第4話 魔術

今頃は姉さんとキャトルがお互いについて話している頃だろうか。


剣や鎧など、名家の令嬢にしては物々しい部屋でユーグと向き合う。


書籍や筆記用具に塗れた姉さんの部屋と私の部屋は対照的でよくメイドにも掃除の仕方がまるっきり違うから大変だと言われる。


姉さんはこの家のライトゴールドの髪を伸ばしているが、私は運動に邪魔だからと切ってしまった。


幼い時、姉が霊力総量が非常に少なく、体も弱い事を知った時、姉さんは私が守るのだと心に誓ったのだ。


『ミヤは姉さんの事を大切に思っているのですね』


ユーグがキャトルといた時とは違う、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


やっとイメージ通りのが見えたといった感じだ。


『守るものがあるのは良い事です。守り抜くという気概は己の強くしてくれる。守るもの等いらないというのは簒奪者の考え方なのですよ』


そうしてユーグは私の肩に手を置いた。


『そして、私はミヤが守るべきものを持っていて心底安心しています。己は守護者なのだと気を引き締め、共に強くなりましょう。ミヤ』


「え、えぇ。勿論」


なんだか熱弁されてしまったが、悪い気はしなかった。


握手を求められたので応えるとユーグは立て掛けてあった剣を手渡してきた。


『さ、この家には庭があるのでしょう?なれば稽古に行きましょう』


「も、もう少しあなたと私について話を・・・」


私の言葉にユーグは軽く口角を引き上げた。


『私は剣を振るう事しか出来ませんからね。強いていうならば私の剣は相手の業の深さ程速く、重くなりますがそれだけです』


私は剣を受け取る。


『守護者たるもの、常に備えればなりません』


ユーグの真剣で真っ直ぐな視線に私もまた頷きで返した。






外へ出ると青々とした芝の上でユーグと対峙する。


彼女が握っているのは練習用のよくある棒切れだが、彼女が構えると名のある名剣のように思えてしまうから不思議だ。


『さぁ、遠慮はいりません。私を殺すつもりで容赦無く来てくださいっ!』


「ふぅー、はっ!」


全力で駆け、踏み込む。


身長はあちらの方が高い。


そこを活かそうと低い姿勢から放った切り上げの斬撃。


『筋は良いですが、まだ甘いですね』


それをユーグは棒切れを私の剣に沿わすとその細腕からは想像出来ない程の膂力で横に押し出し、目に捉えられぬスピードで体を回転させその棒切れを首に触れるの1歩手前で寸止めした。


風圧で薄皮が切れる。


死を予期してしまった。


これが霊神という存在か。


なんて圧倒的な強さなのだろう。


『ミヤにはこれから私のような霊神と闘う事も訪れるでしょうから私がみっちりと鍛えてあげますよ』


それから始まったユーグとの鍛錬はこれまでの人生で一番苛烈で一番充実した時間だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『・・・そうですね、確かに私とあなたの相性は悪いように思えますが、あなたの努力次第ならどうにか出来るかも知れませんよ?』


私はその言葉に唾を飲む。


キャトルはこの世界のみならず、全ての世界、時間を常に観る者だ。当然私の契約者としての致命的な知っているのだろう。


それを理解して尚、それを解決する方法があるというのだ。


何としても知りたい。どんな努力が必要か知らないが何としてもものにしたい。


そんな決意にも近い感情が私の心を満たしていく。


『その心意気は結構。では、あなたには他世界の魔術という技術を伝えましょうか』


まずは何からお教えしましょうかと呟くキャトルの表情はニコニコとしていて実に楽しげだ。


何を私に教えるのか決まったのだろう。キャトルはこちらへ向き合うとその姿を1度粒子に変え、14歳程の少女の姿をとった。


声帯もそれに準じた変化をしているようで、可憐でありつつも凛とした音色に、腰まで伸ばした綺麗な黒髪と日焼けなど知らないであろう白い肌には魔性の魅力を感じる。


『さ、授業を始めましょうか』


特に気にした様子も無く続けようとするキャトルに思わず疑問を口にした。


「その前に、何故少女の姿に?」


『それは気分だったとしか答えようが無いのですが、お気に召しませんでしたか?かなり良い見た目の筈なのですが』


「いや、別に気にする事でもないのだけれど・・・」


なんだか魅力的(エロスティック)過ぎて女の私でもドキマギしてしまうのだ。


見た目は胸も膨らみかけの少女だというのに何故これ程の魅力が醸し出させているのか。


キャトルはやや困ったように小首を傾げて見せる。


なんて可愛らしいんだ。


その時、ふとその表情の裏にほくそ笑んでいるキャトルの姿が浮かぶ。


そうだ。文字通り知らない事が無いキャトルが真に困った表情を浮かべる事など無いのだ。演技でしかない筈。


そう考えるとまだ気持ちを落ち着けられた。


『ふむ。どうやら我が契約者はこの姿に少なからず興奮を抱いているようだ』


仕方の無い人ですね、と耳元で囁くとキャトルは元の紳士の姿に戻る。


『おや、頬が赤いですね、そこまであの姿を気にいってもらえるとは鼻が高いですよ』


ニタニタと笑うキャトル。


少女の姿を見た時のような興奮は無い。


まぁ、紳士の姿に魅力が無いかと言われれば断じて否なのだが。


『1つ確認なのですが、疲れや倦怠感はありませんか?』


「え、えぇ」


『実は魅了(チャーム)という魔術を使っていたのですが、やはり魔術はその特性上あなたに対して理想的な技術の様だ』


霊力(グリモア)を使った後の倦怠感は無い。


もしキャトルが本当に魔術とやらを使っていたのだとしたら、これは私にとって革新的な手段だ。


『それでは、魔術の有用性を理解して頂いた所で入学までの約2ヶ月、取っておきの魔術の数々をあなたにお教えしましょう』


それから入学までの間、頭に方法やイメージを焼き付けながら感覚的に使えるようにする為の訓練を行う事になった。






そして入学まで後、1週間となった早朝。


最早日課となった庭での訓練を行う為に寝間着から着替えて外へ出ると金属の打ち付けられる甲高い音が聞こえた。


ミヤとユーグが訓練をしている音だろう。


ミヤもユーグと鍛錬を積んでいるようで、以前とは素人である私が見ても良くなっている事が分かる程だ。


今日も少し見てから訓練しようと思い目を向けると私は驚きのあまり目を見開いてしまった。


訓練をしているのはミヤで間違いないのだが、その相手はユーグではなくキャトルだったのだ。


キャトルはミヤの剣を涼しい顔で受け流している。


受け流し、弾いて、避ける。


この国には見ない型だ。


キャトルはミヤの剣を弾き、隙が生まれたと思うと大きく振りかぶり、そして攻撃は真っ直ぐ振り下ろされ空を切った。


ミヤはこの好機を逃すまいと剣を振るうがその刃がキャトルへ届く事はなかった。


キャトルの剣がミヤの胸の寸でのところで止まっていたのである。


『燕返し、ってね』


『驚いた、キャトル、お前剣も出来たんだな』


『本職には敵わんがな』


なるほど、全てを知るキャトルならば魔術以外も使えて当然だ。


キャトルはこちらへ気付くと近付いてきた。


『契約者を差し置いてすみません、では始めましょうか』


私はキャトルが見ている横で魔術の術式を発動させる。


私がキャトルに教わった中で使い易いと感じ、なんとか実戦使える程度には身につけたと感じたのは土槍、地爆の術の2つだけだった。


「・・・まずは土槍から」


足元から地中に霊力(グリモア)を染み込ませる。


微量の消費で広範囲をカバー出来る上に1度の消費で何度も攻撃出来るのがこの魔術の利点。


「・・・ふっ!」


脳内でイメージを構築し霊力に影響させる。


イメージするのは土壁。


すると、イメージした通りの土壁が生えてきた。


『強度も中々。成長しましたね』


キャトルが壁をトントンと叩きながら褒めてくれた。


私は深呼吸をして気持ちを切り替える。


次は地爆だ。


地爆は土槍の派生系のような魔術で、霊力(グリモア)をしみつけた地面に爆発するよう術式を吹き込むのだ。


それを相手が踏んだ時に起爆させる。


練習としてさっき作った土壁を爆破するとかなりの威力で爆発した。


『こちらも成長しましたね。本当なら後2つは覚えて頂こうと思っていたのですが』


「・・・なんかごめんなさい」


『いえいえ、別に責めている訳ではないんですよ。元々、この魔術を生み出した世界の住民でも本格的な練習を始めて2週間で習得するような魔術ですから契約者のセンスは良いと思います』


「・・・ありがとう」


意外なお褒めの言葉につい照れてしまうが頭を振った。


浮かれている場合ではない。


確かに確実に成功させられるようになって、威力も出せるようになってきた。


だが、まだ詰められる。まだ高められる。


どちらにせよ後1週間で新しい魔術を覚えられる可能性は低い。


私は改めて術式を構築する。



刻限は近い。


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