第3話 港町朝市→蛸のリュウ

「起きてください。朝ですよ」

 翌朝、日の出と共に、三原に叩き起こされる。

「市場に買い出しと食事に行きましょう。初出勤なのですから、急いで」

 買い出しに出かけた港町は、昼間通ったときよりもにぎやかで、市場で多くの声がかけられる。

「三原さん、今日は良い鯛が入ったよ。最近同居人が就職したんだろ、お祝いにどうだ」

「シャコ汁はどうだね。三原、あとそこの同居の蛇に入ったやつ、買ってきな」

「若い体で流れ着いたようだ、やっぱり肉だろう。豚足、三本まとめ買いするなら安くするよ」

 俺の素性や就職状況は、すっかり有名になっているようだった。

 三原は俺に、彼らと市場を紹介しながら、苦笑した。

「田舎ですからね、たまにうっとおしい」

「お前、それは本音か?」

 三原は、おおっとと口を押さえて笑った。

「まあ、そりゃ、皆薄々思っていることだ」

 声に振り向くと、市場の食事スペースとして設けられた机と椅子のそばで、市場で原卓人間が何人もいて、こちらを手招きしていた。

 手ごろな茶色に煮込まれた鶏肉と白身魚の丼ものを買って、席に着く。三島はゴンにも同じものを買ってやっていた。ゴンは嬉しそうに食いついている。

 彼らは俺を物珍しそうに観察していた。一人が話しかけてくる。

「この島はどうだい」

「おう、飯は美味いし安い。親切なのも多くて、住みやすいな」

「何だ兄ちゃん、口が上手いな。ほれ、」

 渡されたのは、黄色い野菜の塩漬けだった。パパイヤの塩漬けだと教えられて驚く俺を、三原は不思議そうに見ていた。

 口にすると、甘く青い味を塩が引き立てている。

「そっちはこの島について、どう思っている。特に教主の統治」

「別に、そういうものなんだとしか。だってほら、俺らは過去の記憶もあいまいだ。他にどう思えばいい?」

「よっぽどひどい場所なら何とかしようとも思うが、たまーに息苦しいときがあったりする程度だ。問題はない」

「腹に据えかねる連中は山のほうに住んでいるらしいが、詳しく知らん」

「そういえば三原、お前の職場は山中の塩炊き場だったな」

 俺の言葉に、三原は首を傾げた。

「噂には聞きますが、見かけたことはないですね。炉の整備をしている科学者さんは、山村に住んでいるらしいですが、場所は教えてくれませんでした」

「山村ってあったんだな」

「話したこともない、蛇含め、見回ってもらってんのかね」

「まあ、俺らには関係ない。上手い魚食えなくて可哀そうにな」

 港の人間たちはそう言って、盃を傾けた。

 三原がそっと眉をしかめるのを見て、背中を叩いてやる。知り合いが知り合いの悪口を言っているのを聞くのは、彼のような心優しい人間には厳しいものがある。彼が気づいて少し微笑みを浮かべるのを、ゴンを撫でながら盗み見た。

 ゴンがそっと、ひんと鳴いた。

「犬は良いな。異世界でもしがらみがない」

 水をやりながら言ってやると、ゴンは嫌がる顔をして、もう一度ひんと鳴いた。



 三原とゴンと一緒に家まで戻り、少しすると、土御門がやってきた。

 彼らに見送られ、俺たちは連れ立って流離山を登り始める。

 流離山の山道は幅が広く、歩きやすかった。道中、何人もの人間にすれ違う。彼らは港町たちをつなぎ、島を半周する街道を利用する漁師や商人たちだった。

 蛇の巡回ルートであるおがげで通行しやすいと話す彼らを見送りながら、俺は土御門の早足についていく。

「蛇の仕事とは具体的には?」

「普段は、島の警備隊と何も変わらない。ただ、勅命を果たすのが『蛇』の仕事だな」

「勅命というと、教主関連か」

「そうだ。教主の数ある屋敷の警備から、特に危険な治安維持任務を行う。それが蛇だ」

 流離山を登るにつれて、木々が少なくなり、荒れた岩肌となっていく。火山であるためか、ほんのりと地面は暖かい。

 見晴らしの良い場所で一度振り返る。眼下には見渡す限りの大海原が広がり、港町から少し山よりの場所に、煙が立っている場所があった。塩田という場所で、海水から塩を作るところで、三原の職場だ。

 三原が働いている様子が見えないかと、米粒のようなそこに目を凝らしていると、土御門の叱責が飛んでくる。

「初任務だ。戦力は期待していないが、もう少し気合を入れろ」

 そう、俺は道中、この山登りの詳細を少しだけ聞かされていた。

「流離山の大穴の噂を調査する、だったか」

「そうだ。俺たち二人で様子見、その後、部隊に合流し、報告のついでにお前を紹介する」

 土御門の言葉を聞きながら、道の先に目をやる。

 巨大な火山だった。山頂に行くほど、とがった岩が増えていく。今、俺たちがいるのはだいたい五合目だ。

「このまま登ると、山頂まで行くのに昼すぎになりそうだな」

「もっと早く着けるだろう」

「無茶言うなよ。副隊長のパワハラって概念はこの島にないのか?」

 土御門は奇妙な顔をした。

「藤原は召喚術を使えるよな」

「ああ。お前がすぱすぱ斬ったからどうかと思ったけど、問題なく使えるぜ」

「それに乗れば良いんじゃないか」

 おそるおそる言う彼に、俺は無言で返し、祈祷を捧げる。

 立ち上がった機械兵は、問題なく俺を乗せ、すいすいと山道を登り始めた。

 二人とも無言で登る山道はスムーズで、だんだんと早足になる土御門に合わせても、俺の足は痛むこともない。

 八合目まで、あっという間に過ぎ去っていく。

「俺はてっきり、俺に良いところを見せようと頑張っているかと思ってたんだが」

「違げえよ、思いつかなかったんだよ。もっと早く言え!」

 そこまで行くと、赤くなっていた俺の顔も元の通りに戻っていた。不思議そうに小首を傾げる土御門は、機械兵と同じくらいの速度で山道を走っているにも関わらず、顔色ひとつ変えていない。

「自動車と同じ速度、すさまじい速度をこの岩の中でやるとか、バケモノかよ」

「心外だ。俺は鍛えただけだ」

 淡々と答える彼は、刀を抜いて、邪魔な岩を切り倒す。その白刃の動きは目で追うのもやっとだった。

「やっぱりお前、バケモノだよ」

 心底から心外だという顔をする彼に、俺は問いかける。

「獣道があるから良いが、ここからどうする」

 いよいよ、道なき道となった先で停止する。森林限界となってもおかしくないほど高所にも関わらず、木々は生い茂っているのは、この島の特徴か。

 俺は細くつながっていた獣道の途切れ芽を観察する。

「やっぱり、山頂から様子を見るのか」

 返ってこない答えに見れば、土御門はきょとんとした表情を浮かべている。

「ん? 獣道があるから、ここまで来たんだ。周辺を詳しく調べるぞ」

「え?」

 二人で首を傾げあう。

「こんな、人が住んでいないところで、しかも流離山五合目以降に獣がいるとしたら、一種類しかいないだろう」

 どこかで岩石が割れる音がした。心なしか、周囲の気温が上がる。ごうごう、と息をする生き物の気配がする。俺と土御門よりも、低い位置からの音のようだ。

「土御門、お前、言葉が足らないと言われたことはないか」

「ある。こっちの立場で話してくれ、ともよく言われる」

 まったく、その通りだった。

 ぱちぱち、と音を立てて、周囲の木々が燃え上がる。岩石のような前足で、それは大木を踏みつぶした。一瞬にして燃え上がったそれは、踏みつけた数瞬で炭となった。

 溶岩でできた獅子が、眼前で吠える。

「急急如律令!」

 身を翻して飛び降りて、機械兵を獅子に突貫させる。

 事もなげに避けた獅子は、俺の方に向かって突進しようとする。祝詞を挙げるには間に合わない。手近な木々の後ろに隠れるよりも早く、獅子は爪を振り上げた。

 一瞬の攻防に感じたが、土御門には十分だった。

 その空いた胴体に、太刀が差し込まれ、そして、逆向きの袈裟切りに切り上げた。三分の二まで断たれた胴体で、獅子は不自然な痙攣を起こした。

 がらがら崩れるそれに、土御門は目をやらない。

「説明の言葉より、結果を見ればわかるだろう」

 そのまま、獅子の周辺にある、視界を妨げる大木を一刀のもとに切り倒した。

 背後にいた四匹の、中型の豹のリュウが憎しみの声を上げた。

 それらは獅子の戦う間に、周囲を包囲しようとしていたのを諦めて、土御門の眼前で散開しようとする。

「許さない」

 言葉通り、土御門は素早く前に出ると、懐から大きな瓶を取り出すと、豹たちが集まる中心に向かって投げ上げた。

 豹たちの赤い胴体が岩の灰色に固まっていく。吠えた形で止まったそれらの前で、土御門は刀を振り上げた。

「中身は特殊な水だ。リュウの足止めになる」

 そう言うと彼は、四回、刀を振り下ろした。それらはすぐに形をなくし、地面に転がる岩石と見分けがつかなくなった。

 周囲に動くものは何もない。木の燃えかすが弾けると同時に、土御門の体が翻る。

 何度か同じことが起こって、俺は彼が、燃えるものすべてを踏みつけて消火を試みていると、初めて気がついた。

「説明したほうが早くすむぜ」

 俺は祝詞を奏上し、召喚した巨人の手を広げさせた。塩は細かな粒子となって、周辺にまとわりついて空気を遮断していく。

 あっという間に静けさを取り戻した空間に、ほっと息を吐いた。

 土御門はきょとんとした顔をしている。

 俺はその顔に指を指す。

「この結果を見ればわかるだろう」

 彼は納得したように嘆息した。



 説明が下手な土御門の言葉を要約すると、今回の仕事の全容はこの通りだった。


 まず、流離山付近の街道に、リュウが多く出現すると噂があった。

 実際、近年、島全体のリュウの出現数は、警備隊の手に余るほどであった。

 そんななか、新たな巨大な「噴火口」が見つかったとの報告をあげる者がいた。

「『噴火口』?」

「純粋に流離山の噴火口の他に、リュウの出現する場所という意味でも使う」

「なんで同じ言葉なんだ。わかりづらくないか」

「別に。流離山を気にすることはないからだ」

「活火山なんだろ」

「溶岩を吹き上げることもない火山の何が怖い」

 俺たちは、新たな噴火口を調べ、この島を守るのみだ。そう、土御門は断言した。


 リュウの獅子と豹が現れた方角は、山のさらに上を指していた。新たな獣道だ。

「このまま下って行けば、街道をぶつかる。新しい火口は、この先に実在しそうだ」

「港にも、どの街にも近くなくて良かったな」

 俺の言葉に、土御門は苦い顔をした。

「……まさか、街、あるのか」

「山の民が住んでいると聞いたことはある」

 そう言う土御門の足取りは、力強くはあるが、ゆっくりとしたものだった。

 俺は慌てて、機械兵の上に飛び乗った。

「急げよ、襲われているかもしれないだろ」

「山の民は、乙別離教と保を分かった人々だ。管轄外だ」

 信じられない心地で顔を見るも、土御門は

「俺たちの仕事は人助けだろ?」

「違う。乙別離教を遵守することだ」

 俺は港の人々を思い浮かべ、助けたときの悪くない感覚を思い出す。あれは、弟と妹の笑顔を見るときと同じ気持ちだった。

「お前は、人を助けて、喜ばれて、嬉しかったことはないのか」

「乙別離教は俺の核だ。それがゆらぐほうが嫌だ」

「じゃあなんで、乙別離教がお前の核になったんだ」

「覚えていない」

 はぐらかすために言っているようには思えなかった。俺が知らない事情があるようで、しかし、それがなにか、まだわからない。

 もどかしさに二の句を告げないうちに、開けた場所に出てしまう。

 そこは、荒れ果てた場所だった。枯れ木とほこりが積もった地面が、数件のあばら家を取り囲んでいる。中央には少し切り開かれた場所があり、広場であると推測できた。

 あばら家の前で、大人が三人、怒鳴り声をあげている。少し離れた場所の、山の民の廃村にある広場に、数人が固まって座っていた。

 俺が広場に機械兵を駆って近寄れば、一人が顔をあげた。そこにいたのは全員、俺の外見と同じ、十代半ばの少年少女たちだった。

「あなたたち、誰。わたしは、誰」

 奇妙なうわごとをつぶやく彼らに、反応する間もなく、爆砕音が響く。あばら家が内側から破裂したようだった。

 巨大な蛸のリュウだった。八本ある足のうち四本は半ばで切れている。岩石でできているとは思えないほどしなって、それはあばら家全てをあらぬ方向に吹き飛ばした。

 危険な破片が広場に届く。二人の大人が、空高く吹き飛ばされた。

 俺はとっさに身を翻し、機械兵と共に少年たちをかばう。石飛礫が肌を切り裂くが、動けないほどではない。

「大丈夫か!」

 茫然としている彼らに愕然とする。原因はわからないが、彼らは逃げることすらできないでいる。置いてきた弟妹の姿が被る。彼らを守らなければ。

 蛇最強の男は既に、あばら家を破壊した蛸に肉薄していた。

 しかし、左右から背後に鞭のように振るわれた足に刀を合わせると、むっとした表情で後ろに下がる。

 その一瞬で、蛸は大きく息を吸ったようだった。

「急急如律令!」

 墨を吐くように噴出された噴煙が、少し離れた広場まで熱気を伝えてくる。

 噴煙と土御門の間には機械兵がその身を盾にしている。

 火傷を負いながら、土御門は大きく距離を取った。

「助かった」

 土御門の言葉に、俺は意外な気持ちになる。

「お礼を言うタイプなのか。こんな、管轄外の仕事でも」

 土御門はちらりと、俺が守る少年少女を見てから、俺に目を向けた。

「リュウは斬る。教義だからな」

 噴煙を吐き終えたリュウは、地面をその固い体で削りながら、こちらに向かって這い寄ろうとする。

 土御門はその前に素早く立ちふさがった。

「引きつける。藤原は彼らを」

 彼をしり目に、俺は不安そうな少年少女たちに語り掛ける。

「全員でこの方向に走って、道なりに走るんだ。街道に出るから、そこで、助けを待ってほしい。お兄さんたちは、後から追いつくからね」

「あの子たちはどうするの」

 俺が指さした方向と反対側を、一人が指さした。そこには、三人の少年が倒れていた。

「え?」

 こんなやつら、いたか?

 疑問を持って固まった一瞬、その一瞬で、蛸の巨大な足が一人の少年を押しつぶした。

 火が上がる。「急急如律令」機械兵の武骨な腕につかまって、駆け寄るも、少年は黒くなっている絶望的な状況が見えて、

 次の瞬間、別の少年が、同じ場所に倒れていた。

 倒れていて、巻き込まれたのは黒髪の少年のはずだった。今は茶髪の少年が倒れている。

 戸惑う時間はなかった。蛸の攻撃の合間を縫って、少年二人を助け出す。小さくなった体では重く感じる彼らに、俺は舌打ちを漏らす。

 広場にいた少年少女たちに託して、土御門に怒鳴る。

「終わったぞ。次は!」

「まずは、足を全て斬る。塩の巨人を召喚して、やつの動きを止めろ」

 ぎりぎりと三本の足と鍔迫り合いする土御門の刀は、真っ赤に焼けていた。手から煙が上がっている。

「俺は、もう、忘れたくない」

 苦しそうな顔の土御門から、言葉が零れ落ちた。

 俺は祝詞を奏上しながら、俺は駆け寄っていく。

「かしこみ、かしこみ申す」

 蛸の飛び出た目玉がこちらを見た。岩石でできているために、美味しくもなさそうな目だ。

(お兄ちゃんはいつもそうだ)弟の言う声が聞こえた気がした。(自分を犠牲にして解決できるのが、最善だと思っているでしょ)

(ああ、異世界に来ても、そう思っているよ)

 俺は機械兵を足場にして飛び上がり、蛸の頭に飛び乗った。両足から熱が伝わってくる。火傷していく冷たく、熱い感覚を押し殺して、祝詞を唱え終わる。

「頼む、神様。俺は火傷しても良いから、この蛸を助けてくれ」

 火傷という代償と、救済という見返りの順番が逆転していく。どこかで、鈴が鳴った気がした。

 足元から生えるように現れた塩の巨人は、蛸に匹敵するほど、巨大なものだった。

 あばら家の大きさにもなるそれに踏みつけられた格好の蛸は、無茶苦茶に暴れ出す。

 塩の巨人の頭に、足を埋めている俺は、巨人と蛸に振り回される。火傷した足裏に、大量の塩が擦り付けられる。

 思わず、俺は絶叫した。絶叫と同時に、巨人の動きが緩慢になる。

「構うな、やれっ」

 言葉に従う巨人に、俺は激痛のなか、いぶかしむ。

(まさか、気を使おうとしたのか?)

 答える口を持たないそれは、蛸をついに抑え込んだ。

 土御門の白刃が何度も、何度も振るわれる。数えきれないほどの振り下ろしは、蛸相手であることも相まって、港で見た光景を思い出させる。

「吊るし切りの刑だ」

 そう言った瞬間、蛸は反応を見せた気がした。しかし、もう遅かった。

「とどめだ」

 土御門の渾身の兜割が、動けない蛸の頭に、もろに入った。

 ぴんと伸ばした蛸の足が、南国の日差しを遮った。それは傘の骨ぐみを逆さにしたものにそっくりだった。そのまま岩と化したそれは、奇妙な石像となって、その場にとどまった。

 ざらざらと足場だった塩の巨人が崩れ、俺は石像の上に足を下した。

「痛ってえ」

「大丈夫か」

 火傷と塩まみれの傷に、まともに足を動かせない俺を、土御門が受け止める。

 その衝撃すら痛く、俺は悲鳴を上げた。

「死んでないな。よし。死ぬことは教義に反するからな」

「もっと反することあるだろ」

 土御門に抱えられることが気に食わず、俺は機械兵を呼び出そうとする。

 現れた機械兵は平時の半分以下の大きさで、とても俺を抱えられるものではなかった。

「これは、元に戻るのか」

「しばらくしたら戻る。気にすんな。予感があるんだ」

 疑わしげな目で見られるが、俺にはそうとしか言えなかった。

 この島に、おそらく異世界転生してからずっと、理屈に合わないことばかりだ。召喚術も、そもそも土御門ほど素早く動くこともそうだ。

 抱えられたまま広場を見ても、そこには誰もいない。言いつけ通り逃げたことに、俺はほっと胸を撫でおろす。

 土御門はその様子を、可哀そうなものを見る目で見ていた。

「あれらは、お前の弟や妹のような、少年少女じゃないぞ」

「どういう意味だ」

 続きを促す俺を抱えたまま、土御門は歩き出す。向かっているのは街道とは反対方向だった。

 彼はそのまま、噴火口まで向かう気らしい。

「今、あの蛸が現れたら、俺は戦えない。お前も怪我だらけじゃないか。引き返すべきだ」

「蛸だから、問題ない」

 説明不足の土御門は、枯れた木々の隙間を縫って、より地面が温かい方向へ歩いていく。じたじたと身をよじっても無駄だと気づき、俺はおとなしくする。

 ぽこぽこと、聞き慣れているのに、違和感のある音が近づいてくる。

「リュウにも姿によって、気性がある。陸の生き物を模すものは気性が荒いが、海の生き物は気性が比較的穏やかで、飼いならすことを試みる者はいる」

「あれだけ暴れている蛸を見たあとじゃ、信じられない」

「見ろ、新しい噴火口だ。溶岩は少量で、沸騰した地下水が吹き上がっているな」

 五十メートルほど先で、熱湯が空高く吹き上がった。間欠泉だった。一定間隔で噴いた水は岩を叩いては、じゅうと音を立てる。

 風向き次第でゆでられるのは俺たちだ。慎重に、土御門は間欠泉の穴を覗ける位置まで近づいた。

 噴出口には、蛸のリュウが何匹もたむろしている。足がじんと痛んだ。機械兵をぶつけようと構える俺の前で、蛸のリュウは、新たに生まれようとするリュウが形となる前に、その何本もある足を巻き付けていた。

「何をしている」

「補食のようなものだ」

 リュウが密集するとあのようなことも起こる。土御門の言葉をじっと聞く。嫌な想像ができてしまった。

「村で、リュウ対策の用心棒を飼おうとしたのか」

「今となってはわからないな」

「村が滅んだんだぞ。首謀者を見つけないといけないな」

「そうだな。でももうきっと、罰は下っている。あの少年少女らが、あの村の住民たちだ」

 土御門の俺を見る目は、複雑そうなものだった。

「この島に子どもは生まれない。成仏として姿を消す。第三の、いなくなる道だ」

「リュウに食われると、子どもの姿となるのか」

「ああ。今までの姿も記憶もなくす。別人に転生したのと、何ら変わりはない」

 俺は自分の手をじっと見る。小さな手だ。村で現れた少年たちと同い年の、十代の細く小さな手。

 異世界転生先は、死ぬとその場で転生させられるらしい。

「まるで無間地獄だな」

「そうだ。そして、この島の地獄をなくすために、乙別離教はある。社会を維持しないと、リュウに対抗することも、美味い飯を覚えていることすらできない」

 俺はそれは嫌だ。土御門はそっとつぶやいた。そして、間欠泉に背を向けた。

 運ばれながら、俺は、謎が一つ解けたことを考えていた。

(乙別離大島に、社会と乙別離教が出来た理由は、リュウに対抗するためだ)

 夢の中の祈祷師は、島の致命的な問題を解決すれば、帰る方法を教える。そのための謎の一つが、これだと言った。

(根本的な問題と、どうつながるんだ。そもそも根本的な問題とは?)

 考え込む俺に、土御門は声をかけない。説明不足はお互い様だと指摘する人物は、ここにはいない。

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