高次たる僕
松房
第1話 契約の日
じっとりと汗が滲む夏至の日。
この国に置いてもっとも霊的な均衡が傾く日とされ、私達、15を迎える霊神契約者候補にとって最も重要な日といっても過言では無い。
人外の力を持つ霊や神といった者達と契約を結びその力を借り受け行使する霊神契約者はこの国の要だ。
霊神にも格があり、全体のほんのひと握り。上位300位以内の力を持った者達を番内、それ以外を番外と区分する訳だが、私、クレア=ルーブ=ミーフゥルの心は番内の霊神と契約しなければ責任感にも似たような感情が支配していた。
ミーフゥル家は所謂名家というやつで、それだけ期待が寄せられる。
それは他の人から言わせれば名誉な事なのだろうが、私にとっては重りの様にしか感じられない。
『ミヤ=ルーブ=ミーフゥル、番内5位っ!審判の女神、ユーグと契約!』
双子の妹の契約が終わった。
審判の女神、ユーグ。創世記にも出てくる超ビックネームだ。
契約者と近しい霊神が契約に呼び寄せられるというしきっと彼女の強い正義感がユーグを引き付けたのだろう。
霊神達との契約の儀はある程度のレベル毎に分けられ同じ会場で執り行われる。
高いレベルの所には当然貴族が集まり、強い霊神と契約出来るかどうか。それで大方の力関係も変わってくるというもの。
妹が嬉しそうな笑みを浮かべ近づいてきた。
私と彼女の席は隣なのだ。
「ミヤ、おめでとう」
「ふふ、ありがとう姉さんっ!」
ユーグと契約した妹は心做しか力強く見えた。
「そろそろ姉さんの番だけど、私なんかよりよっぽど素質があるって言われてた姉さんだもん。きっと凄い霊神が契約してくれるよ」
「・・・そうだと良いわね」
『次っ!クレア=ルーブ=ミーフゥルッ!』
「はいっ!」
「頑張って、姉さん」
「ええ」
やっと巡ってきた私の番。
私は祭壇に祀られた水晶に祈りを捧げる。
私の霊力(グリモア)と水晶が共鳴し、向こう側と接続、安定した。
そして霊力を手繰り何者かがこちらへやってくる。そんな感覚がする。
何者かはこの世界へ到着、私の霊力と合わさりこの世界へ今、顕現した。
直ぐに霊神が何者なのか見抜く術を持つ神官が私と契約した霊神の名を紡ぐ筈。
しかし、その神官は途端に玉のような汗を滲ませていた。
手元に置かれた霊神図鑑のような書物を慌ただしく捲っているところを見るに分からないようだ。
神官も分からない様な番外(マイナー)と契約してしまったのか。私は。
内心絶望する私を前に神官は口を開いた。
「あ、正体不明(アンノウン)・・・」
霊神は数多存在するとは言え、限りはある。判別が得意な霊神の力を借り、全てを把握した神官が分からないとはどういう事なのか。
会場にもどよめきが迸り、神官を罵るような声も聞こえた時、突如として私の周囲を囲むように緑色に発光した粒子が渦を巻き、徐々に人の形を形成する。
『正体不明、アンノウンか。今まで様々なあだ名を付けられてきたけどそんなに業務的なのは久しぶりな気がするよ』
粒子は長身長髪の若い紳士の姿をとった。
長い黒髪の先端が緑の炎の様な揺らめきに包まれた彼には不思議な魅力があった。
『これだけ次元が離れていると完全な顕現は無理か・・・』
『終末の使徒がっ!それ以上口を開くなっ!』
「ユーグッ!」
己の霊神を呼び止めようとする妹の声が聞こえた。
一人、いや、一柱の影が彼目掛けて舞う。
神速の一撃だった。
彼女が切り終えた姿を見て初めて彼女が斬撃を放ったのだと理解した。
『・・・逃げたか』
『そりゃあ逃げるでしょ。斬られたいなんて願望持ってるやつなんて特殊趣味(アブノーマル)か自殺願望くらいしかいないさ』
私が彼は斬られたと錯覚した直後少し離れた所に佇む姿が視界に入る。
それにしても、終末の使徒?
『彼女、審判の女神ユーグの誤解さ』
「ひゃっ!」
気が付くと彼は隣にいた。
『今のを避けたのかっ!?』
『いやいや、そう驚かなくてもいいだろう?私に時間の概念は無いから正確な時間は分かりかねるが2000年程前にも同じ応酬をして私は君の斬撃を避けた』
『あの頃とは違うっ!私はっ!』
いがみ合う二柱。
感情的に突っかかる女神ユーグに対して面倒くさそうにあしらう彼、そうとう仲は悪そうである。
創世記には戦も司りつつも審判を司るため知的で落ち着いた淑女として描かれている彼女しか知らない私を含めた会場にいる人達はそんな彼女を見て彼が過去に一体何をやらかしたのだと動揺する事しか出来ない。
一向に収まる気配の無い女神に対して彼はため息を吐いた。
『・・・君が抱く誤解をいつかは解いてみせよう。そのためならいくらでも付き合おう。しかし今は後回しだ。私は私を召喚した娘に自己紹介が出来ていないし、見たところ昨今の契約の儀は順番で執り行われるようだ。いつまでも部外者たる私達が会場を占拠する訳にもいくまい?』
『そうはいくかっ!ここでお前を逃がしてはっ!』
『逃げないさ。いい加減しつこいよ、ユーグ。君と私は今は人に呼ばれ契約に応えた一介の僕(しもべ)だ。君と私の契約者は姉妹のようだからね。いやでも顔を合わせるし私には逃げる理由もやる気もないさ・・・おいっ!ユーグの契約者っ!君も契約者なのならば手網はしっかりと握っておけ。何、今は控えていろと命ずるだけで良い』
彼に圧倒され頷く妹。
「ユーグ、こっちで大人しくしてて」
『だがっ!いや、了解・・・』
引きもどるユーグ。
『はぁ、やっと終わったか。私達も戻るとしよう、と、その前に・・・もし?』
彼は神官を呼び止めた。
「は、はい、私ですか?」
『あぁ、私に責任は無いにしても場を乱し契約の儀を止めてしまったのは事実だ。謝罪しよう』
「そ、そんな、謝罪なんて」
あたふたと手を振る神官は慌てた様子で問いかける。
「で、では、先程かの女神ユーグの一閃を避けたと仰っていたのでさぞお力を持った神であらせられるとは存じますが、お名前をお聞きしても?」
『名前、名前・・・私には凡そ名と呼べるものを持ってはいないが、かつてこことは別の世界の賢人が私に付けた呼称を名という事にしよう』
彼はコホン、と勿体付けながら名乗った。
『私は、数多世界の傍観者にして4番目の収束点。キャトルだ。君とは縁がありそうな気がするよ。よろしく』
「は、はい。よろしくお願いします」
そして神官と握手をする彼、改めキャトルはこちらへ向き帰った。
『うーん、もう一度自己紹介をするかい?』
「いいや、いいわよ。よろしくね、キャトル」
『イエス、契約者(マスター)』
「そのマスターなんていう呼び方は堅苦しいわ。クレアで良いわよ」
『分かった。クレア』
キャトルについて確かめなきゃいけない事も沢山あるし、キャトルの存在が家の立場にどんな影響を与えるのか。考えなければいけないことは山積みだが、ユーグとのやり取りを見ていたらなんだか、どうでも良くなってきてしまった。
「後でゆっくりとあなたの事を教えてちょうだい」
『それはもう。私からも話したい事、聞きたい事は沢山ありますからね』
キャトルとは上手くやれそうな気がする。
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