら」


「ありがとう・・・今夜はもう遅い。ゆっくり眠るとしよう」


「うん」


呼吸がゆっくり深いものへと変わった妻から腕を離すと私も眠る事にした。


「・・・これから忙しくなるな」


今までも十分に忙しいと呼べる日々であったが、もっと忙しくなる。そんな気がしてならない。


もしかしたらこの妻の温もりを感じる事も難しくなるかもしれない。


それほどまでに今回の連続失踪事件は深いと思うのだ。


いや、正確に言えば今回の事件に収まらない程の大きな流れが来ていると言った方が正しいだろう。


無論被害は最小限に抑えようという気概も算段もあるがどうしても不安を禁じ得ない。


「・・・件の霊神の協力が得られればなんとかなりそうな気もするが期待はしない方が良いだろうな」


『おや、誰の協力が必要で?』


「・・・っ!君がディ・デュール・エンディアか」


『えぇ。正しく』


突然現れた規格外の来客はあまりにも異質で、寝ていた妻もその気配に目を覚ましていた。




「まずは挨拶といこう。まぁ、報告によれば君は全てを知るらしいがね。私の事はバートレイで良い」


『ではそのように。バートレイ卿。私の事はキャトルとお呼びください』


互いに名を交わすとダリアがハーブティーを煎れ私達の前に置いた。


「あなた、クレアさんの霊神よね。何故ここに?」


言葉を挟んだダリアを諌めようともしたが当然の疑問であるのと、キャトルが気にしていなさそうだったので続けさせる事にした。


『バートレイ卿に少しばかり助言を、と思いまして』


「ではこれから起こりうる未来を教えてくれるというのか?」


キャトルは首を横に振る。


『それは出来ません。未来はそれだけで変わってしまいますから』


「では何を?」


私が尋ねるとキャトルは勿体ぶるように間を空け言い放った。


『バートレイ卿。あなたはこれから降りかかる運命に抗う為の更なる覚悟をしておいた方が良い。あなたの予想するよりも遥かに大きい因果がこの先程待ち構えている事だろう。この言葉を信じるか否かは貴君に任せるがね』


私がその言葉を聞き、瞬きをしたその次の瞬間には彼の姿はなく、注がれていた筈のハーブティーは綺麗に飲み干されていた。

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