幕開けのレプリカ

第11話 別れ

「それじゃあ私は行くわね。あなたはあの頃よりもグッと成長したし、私が居なくてもしっかりやりなさいよ」


それがあの人の私に残した言葉だった。


百面相の美姫と呼ばれ、この劇団を支えてきたその人は故郷の幼なじみに嫁ぐらしい。


容姿も才能も凡人の域を出ない私をここまで連れてきてくれた師匠であり姉の様な人。


私の胸には恩人と別れる悲しみと共に1人ではこの場に留まれないのではないかという不安が溢れた。


「・・・私これからどうなるんだろう」


そんな気持ちを少しでも和らげようと市街へ散歩へ繰り出した時だった。


”アルターエゴ”に出会ったのは。


人の才能を引き伸ばすと銘打たれ私の元に売り込まれたその薬に私は戸惑いながらも藁にもすがる思いで手を伸ばした。


ポコポコと泡が湧き、薄く輝く霊薬は私を百面相に変えた。


そう。私はあの人と同等の才能を得る資格を得たのだ。


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「最近よく行方不明者が出ると聞いた。馬車を手配するから暫く通学はそれに乗ってしなさい」


珍しく休日を取ったという父が私達に言う。


「「はい」」


行方不明者が増えているという話は学院でも噂になっている。


百面相の美姫と呼ばれていた歌劇の女優を皮切りに次々と様々な人達が失踪しているらしい。


行方不明になる人達に一貫性や関わりも無い事から解決されぬ世紀の大事件になるやもとクラスのおしゃべりは騒いでいた。


昼食を終えると部屋へ戻る。


「ねぇキャトル、今回の事件の事を教えて」


『それは出来ませんね』


「なんで?犯人の正体とか動向が分かるなら私やミヤも備えられるのに」


私が聞くとキャトルはやれやれとでも言いたげに首を振った。


『今私が辿っている道筋から外れてしまうからです。以前にも言ったと思いますが因果というのは簡単に変化してしまいますからね』


「・・・そう」


恐らくこれ以上聞いても教えてはくれないだろうと諦め、ベッドに身を投げる。


・・・何事も無ければいいのだが。


私は部屋に差し込む陽の光に手を透かして見せた。


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百面相の美姫の失踪から時間は経ち、季節は秋へと変わる。


私は以前よりも増えた案件を前に頭を抱えた。


目の前の部下達も心做しか憔悴している様に見える。


「すまないな。お前らにも色々あるだろうに、こんな仕事ばかりさせて」


「それは言わない約束ですよ。局長の娘さん達も霊契術の学院に入ってたっていうじゃありませんか。もっと話もしたいでしょうに・・・あ、ありがとうございます」


私はたまたま一緒になった部下の葉巻に火を着けた。


ニルヘム国軍第一師団、王都警護大隊保安捜査局。それが私達の職場の名であり、王都警護大隊の便利屋と呼ばれる隊の正式名称である。


「はぁ、ただでさえ最近の連続失踪事件だけでも我々の手に余りそうだって言うのに他所から我々の管轄ではない仕事まであれこれ理由付けて流されてくる・・・1回上に進言したらどうです?」


「していないと思うか?」


「まぁ、そうっすよね」


2人で吐き出した煙が辺りに広がる。


「ただ、今回の事件は本腰を入れて取り掛からなきゃ解決出来ないのもまた事実。今度は根気強く進言してみよう」


仕事のせいで家族との時間を作れないおろか、キャトルについての調査も出来ていない。


私について来て疲れきってしまっている部下達の為にも一肌脱ぐ必要がありそうだ。


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「なんか最近お前の演技にあいつの影を感じるんだよな」


「・・・ありがとうございます。けどあまりあの人の事は」


「あぁ、すまなかったな。そういえばお前はあいつに特別可愛がられていたしショックだよな」


最近メキメキと実力を上げている団員の様子を見に行くと、言葉の割には元気そうで雰囲気も少し変わったように思えた。


自分の中で整理がついたのだろうか。


「それでは団長、もう少し練習したいので戻りますね」


「おう、長く引き留めて悪かったな」


そうして団員は元の位置に戻ると町娘を演じ始めた。


「・・・それにしたってあんなに上手かったか?」


あいつの演技を見れば見る程にそう思う。


以前までの俺の中のあいつは声は出るが演技は普通の域を出ないという評価だったのだが。


そんな奴が今ではその役の感情が言葉が無くとも伝わってくる程まで成長しているのは些か成長が速すぎると思う。


まぁ、なんにせよ団員が成長するのは良い事だ。


今公演している劇が終わったら主役を持ちかけても良いかもしれない。


俺はそんな事を思いながら練習部屋を後にした。


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私は夜に目を覚ますと棚に隠してあった”アルターエゴ”を1本取り出し飲み干すと外に出た。


・・・あぁ、”型”が足りない。


今日はどんな奴を型にしてやろうかと辺りを見渡すと、流石にやり過ぎたのか呑んだくれに紛れた警官の姿が増えている様な気がする。


いっそ今晩は警官の型を作っても良いかもしれない。


いつもは人目につかない場所まで連れていってからだが、今日は色々溜まっているものを発散したい気分だった。


私は少し酔っているフリをしながら標的へと近付く。


「ねぇ、警官さん。夜遅くまで大変ですね」


「まぁ仕事ですから」


いかにもな清く真面目そうな警官だ。


「警官さん、色々溜まってない?私は少し溜まっちゃってて・・・ね?協力してくれないかしら?」


服の胸元を緩める。


すると警官は鼻の下を伸ばしながらも最後の抵抗を見せた。


「で、ですが小官は見回りの任務が・・・」


「私の家はここからすぐだし、こーんなに頑張っているんですから少し息抜きしたって罰は当たりませんよ」


「そ、そうですよね」


陥落した警官を部屋に連れ込むと早速お互いに肌を見せ合い、欲を発散した。


警官は中々逞しいモノを持っていて、これから型にしてしまうのが勿体無く感じてしまったが目的は最優先だ。


「はぁ、はぁ。ありがとう。私に付き合ってくれて」


「いえいえ、小官こそあなたの様な美しい女性を・・・その、抱く事が出来て良かったです・・・あの、もし良ければなのですが今後も小官とっ!」


「えぇ、勿論」


そうして私は最後を接吻を交わすと同時に彼を”異界”へ引き摺り込んだ。


彼は訳が分からないといった感じでどこからともなく現れた2枚の板に潰され私の型となった。


そして私に流れ込んでくる彼の人生、感情、思考回路。


「ふふっ。これからは男役もこなせるかしら」


私は彼が私の腹にかけた種を指で拭い舐めとる。


この種の主はもうどこにもいない。


「さ、明日も早いし早く寝なくちゃね」


私はタオルで栗色の髪から色々とかけられたものを拭き取るとベッドへ潜り込んだ。


彼の血も遺体も彼が居たという証拠はどこにも残っていない。


もし他の警官が見ていたとしても人混みの中、しかも身長の低い自分の人相が割れている事はないだろう。


「・・・ふふふ」


笑いが自然と湧いてきた。


私は女優として成長し、その罪が外へ露呈する事はない。



完璧だ。



けど何故だろうかこの目に涙が滲むのは。


私は何に泣いているのか分からない。


きっと気のせいだと思考を放棄して瞼を閉じると案外すんなりと眠りにつくことが出来た。

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