第13話 影

こちらの世界に来て暫く経った。


土地は想像していたよりも痩せていて、冷たく乾いた風が肌を刺す。


女神、ゼービスに聞くとどうやらここは北方の比較的貧しい国らしい。


資金源は傭兵と鉱産資源。


それも平穏が続く昨今では決して需要のある物では無く民への税への取り立ても加速しているらしい。


「はい。豆と芋とひき肉のマッシュだよ。にしてもこんな萎びた土地に旅だなんて兄さんも変わってるね」


食堂のお兄さんが注文した料理を持ってくると話しかけてきた。


「・・・まぁ、色々と理由がありまして」


「そうですか」


深くは詮索しないとでも言うように店員は去って行った。


食堂では俺の他にも鎧を着た男やローブを纏い杖を持った人など、所謂傭兵といった風貌の人達が酒を飲んで項垂れている。


稼ぎや決して楽では無い暮らしぶりが聞こえてきて何となく溜息が出てしまった。


・・・異世界と言っても存外世知辛いらしい。


まだ温かいマッシュを口に含む。


素朴で、ねっとりとしたマッシュは美味しかったが日本で食べていた食事とは比べ物にならない。


塩気の足りないマッシュを食べ終えると代金を支払い外へ出た。


『さぁ、次の街まで後少しよ』


「あぁ」


ゼービスが示した方向へ街道を歩む。


・・・俺に魔王なんて倒せるのだろうか。


そんな不安を抱えながら1歩1歩、歩みを進めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


・・・勇者が召喚された。


私は主(クレア)の寝顔を覗く。


クレアの生命を絶っても良いのなら今すぐにでも送還させる事は出来るが、何となくそんな事はしたくなかった。


私が介入しない世界線の彼女は革命に巻き込まれ、上流階級達への見せしめとして数多の暴力や辱めを受けた後、惨殺される。


そして運命の女神によって因果を背負わされ悲劇の魔王として復活した所を勇者に倒されるのだ。


魔王とは簡単に言えば死者が生まれ変わる過程で手放した記憶や因果が集積した、言わば私と似たような存在であり、生きとし生けるもの全ての業。


今回の魔王はニルヘムでの市民革命で大量の死者や業が重なる事がブースターの様な役割を果たし誕生する。


クレアを生贄にし、受肉したての魔王を討つのはこの世界の神として正しい選択だと思うが私はこんな立場で足を突っ込んでしまった以上、この運命(シナリオ)は回避しなくてはならない。


マリアに大きな怪我をさせない上で勇者を一刻も早く送還し、倒されるべき相手を失った魔王に引導を渡す。


『・・・後はあなたの努力次第なんですよ』


そう。これからを左右するのは文字通りクレア次第なのだ。


これからの受難を乗り越えるにも勇者を送還するにも魔王を倒すにも、私との同調(シンクロ)の上達が必要不可欠。出来うる限り早い修得を促すしかないだろう。


クレアの頭に手を当て少しづつ”真理”を流し込む。


こうする事で無意識的に私の事を理解し、同調(シンクロ)の成功率も上がる筈だ。


・・・果たして大団円を迎える事は出来るのだろうか。


生物や意識的な存在では無い私には未来を観た所で確定させる事は出来ないが、クレア達がその未来を掴むことが出来る様に支える事は出来る。


この世界は滅ぼさせないなどと言うつもりは無いが手を突っ込んでしまった以上最大限の事はしようとクレアの寝顔を見ながら静かに誓った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・らっしゃい」


俺がバーの扉を開けるとマスターがいつもの無愛想な顔で迎えてくれた。


「いつもの安酒か?」


「うーん、それもそれで好きなんだが今日はちょっと上等なのを頼むよ」


「・・・そうかい」


俺は小綺麗な店内に似合わない汚れた服装で座り込んだ。


「ほら、酒だ。それよりも毎度その格好どうにかならんのか?」


「確かにこの浮浪者じみた服はこの店の雰囲気に合わないだろうけど、ほら、これが俺の仕事服で一張羅だからさ?」


「・・・はぁ」


マスターは溜息をつくと何も言わなくなったので俺も酒を呷るといつもの酒とは違う上等な苦味と酒精が俺の体に巡った。


”旦那”が俺に仕事を頼みに来る時だけ呑めるこの酒は生きる為の活力とも言える。


俺がチビチビと呑んでいると見るからに庶民には手が出せなさそうなコートに身を包んだ御仁が俺の隣の席に座った。


「やぁ、呼びつけて悪いね。ラット」


「いやいやこの酒が呑めるってだけでも旦那に呼ばれた甲斐があったってもんさ」


旦那が俺と同じ酒を頼むと手元の鞄から少し厚みのある封筒を手渡してきた。


「・・・今回の仕事だ。確認してくれ」


封筒を開くと調査対象と一緒に報酬についても書かれていた。


「旦那。報酬はこの金額の半分でいい」


「おや、難易度に対する正当な報酬だと思うが?」


俺は報酬の書かれた紙だけ旦那に突き返す。


「こんなに貰ったら浮浪者生活なんて出来なくなっちまうよ。俺、そこそここの生活が気に入ってんだ。この生活してると”仕事”がしやすいしな」


「・・・そんなものか。分かった。成功の暁にはこの半分の額をいつもの場所に置いておこう」


「そうして貰えると助かる」


酒をもう一口舐めると仕事の内容を改めて確認した。


昨今の連続失踪事件に関する調査。


確かに軍隊で調べるよりも俺が調べた方が上手くいくだろう。


旦那が俺に回してくるのも納得だ。


「・・・これまたデカい仕事だね」


「あぁ。今回もお前が頼りだがやれるか?」


「まぁ任しておけって。このラット様が上から見下ろせない所の事を余す事無く教えてやるよ」


それだけ言うと俺はグラスを置いてバーの外へ出た。


「・・・さぁ、明日から程々に働きますかね」


貧民街の夜は暗く、どこからか血の香りが香ってくる。


夜空に浮かぶ満月は夜道を優しく照らしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「行ったか」


バーを出ていったラットの背中を見送ってから私も席を立った。


「いつも使わしてもらって悪いね。料金はこれで足りるかな」


「えぇ。確かに」


マスターに礼を言いながら金を払うと外へ出た。


今は月も真上へと昇る真夜中。ダリアも明日に備えて寝ている事だろう。


・・・今晩辺り少しでもいいから発散しておきたかったが、無理やり起してという訳にもいくまい。


今日はもう少し呑もうと次の酒場へ足を向けるとふと鋭い視線を感じた。


殺気にも珍しい物を見つけた時の収集欲の様な感情とも取れる奇妙な視線。


私は反射的に霊神を解放した。


『どうした主よ。夜は寝たい派なのだが』


「もう分かっているだろう。あの視線を」


『ふむ。だが我らに比べれば所詮皆雑魚同然よ』


私の前に立った長身痩躯の青年が鳴らした指から紫電を走らせる。


真っ直ぐと視線の方向へ紫電が迸ると、ヒッという声と共に気配は薄れ、完全に無くなった。


『・・・逃げられたか』


「そのようだが、追うのはよしにしよう。どうせ今から探したって見つかりはしないさ」


足の方向を酒場から家の方へ変える。


今日はこのまま真っ直ぐに帰ろう。


「・・・いづれ、いや、近いうちにまた会おう」


犯人に着実に近付けている。そんな確証を持って家路についた。

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