第9話 転生
俺の死が訪れたのは本当に何でもない日だった。
定期考査を抜け夏休みに入る直前の日。
スカート丈を短くした女子達の脚へと目が向く様な暑い日。
その日は何だか朝から身が入らず、婆ちゃんには疲れているのだと言われたがそんな感じもしなかった。
先程までどのクラスのどの子の胸がどうだのと話合っていた悪友と別れ交差点へと差し掛かった時。
突如としてクラクションが鳴り響く。
驚いて視線をそちらに向けると最悪な状況が容易に想像できた。
ガードレールを突き破りこちらへ直進する1台のトラック。
俺とトラックの間には驚いて体の動いていない中学生が一人。
・・・まるでカルネアデスの板だ。
俺は今から避ければ助かるだろう。
しかし、目の前の中学生は良くて重症、死んでしまう未来はほぼ確実に訪れる。
顔も名前も知らない中学生、だが俺の脚は考えるよりも早く動いていた。
中学生を目一杯に突き飛ばし自らも跳ぶ。
中学生は何とか間に合った。
けれど俺の体はまだ半分程しかはみ出してなくて。
体が物凄い勢いで吹き飛ばされブロック塀に体を強打した。
吐き出される空気。
頭に走る衝撃。
助けた中学生の必死な叫びが聞こえる。
・・・あぁ、死ぬのか。
そう自覚した時、俺の視界は暗転した。
ただ漂っている。
思考や意識というものは存在しない。
そんな永劫の平穏は突如として生じた強大な引力によって終焉を迎える。
加速度的に増す落下している感覚と復活する意識。
もう直ぐ底なのだと本能が感じ取ると視界が白点した。
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私は術の成功を悟り、思わず拳を握った。
他世界からの魂の召喚式。
2000年前、副次的に外側から文字通り次元の違う者達を呼び寄せてしまったが、その事を忘れた訳では無い。
今回の召喚式に失敗は無い筈だ。
余波と必要時間を最小限に抑えた2000の成果。あの者達でも感知出来まい。
呼び寄せた魂が世界の境界を潜った。
こちらの世界まで来てしまえばこの世界の”運命の女神”である私の思うがままだ。
「さて、どんな魂なのかな?」
その者の残った因果を紐解きどんな人物なのか調べる。
英雄気質、どうやら人を助けたがる性分らしい。
「・・・おあつらえ向きではありませんか」
思いの外上手くいって内心ほくそ笑む。
術の仕様上死んでいて転生を待つばかりの魂しか召喚出来ない故に唯一の不安要素ではあったが杞憂だった様だ。
後はこの魂を私の一部から創り出した体に吹き込めば全てが上手く回り出す筈。
一人ガッツポーズをしていると式の中から魂の気配がした。
どうやらこちらの世界へと完全に現出した様である。
『・・・俺はどうなったんだ?』
「ふふふ、ようこそおいで下さいました。勇者よ」
2000年前果たせなかった野望をもう一度。
私の宿願達成への道が今再び開かれようとしていた。
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午前の授業を抜け、昼食を食べに食堂へ向かうと好奇の視線を感じた。
心当たりがあるとすれば先日の決闘の事しか無いのだがそれ程に注目される様な内容でも無いと思う。
決闘と言えどもこの国では珍しい事では無い。
文字通りの決闘から祭事の見世物、果てはちょっとした喧嘩まで契約者の一対一の闘いであれば全て決闘と銘打たれるのだ。
「皆さんにとって下のクラスが上のクラスを入学して時の経っていないこの時期に打ち破ったというのは驚くべき事なのでしょうね」
隣にいたダリアさんがこちらに微笑んだ。
「それに、見られているからといってクレアさんが気にする必要はないでしょう」
さ、行きましょ、とすたすたと行ってしまうダリアさん。
私はその後ろ姿を見る内にその左手に品の良いシルバーリングが輝いているのが見えた。
薬指に嵌ったそれは彼女をより魅力的にすると共に彼女が結婚している事を如実に語っている。
私達の年齢での結婚は別に違法という訳では無いが、珍しいケースだと言わざるを得ない。
私の視線に気がついたのかダリアさんはやや慌てた様子で指輪を外す。
「あら、外し忘れていたのね。けど別に隠す必要も無いかしら」
ダリアさんは極当然の様に言い放った。
「私、夫であるバートレイ卿の妻であり娘なの」
話は昼食を摂りながらする事になった。
曰くダリアさんは亡くなったバートレイ卿の娘によく似ていた事でバートレイ卿に見初められ結婚したという。
ミドルネームが無かったのは平民の出だからだそう。
「日中は娘として、夜間は妻として接しているわ」
夜間は妻、それはあんなことやこんなこともしているという事だろうか・・・
「ふふふ、顔が赤くなってるけど、想像しちゃった?」
「そ、そんな事ないわよっ」
微笑むダリアさんの顔は小悪魔的だ。
「普段は清廉で誠実な方だけど、夜になると凄いのよ?」
「・・・そ、そういうのはちょっと」
「あらそう」
楽しんでいるのがありありと分かる表情を浮かべながらソテーを頬張るダリアさん。
それを咀嚼し飲み込むとその表情は年相応な雰囲気のものに変わった。
「ねぇ、今度あなたの霊神と話させて下さらない?出来れば一対一で」
「まぁ良いですけど、もしかして私の霊神が何かしてしまいましたか?」
「いいえ、違うの。クレアさんの霊神は何だか物知りそうだから少しお話したくて」
ダリアさんを見る限り嘘はついていないっぽいので今度ゆっくりと時間がある時にその機会を設けると約束して丁度昼食を食べ終えた私達は教室へ戻る事にした。
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中休み、自身の席に座ってボーっとしていると同じ教室の中から不愉快な会話が聞こえてきた。
「なぁ、聞いたか?Bの平民とCの貴族が決闘したって話」
「聞いた聞いた!確かCの貴族の方はあのミーフゥルの失敗作らしいな」
”ミーフゥルの失敗作”。これは姉さんの霊力総量が圧倒的に少ない事が知れてからつけられた姉さんに付けられた蔑称だ。
もう何年も耳に入ってきている言葉だが何度聞いても慣れる事は出来ない。
「・・・やべ、聞かれたかな」
「妹の方は化け物だからな。場所変えようぜ」
怒気が伝わったのかそそくさとどこかへ出て行く2人に余計苛立ちが増すが溜息を吐いて終いにする事にした。
「君達姉妹も大変だな」
「第三王子殿下」
「ヒューズで良いよ。ミーフゥルの才女」
「・・・」
思わず舌打ちをしそうになったがグッと堪える。
偉いぞ私。
「・・・嫁入り前の乙女がして良い顔じゃないぞ」
「嫁に行く気は無いし、そう思わせてくれる人はいない」
「俺なんかどうだ?金も地位もあるし何より俺は番内4位火の神、アルマンの契約者で後方からの攻撃が得意だ。剣士の君と相性が良いだろう?」
「才女とか失敗作とかそういう言葉を使う内は絶対に無い」
「そりゃ手厳しい。それじゃまた今度」
そうやって去って行く第三王子。
何故私の周りの男は卑怯なのが多いのだろう。
どうせなら私が男として産まれてきたかった。
正々堂々剣を振り、打ち倒して守りたいものを守る騎士になりたかった。
「・・・こんな思っても無駄か」
授業開始5分前を告げる鐘の音が聞こえる。
私は次の授業の準備を始めた。
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