第12話 陰謀
薄暗く、薬品の匂いが漂う部屋に男が2人。
1人は草臥れたシャツを羽織っており、もう1人は上等な衣服に身を包んで貴族然としていた。
「マルクァスよ。”試薬”は無事にニルヘムへと流れたか?」
「あぁ、あんたの部下から経過の報告が上がって来てるよ。報告から見るに完全に想定通りだ」
貴族然の男は身体を半回転させクツクツと笑った。
「それにしても服用者の人格を乖離させ薬に込められた霊力で擬似的な霊神を作り上げるとはよくもまぁ考えつくものよな」
「まぁ継続的に投与しないと1週間で維持する為のコストとして己の生命力すら食い潰し、自壊する紛い物だがな」
「それで十分さ。元々力を持った奴らに長生きされるのも困るだけだしな。これを投与すればどんなに弱い奴でも下級の霊契術者レベルまで引き上げる事が出来る。総力戦として民草も動員すれば数万の霊契術部隊の完成だ!」
貴族然とした男は高らかに笑う。
「おいおい、実戦投入はもう少しデータを集めてからだ。まだどの被検体も投与開始からそこまで時間は経っていない。治験のデータはあればある程この薬をより完全な形へ持っていけるからな」
草臥れた男の言葉に高笑いが止まった。
「はぁ。より完成へ近付けようとする姿勢は評価するが、立場を弁えろよ?お前は俺が召抱えた研究者に過ぎん。俺が実戦に投入すると言ったら直ぐに投入出来るように量産の目処は立てておけよ」
「・・・了解」
そう呟くと草臥れた男は姿勢を書面へと戻す。
「ククク・・・お前らの時代はもう時期終わりだぞっ!ニルヘムの豚共がっ!」
貴族然の男はそう語ると研究室を後にした。
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「クレアさんはもう面取りの怪人の噂をお聞きになって?」
「えぇ、まぁ」
面取りの怪人というのは昨今の連続失踪事件に犯人がいると分かりその犯人につけられた俗称である。
最初の被害者が百面相の美姫であったことからこの名がつけられたらしい。
「なんでも昨晩も失踪者が出たらしいですよ」
「そうなんですか」
新たな被害者が出たのなら父の口から聞けそうなものだと思うがあの父の事だ、あえて黙っていたのだろう。
「その時の目撃者が言うにはなんでも犯人は女性なのだとか」
「霊契術者なのかしら」
「まぁ、女性がこれ程の事件を引き起こせるのだとすれば有り得ないなんて事は無いでしょうね」
どこかウキウキとした声に顔を上げてみるとダリアさんが楽しげな表情をしているのが分かった。
ダリアさんもこう言った事件について考えるのが好きなのだろうか。
「ダリアさんは事件の事を考えるのが好きなの?」
ダリアさんは私の言葉に少しワタワタしながらもコホンと息をついた。
かわいい。
「えぇ、まぁ。あまり淑女として褒められたものではありませんが」
「別に責めようだとか思ってませんよ」
・・・世間一般の淑女はあまり事件の事は考えないらしい。別に事件について考えるのが特別好きという訳では無いが覚えておこう。
「・・・それにしても早く捕まると良いですね。犯人」
「そうですね。事件は早く終息するに限りますから」
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最近段々と力が強くなってきた。
これは気のせいでは無い。
試しに買ってきた金属の棒が素手でぐにゃりと曲がってしまった。
以前の非力な私では有り得ない力だ。
これも”アルターエゴ”の効果なのだろうか。
”型”を作れば作る程、力が増すのを感じる。
「・・・私はどうなるんだろう」
今日は劇団が珍しく休みになった。休日は自室に籠ってダラダラするのが私の至福だ。
新進気鋭の作家の傑作だという恋愛小説を読み終えると程よい眠気がやって来る。
一度出会った夫婦が互いの境遇の違いから別れ、遠く離れながらも再び想うようになり終わるという何とも言えないラストの小説だった。
文化人達にはこれが酷く面白く映るらしい。
人を殺した。
殺して殺して殺して。その人の記憶や、思考のパターン、その人になりきる為の情報を手に入れた。
5人目を型にした辺りから少しづつ記憶の混濁が始まった気がする。
混濁と言っても微々たるもので、たまに自分が誰か分からなくなったり、型になった人が友としていた人物を自らの友人だと思ってしまったりという程度である。
「・・・だめだ」
1人で静かな場所にいると余計な事を考え込んでしまう。
外に行こう。
もう昼時。自炊をする予定であったがたまには外食をしても良いかもしれない。
私は薄く化粧をし、最低限外に出られる支度をすると外へ出た。
次にどんな型を作ろうかと考えながら。
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私は突然訪れた目の前の人物に眉間を揉んだ。
ウィリアム=ノルド=バートレイ卿。
ニルヘム国軍第一師団の書記官長と作戦参謀を兼任する切れ者だ。
先日の王都警護大隊の兵士が例の事件の被害者となった件を我ら保安捜査局の責任であると咎めに来たのだろうか。
「バートレイ卿。本日はどのような御用向きで?」
私が問うとバートレイ卿は薄く笑みを浮かべた。
「何、そう気構えなくても良い。先の1件は君達保安捜査局に責任が全くないとは言えないが基本的には被害者の所属していた巡回警護隊に非があると言えるだろう。今回は違う要件でここに来た」
バートレイ卿はそう言うと鞄から”昨今の連続失踪事件に関連すると思われる資料”と銘打たれた紙の束を私に差し出す。
「これは?」
「私はこの事件は王都だけでなく広い視野で見る必要があると感じてね。この国でニルヘム国軍が掴んだ情報の中で今回の事件に関係がありそうなものをブラッシュアップしてみた。是非捜査に役立ててくれ」
「ありがとうございます」
手渡された紙束は国中から集めたという情報量に見合う分厚さで、全てに目を通すのは少し骨が折れそうだ。
「少し拝見しても?」
「少しと言わずどんどん見てみてくれ。私も予め決めた時刻まではここにいるつもりだ」
「では」
平民達の自身達が政治に参加出来ない事に対する不満。
どこからか運び込まれ取引されているという謎の薬。
そして隣国、アムレザルのここ数年の軍備増強。
他にも不安分子と言える情報は多くあったが、この3つに関する情報が厭に目に付いた。
いや、あえて目につく様な資料の書き方をしているのだ。
「バートレイ卿は今回の事件はアムレザルが原因だとお考えで?」
「・・・可能性の話だ。明確な証拠も無い状況証拠だけのこじつけに過ぎない。無論これを頼りにアムレザルを糾弾する事も叶わないだろう。だが」
バートレイ卿はこちらへ向き直すと吐き出す様に言った。
「偶然にしては状況が揃い過ぎている。貴君には有事の際に保安捜査局を直ぐに動ける様にしておいて欲しいのだ。ここは王都警護大隊の中でも平均的な実力は随一であり、またその独立性は第一師団の中で1番と言えるだろう。そんな君達程、有事の時私の部隊となるのに相応しい部隊は存在しないからね」
「・・・バートレイ卿にそう言って貰えると鼻が高いですね。分かりました。部隊は動かせる様に用意しておきましょう」
「有難い」
バートレイ卿の手駒となるのは不服では無いが言っておきたい事が出来た。
「ですが、私達の仕事は未然の防止と被害の最小化ですから事を構える事を前提にはしないで頂きたいです」
私の言葉を聞いてバートレイ卿は人の良さそうに笑った。
「あぁ、それは勿論だ。その為の協力も惜しまないと約束しよう。娘も君の娘に世話になっていると聞くしね」
「は、はぁ」
娘と言うと以前話題になっていた娶った町娘の事だろうか。
「・・・全く、我々軍部が暇で娘とゆっくり語らう時間が設けられる時代に生まれて来たかったよ」
「・・・同感です」
ため息を吐いたバートレイ卿の表情は子煩悩な親の顔そのもので、この人の力になれるのなら手を尽くそうと思える表情であった。
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