来年も、この日を。

くるとん

ハッピーバースデイ

今日はサチおばあちゃんのお誕生日だ。


テーブルの上には、まぐろとぶりのお刺身が並んでいる。かぼちゃの煮つけも。どちらもおばあちゃんの大好物だ。醤油の香ばしさにわさびのツンとする清涼感、ショートケーキから漂う甘美な匂い。ハレの日を象徴するような雰囲気が部屋全体を包み込んでいる。


「それじゃあ…ロウソクつけるね。」


慣れない手つきでマッチ箱を開けた私。年に一度、緊張の瞬間。シュッというマッチをこする音。優しくゆらゆらと揺れる火が、少し薄暗くした室内を幻想的に照らし始めた。懐かしさを感じるロウソクの匂い。それを胸いっぱいにためた私。


「おばあちゃん、88歳のお誕生日…おめでとー!」

「あら…ありがとうねぇ。おばあちゃん、幸せだよ。」


私より細くなった腕を軽く上げて、優しく微笑んだおばあちゃん。拍手の音とお祝いの言葉が飛ぶなか、ロウソクの火を代わりに吹き消す私。


―――よかった…今年も笑ってくれてる。


両親が共働きで、学校から帰ってもひとりぼっちだった私。いつもさみしくなって、おばあちゃんのお家にお邪魔していた。小学生の足で20分程度の道のりを、ほぼ毎日。おばあちゃんはいつもイスに座って編み物をしていた。いつも絵本を読んでくれて、帰るときにはポケットいっぱいのお菓子をもらった。大好きなおばあちゃん。好きな人ができたことも、結婚することも…一番最初に伝えたのがおばあちゃんだった。


…おばあちゃんが85歳になった頃だったかな。私の名前を忘れてしまった。


とてもショックだったけど、いつも通りに接した私。今も孫であることすら忘れちゃってると思う。多分、施設で働くお姉さんのひとり…そういう認識だと思う。


「88歳のお祝いはね、米寿って言うんだよ。お米って漢字をね、ばらばらにすると、八十八になるからなんだってね。昔の人は賢いよね。」


このお話、聞くのは…10回目かな。それでも、笑顔で話すおばあちゃんを見ているだけで幸せだった。


年齢を感じちゃうという理由で、お誕生日のお祝いを嫌がっていたおばあちゃん。そういう私も、30をこえたあたりからかな…ちょっと憂鬱な気分になった。それでも、88歳…米寿のお祝いだけは、笑顔で喜んでくれたおばあちゃん。理由はよくわからないが、米寿だからということを前面に押し出したのが奏功したのだと思う。


その笑顔を見たとき…私のエゴかもしれないけど…喜んでもらえる方が良いと考えた。それから毎年、施設の人にお願いをして、お祝いの機会をもらっている。


今日はサチおばあちゃんのお誕生日だ。今年で10になる「88歳」のお誕生日。


来年は白寿のお祝いを。

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来年も、この日を。 くるとん @crouton0903

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