第3話 目的

『数多世界、その全ての技術を駆使することが出来ることかな』


『「うん?」』


なんだろう。思っていたよりざっくりとしていた。


もっと具体的で分かりやすい答えが欲しい。


隣に座るユーグも同じような顔をしている。


『流石は強き因果によって引き合わされし霊神と契約者、か・・・』


キャトルはもう何度目かも分からない呆れ顔を見せた。


無性にイライラするがもう気にならない。


『例えば魔術、この世界では霊力術(グリモワール)と呼ばれる技術だな。まぁ、契約者を媒介に存在している以上契約者の限界を超えるようなものは行使出来ないがね』


そう言って彼はその手に一輪の氷の花を咲かせた。


差し出してくるので受け取ると溶ける様子も砕ける様子もない。


本物の花をそのまま氷にした様な緻密な造形で、綺麗な物に目の無い令嬢達に売れば一財産稼げそうである。


『中々良く出来てるでしょう、後はこんな感じですかね』


彼は姉さんが起きるまでの間、私の知っている”戦争の為の霊力術”とは違う手品のような楽しい霊力術を沢山見せてくれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・ん、んぅ」


どうやら気絶してしまっていたようだ。


「姉さん、大丈夫?」


まだ薄らと靄のかかる視界にミヤの顔が写る。


途端、膨大な情報が溢れてきた。


しかし、頭に焼き付けられた時の様な感覚は無く私の脳内に違和感無く収まる。


「え、えぇ。大丈夫」


「本当に?何かあったら言ってね」


「えぇ。心配してくれてありがとう」


私の顔を心配そうに見つめるミヤを尻目にふと隣にいるキャトルの方を見た。


霊力(グリモア)を通じて観た彼の情報。


どうやらまだ私に秘匿している事もあるようだが、きっと私が知らなくても良い事なのだ、そう思える程に凄まじい情報量と内容の濃さに辟易してしまう。


彼の出来る事、出来ない事、そして目的と制約。


その全てを理解した私がするべきは彼の特徴と私の特徴を擦り合わせる事。


数多世界の全てを観測し、証明する彼にはとっくに知れているであろうが、私の弱点、周りと圧倒的に劣っている点について自らの口から話しておきたかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


短くも濃密な列車の旅も終わり、私達は荷物をメイドに預け私室へと戻った。


お父様が私達の契約した霊神についての報告を聞くために家にいるかと思ったが仕事に出かけたらしい。


私は私室のベッド、キャトルは置いてある椅子に腰を掛ける。


『・・・さて、ようやっと私とあなただけになりましたね』


キャトルがミヤやユーグがいた時とは違う、真摯な言葉と態度で話かけてきた。


『お互いに聞きたい事、言いたい事もあるでしょうが、まず私の方からあなたが私について正しく理解出来ているか確かめさせてもらいましょうか』


彼の視線は今までとは比べられない程真っ直ぐでそれ程真剣である事が伝わってくる。


『では。私の能力と今回の目的、そして制約は?』


「あなたの能力は、数多世界の過去未来に至る全ての観測。つまる所あなたは森羅万象、過去未来の全てを知っていて、全ての技術を使えたり、未来視が出来る。違わない?」


「えぇ、凡そ合っています。ただ訂正するのなら、私は未来視をしているのでは無く、あなた達が未来と定義する時点にどの様な事が起こるのか。分岐した世界の事も含めて既に知っているというだけですよ」


キャトルが次、と視線で促してくる。


「次にあなたの目的だけど、あなたはこの世界の運命の女神が数年後の魔王誕生に向けて召喚した勇者という存在を元の世界に送還する事で、それに伴う制約は破壊の摂理、アンにこの勇者召喚の事を気取られない前に勇者を送還しないといけないのと、アンに気取られないようにする為にあなたも召喚を行う事が出来ない。そうよね」


『はい。この世界は二回目なのでアンは歪みの原因がこの世界だと分かれば容赦無くこの世界を消し去るでしょう。別にこの世界だからという事ではありませんが、今まで散々存在を証明してきた存在がごっそり消えるというのは私としても避けたいんですよ。そして、それ故にアンに気づかれる前に勇者を元の世界へ送還したい』


私からも質問する。


「1つ聞きたいのだけれど、アンはどうしてそんなに召喚に対して神経質というか、敏感な訳?」


『アンにとっては数多世界の均衡というのは芸術作品と大差ないのでしょう』


「というと?」


『他世界から人を召喚しようと、物を召喚しようと元の世界から召喚先の世界へ転送されている訳で、言うなればそこで重い軽いの差が生まれる訳です。そういった差がアンには歪みとして見えるんですよ』


「・・・」


なんとも理解し難い話だが、飲み込むしかあるまい。


『しかし、アンは私と違い、数多世界の全てを観る眼が無い。その歪みがどこからくるものなのか分からないのです』


「それで、2000年前はアンをこっちに連れてきたという事ね」


『えぇ。ですが、アンは私がいなくても自力で見つけようとするでしょう。そして歪みが大きくなればなるほどアンが気づく確率が上がる。故に、物質であろうと召喚を行う事は避けたいんですよ』


キャトルが残念そうな顔をして語る。


召喚が出来ないとはそれ程痛手なのだろうか。


「しろ、とは言わないけど、召喚出来るものを例に上げるならどうなるの?」


『そうですね、この世界の言葉で言えば、人物であれば異界の英雄や物品で言えば音よりも速い弩などでしょうか』


なるほど、異界の英雄となると想像しづらいが音よりも速い弩と聞くと確かに痛手なのが分かる。


それを使えば白兵戦から暗殺にいたるまでグッと幅が広がるといういうのに。


『・・・つい長くなってしまいましたね。では、クレアの話を聞かせてもらいましょうか』


「えぇ、そうね。あなたは知っているだろうけど、私の口から言いたかったの」


私はこれから私達の障害になるであろう私の欠点を口にする。


馬鹿にもされた。それに因んだ蔑称で呼ばれた事もある。


もう少し喉に詰まるかと思っていたが、相手が既に知っているという事もあってか簡単に口から出てきた。


「私・・・一度に保有出来る霊力(グリモア)の総量が圧倒的に少ないの」


霊力(グリモア)の総量はそのまま契約者の強さと直結する。


霊神は契約者を媒介としてこの下界に顕現するその性質上、いわば契約者に寄生する形で存在している訳で、その能力を行使するエネルギーは当然契約者から吸い取られる。


別に契約してそこに存在させる分ならば常に呼吸から供給される分で事足りるのだが、戦闘や、その霊神の特別な力を行使するとなると私の総量では直ぐに限界を迎えてしまう。


今も少し倦怠感を覚えているが、ミヤとユーグがキャトルが氷細工を創ったと言っていたのでそれが原因で間違いない。



キャトルは霊力術が得意らしいが、私との相性は最悪と言えるだろう。



私は秋になれば契約者の為の学院に行くことになる。


そこのカリキュラムには”万能の契約者の育成”というスローガンを掲げている通り、当然、戦闘等の霊力を大きく消費するものも多い。


なんとか入学までには私の霊力総量とキャトルの得意分野を擦り合わせた上手いやり方というものを考えなければ。


『・・・そうですね、確かに私とあなたの相性は悪いように思えますが、あなたの努力次第ならどうにか出来るかも知れませんよ?』


今の今まで静かに私の話を聞いていたキャトルがフフフと妖しげな笑みを浮かべ提案をしてきた。


それは今までの常識を覆し、もしかしたらと私に希望を抱かせる夢の提案だった。

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