第10話 召喚と同調
「今まで皆さんには霊契術とはなんたるか。その基礎を皆さんに教えていましたが今日からは少し実技的な内容に入っていきたいと思います」
私は少し縮れた髪を少しかき上げて生徒達の顔を見渡した。
この国の未来を担う大切な生徒達だ。
「カノン先生。実技的というとどんな事をするんですか?」
この術は人をより高次な存在へと変化させる、霊契術士の本懐である。
これはとある昔の賢人が遺した言葉だが、今から教えようとしている技術はその言葉に似合う程強力で、霊契術士に更なる力を与え霊神契約者をこの国の一翼たらしめる霊契術の基礎であり真髄とも言えるだろう。
「皆さんにこれから霊神との意識的同調について教えていきます」
私は簡単な理論だけ説明して、後は実地だと言い生徒達を演習場へ連れ出した。
学院の生徒達は精神を意識的に霊神へと近付け同調(シンクロ)させる事でその権能を授かり自らを媒介するよりも高出力でそれを行使するこの術を使えるようになるまで約半年、それを上達させる為に残りの時間を使っていく。
理論を聞かせただけでは理解出来ないだろうと生徒達の目の前でゆっくりと説明しながら実演する事にした。
「それでは今から実演しますから説明を良く聞いて理解に努めるように・・・まずは体内を循環する霊力を・・・」
そして、冶金の力をこの身に宿す。
久しぶりの同調だったがいつも通りに引き出す事が出来た。
私と霊神との同調率は四割程。
卒業生の平均は二割程度だがこの子達はどこまで成長するのだろうか。
今から三年間。その成長を見届けるのが楽しみだ。
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先生の説明の通りに体内の霊力を循環させ少しづつ身体に”キャトル”を溶け込ませていく。
着実にキャトルがこの身に入ってきているのを感じる。
周りの皆も手応えがあった様で明るい表情をしていた。
これは上手くいくのではと希望が見えたその時、私の体に異変が起こる。
最初に起こったのは感覚の超強化と言うのが相応しい異変だった。
目の前のそれがどのような構造で、どんな材料で出来ているのか分かる。
この場にいる人達の心音のリズムが聞こえる。
少し先の未来が視える。
余りの情報量に頭痛を感じ、鼻血が出てきた時に次の変化が現れた。
私の右腕が鱗や獣の毛を生やしたり、伸びたり縮んだりといった変化を繰り返し始めたのである。
捌き切れない情報量と目の前で起きている私の腕の変貌に耐えきれなくなった私の脳は意識を手放した。
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授業と授業との間の時間。
私の耳に噂を伝って信じられない事が飛び込んで来た。
失敗作が倒れたらしい。と。
姉さんをそんな風に呼ぶ奴らも許せないがそれよりも姉さんの方が優先だ。私は呼び止める声も、歩けと私を諌める声も無視して医務室へ急いだ。
医務室へ辿り着くと私は唸った。
「・・・キャトル。いるんだろ」
『はい。ここに』
無言で拳を振るう。
そのまま頬を穿ったがキャトルの顔は微動だにせず、瞳は真っ直ぐこちらを見つめている。
「・・・避けないんだな」
『まぁ、私があなたに殴られるのは理不尽では無いですし』
「なんで姉さんを危険に晒した。分かっていたんだろう」
『・・・必要だったんですよ』
キャトルは目を離さない。
『安全マージンはとっていました』
「・・・それでも」
『クレアを大切に思うあなたにこれを言うのは酷かもしれませんが、クレアにはこれからかなりの波乱の中を歩む事になるでしょう』
告白するキャトルの表情はいつになく神妙だった。
『クレアにはもっと力が必要だ。今回はその為の第一歩なのですよ』
「・・・そう。けどその言葉が嘘で、もしあなたの不手際で姉さんが死んだりなんかしたらたとえ勝てないと悟っても一生牙を剥き続けるから」
なんだか不完全燃焼にも似た感情を抱きながら医務室を後にする。
『良いのか?引き下がって』
突如として目の前に姿を現したユーグに問われた。
「気に食わないけどきっと私が守るより確実だし少なくともアレは目的を達成するまでは姉さんを死なせないだろうし」
『まぁ、ミヤがそれでいいなら良いのだか・・・』
どこか残念そうにするユーグ。
その表情に失望の色は無く、ただ単純にキャトルと戦えるかもと期待していたのだろう。
最近ユーグについての理解も深まってきた気がする。
創世記にある様な知的で冷徹な性格では無く、賢いが少し抜けていて、ちょっとだけバトルジャンキーな一面もある、人間臭さを感じる性格だ。
その方がこちらも取っ付き易いし、なんだか私とユーグは似た者同士なのだとも感じる。
なんとも言えない空気になった時、次の授業開始を告げる鐘が鳴った。
「戻ろう」
私は次の授業に遅れない様に廊下を急いだ。
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鼻腔を刺激する薬品の香り。
清潔感漂うベッドの上で目を覚ました。
そうだ、私は霊契術の授業でキャトルと同調しようとして気絶したのだ。
無限の変化を遂げていた右腕は元の私の物に戻っている。
「キャトル。同調してみてあなたの正体が少しわかった気がするわ」
『・・・そうですか。それでコツは掴めました?』
私はもう一度キャトルと同調し、与えられる情報量に鼻血を出しながら前回止められなかった右腕の変化を止め、獣の腕に私の右腕を変えた。
「全ての存在を証明するというのがどういう事か少し誤解していたわ」
『そうですか』
どこか素っ気ないキャトルからはいつものおちゃらけた感じは見られない。
『先程あなたの妹に釘を刺されてしまいましてね』
なんとなく想像出来てしまう光景に何故か安堵を覚えた。
「さて、あまり寝てばかりもいられないわね」
時計を確認すると今日の終業まで後1時間程、急げばまだ1授業くらいは受けられるだろう。
私はベッドから起き、物静かな医務室の先生に声をかけると外へ出た。
「もう来るなよ〜」
瓶の底みたいな眼鏡をかけた先生が白衣をはためかせ私達を見送っていた。
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目が覚めるとそこは古い遺跡の様な部屋だった。
あまりのほこりっぽさに眉を顰め、部屋の外へ出ると硝子の割れた窓から差し込む光に目が眩む。
見渡すと古びた祭壇やチャーチチェアが視界に入りここが廃教会のような場所なのだと理解する。
『そうよ。ここはかつて栄華を極めた国の首都だった所でこの廃教会も人で賑わっていたの』
声がした方を向くと光の中で出会った女神が座っていた。
「あなたは・・・」
そこである事に気がついた。
声が変わっていたのだ。
改めて確認すると以前よりも筋肉質でがっしりとした体をしているし、視界に入る髪は黒から茶色へと変わっていた。
『あなたには特別製の身体に入って貰ったわ。力は大半の人間には勝てるし、感覚も優れている』
どこか誇らしげに語った女神は俺の手を握り悲壮感漂う様子で言う。
『あなたにこんな運命を背負わせてしまった事を申し訳なく思ってるけどあなたにしか頼めないの』
平凡だった俺を英雄へと変える最初の一言を。
『どうかこの先現れる魔王から世界を救って』
そのための力は貰った。
ならば俺が返せるものと言えば1つしかないだろう。
「わかりました。協力しましょう」
その瞬間私の物語はようやく始まった。
そんな感じがしたのだ。
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