3.和尚

 和尚と私は本堂の座布団に座り直した。和尚がひどく真剣な顔をしている。本堂の蛍光灯の光が和尚の顔に複雑な陰影を作っていた。和尚の声がした。


 「さっき、あんたが本堂に入ってきたときから気になってたんじゃが、あんたの背中に誰かいたんじゃ」


 私は思わず後ろを振り向いた。誰もいない。人気ひとけのない広々とした本堂の畳が蛍光灯に照らされているだけだ。


 「和尚。冗談を言いなさんな。誰もおらんぞ」


 私はそう言ったが、声は震えていた。


 「会合が終わった途端、おらんようになってしもた。だが、会合の間、あんたの背中には女がいたんじゃ」


 「女?」


 「そう。白い顔をした女が、あんたの背中に覆い被さっておった。若い女じゃったが、あんた、その女に何か心当たりはないんか?」


 若い女! 私の口から思わず声が出た。


 「雪子」


 和尚の声が聞こえた。


 「訳がありそうじゃの。わしに話を聞かせてくれんか? そうせんと、あんた、あの女に取り殺されてしまうぞ」


 私は雪子のことを初めて他人ひとに話した。雪子は私より一つ下だ。名前の通り、雪のように肌が白い女性だった。雪子が死んだのは、私が24で、雪子が23のときだった。





 


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