第5話 入学直前
時は私とキャトルが出会った翌日まで遡る。
私とミヤが契約の儀を果たしたその日は仕事が入ってしまい家を空けていたお父様が私達姉妹を執務室へ呼び出しました。
大方昨日の契約の儀についての報告を待っているのだろう。
私達が寝た後に帰ってきたらしい父はまだ私達が何者と契約したのかあえて耳にしていない筈だが、もしかしたら正体不明(キャトル)というイレギュラーの事は流石に耳に入っているかもしれない。
ふと腕をさする。
『何故そこまで不安を緊張しているんですか?実の父親に報告をするだけだというのに』
「・・・知ってるくせに聞かないでよ」
『大丈夫ですよ。策は考えてあります』
「・・・」
キャトルは笑って見せたが、私の胸には不安が積もる。
お父様にはとても可愛がって貰ったが、こと霊契術関連の話になると私の霊力(グリモア)の総量を残念がり諦めろと諭してくるのだ。
それが嫌味等では無く純粋に心配してもらえているのは分かっているが、私は社会で活躍出来る”契約者”になりたい。
学院にはミーフゥル家の令嬢として行けることになっているが、何かあればお父様が他の学院への編入を迫ってくる可能性が高い。
今回、キャトルをお父様がどれだけ認めるかによってそれもだいぶ変わってくる筈。
私達姉妹はお父様の執務室の前までやってくると中から声が聞こえてきた。
「・・・来たか。2人とも、入って来なさい」
軍人であるお父様には足音で誰だか分かってしまうらしい。
私達は両開きの扉を開ける。
中は部屋の左右に本がぎっしりと詰められた本棚、正面に大きな窓があるやや横長の造りで、いつ来てもその雰囲気に緊張してしまう。
椅子にどっかりと腰を掛けたお父様は貫禄たっぷりに口を開いた。
「では、ミヤから報告を貰おうかな」
「はい」
ミヤが1歩前に出る。
ただの親子の会話にしては堅苦し過ぎる気もするのだが、ミーフゥル家において自らの霊神を報告する事は儀礼的な意味合いを持つのだ。
「私は番内5位、審判の女神ユーグと契約を致しました。ユーグ」
『はい』
妹の呼びかけでユーグが姿を現す。
彼女とキャトルは空気を読んで霊体化していたのだ。
ユーグは兎も角、キャトルは普段のおちゃらけた態度から霊体化なんてしないものだと思っていたが。
『それは不敬が過ぎるのではないですか?』
耳元でキャトルの声が聞こえた。
なんでも知る彼には誰がどう思っているのかそれすら分かっているのだろう。
お父様の前に姿を現したユーグの姿は凛としていて、鉄道の中でキャトルとの脚戦にムキになっていた時の面影はない。
「おぉ、裁定の女神ユーグよ、お会い出来て至極光栄です。この度は娘と契約をして頂き有難う御座います」
『そなたはミヤの父君だ。畏まらなくていい。私は彼女の強い使命感と正義感に呼ばれたのだからそれに反しない範囲ならば力を貸そう』
「はい、いえ・・・あぁ」
『一気に砕けたな。まぁ、その方が私も気楽だが』
ユーグはお父様と握手するとその姿を消した。
「次はクレアだな」
「はい。お父様」
「とは言え、お前の方は嫌でも耳に入ってきてしまったがな。何しろ史上初めての正体不明の霊神、そして契約。思わず上層部も揺れたさ」
一瞬、それだけ大事であったのかと驚いてしまったが、冷静に考えればなるほどと納得出来た。
要はキャトルの立ち位置がはっきりしないのだ。
どれ程の力を持つのか、どれ程優れた存在なのか。
そして、序列を付けるならどの位に位置するのか。
この世界の霊神ならば創世記や過去の記録に情報が載っているので、その弱点や抑え方が分かる。
キャトルの場合は情報が残っていたとしても2000年前の出来事だけだ。
もしキャトルを制御か排除しようとした時にその方法が分からないのである。
「中には即刻排除すべきという意見もあったが、そこはお前の存在が功を奏したと言えるだろうな」
「・・・お父様」
「いいの、弱点がチャンスに変わったと思えば悪く無いわ」
実際、私の霊力が少なければキャトルが如何に凄い存在であろうと全力を出せないのだ。
それが良い方向にも働いたのなら万々歳だ。
「・・・何はともあれ折角の霊神だ。挨拶をせねばな」
お父様が先程までの引き締まった表情がから一転、好奇心に染まった少年の様な顔をした。
「ミーフゥルの家系は研究の家系。私も軍人である前に研究者だ。有史上、その記述を発見出来ない霊神・・・とても興味深い」
お父様の手がそわそわしだした。
そろそろ呼ばないと更に気持ちの悪い状態になってしまうだろう。
「・・・キャトル」
『お初にお目にかかる。契約者(マスター)の父君』
私が呼ぶとキャトルはいつもの紳士の姿ではなく、豪奢でありながらも品の良いローブを纏った老人の姿で現れた。
そして、見事なまでに整った一礼をするとその手に氷の花を創り出し、お父様に手渡す。
「おぉ、これはどうも。報告ではもっと若い姿だと聞いていたが」
『私にとって姿は変えられる形でしかありませんからね』
と言って老人から幼女、青年、執事へとクルクル姿を変えるキャトル。
『もうご存知かと思いますが私の事はキャトルとお呼びください』
「こちらこそ、私の事はヒールズとでも呼んでくれ」
なんだかキャトルとお父様との好感度が急上昇している気がする。
『では、ミスターヒールズ、先程私の記述が存在しないと仰っていましたが、もし良ければ調べてみて下さい』
その時、私はハッとした。
私はその言葉を知らされていないのである。
正確には焼き付けられていないという方が正しいか。
彼がこの情報はいらないと判断したのかそれとも彼が私に知られたくなかったのか。
キャトルが本当に知られたくない情報を目の前で喋るなんてヘマはしないと思うので前者だとは思うのだが。
その後もお父様とキャトルが談笑していたが、私達姉妹は帰っても良いと言われたので部屋に戻る。
日はまだ高い、読書に耽るのも良いだろう。
私は私室の左側、そこにある本棚の中から一冊手に取ると栞の挟んであるページを捲った。
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入学式当日。
未だ残暑の残る中私達はこれから幾度となく潜る事になる学院の正門を潜った。
真新しい制服、きっと周りを歩いているのはこれから学友となる人達なのだろう。
姉さんの表情は固く、緊張しているのが分かる。
かく言う私も緊張していないと言えば嘘になるのだが。
正門から本校舎まではそれなりの距離がある。
手持ち無沙汰に辺りを見渡すと同じ制服なれど帯刀している者、杖を持つ者など様々でそれぞれの得意が見えてきた。
『学校、学び舎ですか。何故、どこの世界でも人類は作りたがるのでしょうね』
そう言って突然姿を現したのはキャトルだった。
私達と同じ制服を纏った長髪の美人の姿なのだが、クツクツという独特の笑いがなんだが様になっているのが不思議だ。
「本当にどんな姿にもなれるのね」
『えぇ、それが取り柄の1つのような部分もありますし』
感心する姉さんとおちゃらけた様子で応えるキャトル。
この学校のクラス分けはレベル毎に分けられる仕組みなのできっと姉さんとは別のクラスになってしまうのだろうが、このコンビならば大丈夫だろうと、そう思えた。
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