第2話 帰路

あの騒動の後、恙無く執り行われた契約の儀からの帰り道、列車の貴族しか乗らないような客室に私達姉妹は乗り込んだのだが、その空気は最悪と言っても過言では無いほどに悪化していた。


その原因は語らずとも知れた事だろう。


キャトルとユーグだ。


霊神とは本来、余程苦手としていなければ肉体と霊体、二つの状態にその身を変化させる事が出来る筈なのだが何故か二柱は霊体になろうとしなかった。


うーん。好きな筈のりんごジュースが不味い。


ここは何か会話をして場の空気を変えねば。


「そういえばキャトル、そろそろあなたについて色々と話を聞きたいのだけれど」


『えぇ、なんなりとお聞きください』


彼はそう応えたものの、視線は斜め下を向いたまま。


何を見ているのかと覗いて見ると壮絶な脚戦を繰り広げていた。


音すら立てない、光をも置き去りにしていそうな脚戦に思わず見入ってしまいそうになったが、このままでは話にならないと2人が4人用の客室の対角線にくるように座らせ話をすることになった。




本来、霊神との最初の会話は自己紹介とその霊神が何を得意とし、何が苦手なのか。その能力の確認に努める事がセオリーだとされているが、私には、いや、私達姉妹にはどうしても気になる事があった。


「なんでそんなにユーグと仲が悪いの?」


前にも同じ事を述べたような気もするが、やはりユーグは審判の女神であり、私達の中では絶対的正義だ。


その女神に敵意を向けられるというのは、彼は誤解だと言っていたが、本当に終末の使徒なのかもしれない。


『そうです、ね。別にユーグとだけという訳でも無いとは思いますが、隠す必要も無し、私がそう誤解されるに至った出来事、その経緯から語りましょうか』


キャトルが語り始める。


何やらユーグが何か言いたげだったが、ミヤに口を塞がれモゴモゴしていた。


彼女は神話にあるような感じではなく、目の前の少し残念な感じがするのが本当の姿なのかもしれない。


『あなた達はかつてこの世界で起こった因果の収束、いえ、魔王誕生は知っていますよね?』


「えぇ」


確か約2000年前に起きたという世界終焉の危機だった筈。


『事の発端はそこでこの世界の神と人間が違う世界から所謂勇者と呼ばれる存在を召喚した事なんですよ』


『それの一体何が悪いと言うのだ』


ミヤの手を口から外しフガフガ状態から脱したユーグがキャトルに尋ねた。


『別にそれが悪い行いだったか、と問われれば悪い訳では無いんだが、アン・・・選定者と呼ばれる私の同族の気を損ねたのさ』


『あの時お前と一緒に現れた奴か』


アン?選定者?同族?一瞬理解出来そうだったのに更なる未知が湧いてでた。


『そうだよ。それで気に食わない奴を殴ってやりたいというアンをこの世界に連れてきた所でユーグやその他大勢の神と衝突、私とアンで神々をコンテンパンにしてアンが飽きたと言ったので我々はこの世界から引き返した・・・それが私がユーグ含めこの世界の神に嫌われているであろう原因かな』


「ユーグ、彼の話は本当の話なの?」


ミヤがユーグに尋ねる。


その目には信じ難いという色が滲んでいた。


実の所私も同感で、まず神々をコテンパンにしたというところが疑わしいし、この世界に訪れたと言っていたがじゃあ彼は一体何者なのか。


『ミヤ。認めたくはありませんが、奴の言う事は真実です。まだかつて下界と天界が分かたれていなかった頃の話です。この世界に突如として神々からしても脅威としか言い様の無い怪物が現れ、対抗する手段として他世界から強者を呼び出したところに奴ら、アンとキャトルでしたか。がこの世界に侵入してきたのです。そこにいるキャトルはそれ程でしたが、もう1人のアンという存在は桁違いでした』


「「・・・」」


私達姉妹は固唾を飲む。


『彼女が持った刃を薙げば山岳も更地となり、振り下ろせばそこは谷となりました。刃の届いていない所ですら裂ける様子は正に暴力の権化だったと記憶に染み付いています。私達を脅かそうとしていた魔王ですらその一閃に巻き込まれ滅びました』


『暴力の権化、か。アンの力を見て生き残った存在は数少ない、彼女を例えた言葉を聞くのは珍しいからなんだか嬉しくなるね』


クツクツとなんだか楽しげにキャトルは微笑んだが、私とミヤは乾いた笑いを浮かべる他無かった。


そんな恐ろしい存在と同族だというキャトルと契約してしまったというところに不思議な縁を感じてならないのだ。


「・・・それで、ユーグとの関係は何となく分かりましたが、改めてあなたについて教えてもらっても?」


『それは勿論ですが、私を説明するとなると中々言語では表しにくい部分もありますので、直接理解して貰いましょうか。失礼、頭を拝借』


そう言うとキャトルは私の頭に触れ霊力(グリモア)の繋がりを通じて尋常ではない量の情報が飛び込んでくる。


私の一生分を遥かに凌駕するような情報量に意識が遠のく。




この世界の外側。




空間、時空を超越せし次元。




内包されし数多なる世界。




世界を想像せし者。




世界を破壊せし者。




全てを停止せし者。




全てを動作せし者。




全てを観測せし者。




収束する混沌たる因果。




全てを調和させし摂理。




無限の記憶。




今回の目的。




「ヒグ・・・ッ!」


「姉さん!?姉さんっ!」


最後にミヤのそんな声が聞こえた気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「姉さん!?姉さんっ!」


キャトルという霊神が姉さんの頭を触った瞬間、姉さんは白目を向いて気絶してしまった。


「ちょっとっ!あんた、姉さん殺したんじゃないでしょうねっ!」


私が掴みかかるとキャトルはとんでもないと言うように手を振った。


『大丈夫、君の姉さんは死んでない。ただ、契約者には私の事を出来うる限り知っておいて欲しかったからね。人として理解出来る程度の量と質の範囲に収めてあるからもう1、2時間で目を覚ますさ』


「・・・そう。んで、私達もあなたについて知りたいと言ったら同じ事をしてくれるのかしら?」


『いや、契約者達が気絶されると何かと不便だから君とユーグには口頭で説明しよう』


それから私達はキャトルから己についての説明を受けた。


要点を掻い摘むとキャトルはこの下界を囲む天界、その更に外側の次元の存在の内の一柱らしい。


そういった存在は性や時間などの概念をもっておらず、今の男の姿は何となくで決めていた姿で、その気になれば女体はおろか獣にも成れるそうだ。


彼らは彼らの次元に存在する摂理に数多なる因果が収束し生まれた意識の様な存在で、キャトルを含め5柱おり、


因果から世界を創造する摂理、因果の原点、ゼロ。


バランスの取れない世界を滅ぼす摂理、第1の収束点、アン。


エネルギーがいづれ無に帰す摂理、第2の収束点、ドゥ。


エネルギーが生み出される摂理、第3の収束点、トロワ。


常に観測し、その存在を証明する摂理、第4の収束点、キャトル。


この内訳らしい。


曰く先程ユーグが語ったアンの実力は、ほんの何万分の一なのだそう。


まぁ、世界の終焉そのものなのだから当然と言えば当然なのだが。


『それでは、終末の使徒はアンだけだった訳だ。お前がそんなに強くなった理由がわかったな』


『あぁ、そうだ。私の元は存在の情報を観測し、その存在を証明する摂理だ。そんな存在に1度も攻撃を当てられない審判の女神もどうかと思うがな』


『はい?』


『ん?』


・・・この二柱は喧嘩しか出来ないのか。


「んっんっ!ともかく、あなたが何者かという事についてなんとなく分かったけど、具体的に何が出来るのか教えて?」


私が問うとキャトルはいかにも不満げな顔をした。


『それを教える義務も義理も理由も・・・いや、ここで伝えておくのも面白いかもしれない』


キャトルは表情をコロッと変える。


良かった。存在を観測し、証明すると言われてもいまいち良く理解出来なかったのだ。


『・・・君は一見聡明そうに見えて頭は強くなさそうだから、こうパッと見て分かるものと絞ると・・・』


何か失礼な事を言われた気がするが、気にしない。


ここで話を折るのが無益だと理解しているのだ。


『私の出来る事といえば・・・』


キャトルは勿体ぶりながらその特技を語った。

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