婚約・・・・・・してしまった?

 花のような、いい匂いが……する。


「ん……うわぁっ!!」


 眼を開けると、前に金色の髪を伸ばした獣人の女の子の顔が有り、僕はバッと跳び起きた。


「え、ええ、何で!? 朝か……どこだここ!?」

「あ……ふわぁ……。お早うございますぅ……」


 彼女は目を擦って、僕に柔らかく微笑みかけた後、固まった。


「ふぇっ……? どうしてここにいるんですか?」

「いや……それは僕が聞きたい」


 取りあえず状況を整理させていただきたい。

 

 周りを見るとここはテントのような、布で覆われた建物内。


 そうだ、僕はあの後、獣人達と一緒に彼らの村へ戻って、歓迎のうたげになって、その後……どうしたんだっけ……?

 うっ、頭痛い……! あれ……?


 気づくと左手首をぐるりと一周するように、変な黒い模様のような、文字のような物が浮かんでいる。こんなのあったっけ……ちょっと気持ち悪いな。


 頭痛にうなりながら首をひねっていると、思い出したように少女が告げた。


「は……そうでした。フィルシュさんがお酒を祖父にたくさん飲まされて倒れてしまったので私が介抱していたんでした。それで様子を見ていたら、そのまま一緒に眠ってしまって……ごめんなさい」


 そうだったのか……顔を赤くしてうつむく彼女の手元には、確かにれた手拭いが転がっている。

 

「すみませんでした……! わ、私何か変な事をしなかったでしょうか……?」

「だ、大丈夫だと思うよ……?」


 特に着衣の乱れはない……っていうか、その心配は彼女がすべきだな。僕、何もしなかったよな?


 少女の服はスリット付きのワンピースみたいなものを腰帯で縛った形で、やや露出度が高く胸が強調されている。今更ながら僕の心臓がドキリと跳ね、同時に酷い頭痛が加速した。


「あだだっ……」

「わ、私お薬もらってきます!!」

「僕も行くよ……族長さんに挨拶もしなきゃね。わっ、もう日が高いな」


 僕は彼女の後に続くと、のどかな道すがら重要な事を聞いていないことを思い出す。


「ごめん、そういえば君の名前を聞いてなかったね。僕はフィルシュ・アルエア」

「あ、あの……覚えてらっしゃらないかも知れませんけど、昨日……。リゼリィ・ミューラです」

「あ~、僕酔うと訳わかんなくなっちゃうんだよね……」


 実は僕は割と酒乱らしく、パーティを結成して間もない頃酒を飲んで、記憶を失くしたことがあった。翌日ゼロンの顔がボコボコにれていて、何が起こったのかよく聞いても答えてくれなかったんだけど、それ以来お酒に手を出すと彼に殺されそうになるので一切飲まないようにしたんだ。


「ごめんね、誰かに酷いこととか言ったり、暴力とか振るわなかった?」

「い、いいえ……その、とても優しくしてくださいました……よ?」


 何だろう……。

 顔を赤らめて横目で見て来た彼女に僕は首を傾げながら、巨大な天幕の垂れ布をくぐる。


「お母さん、二日酔いのお薬を下さい。彼が……」

「あら、昨日は随分酔っぱらってらしたみたいだものねぇ」

 

 からからと笑ったのは彼女とよく似た女性だった。


「お姉さんですか?」

「あら、その質問昨日もされていましたよ? ……若く見られるのは何度あっても嬉しいですけどね」

「……母です」


 ああ、なるほど。

 少し背が高い位で並んでみると姉妹に見える位若々しいリゼリィのお母さんは、棚の引き出しから小さな丸薬を取り出して、水と共に渡してくれる。


「ありがとうございます……んぐっ」

「おうムコ殿、昨日は随分お楽しみじゃったみたいじゃの」


 その声に僕はブバッと水を吹き出した。

 族長さんが、後ろでニカニカと笑っている。


「ごほっ……ちょ、何もやましい事はしてませんってば!」

「ほほぅ……あんなに積極的じゃったのにか?」


 するとリゼリィはまた頬を赤らめて「おじいさま……!」と老人の背中をポコポコ叩く。本当に何をやったんだろう僕は……詳細を聞くのが怖い。


 ぼんやりと焚火たきびに囲まれて楽しそうにしている雰囲気は覚えているんだ……。


 でもこの老人、「一杯だけじゃから、な!」とか「わしらの酒はそんなに不味いか?」とか言ってどんどん注いでくるんだもの。


 そして乳白色のお酒はそんなに酒精が高いようには思えない飲みやすさなのに、さかずきで三杯位空けた後からはもう記憶が無くなるようなとんでもない代物だったんだ。


 無理してでも断るべきだったと思いながら、僕は青ざめた顔で言い訳する。


「申し訳ありません、酒乱なんです僕。ええと、改めてお名前をお聞かせ願えませんか?」

「ふわっふわっ、面白い若者じゃ! わしはダロン・ミューラ。狐人族の村で族長を務めておる。そこにおるのはメイア・ミューラ。リゼリィの母親でわしの娘じゃな」

「よろしくお願いしますね、おムコさま」


 ん……? 

 何かさっきからすごく不穏なワードが飛び交っている気がするぞ?


「あ、あの……ムコ、って何ですか?」

「覚えておらんのか? 昨日約束したじゃろう! リゼリィと結婚すると」

「はァ!? 嘘でしょ!?」


 族長はホレと、白い紙を取り出す。


 僕は血眼でそれを見つめる。

 え~何々……なんじらは互いに夫婦となり、生涯の伴侶として強く結ばれることを誓う。は……!?


 そしてその下には、ミミズののたくったような僕の署名と、リゼリィ・ミューラと言う可愛い文字で書かれた署名が……しかも血判まで押してあるじゃないか……。


 リゼリィも満更ではないのか、恥ずかしそうに頬を両手で挟む。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 僕はそんな! ただ酔った勢いで……みじんも覚えていないんですって!」

「ふむ……そうは言うが、この約定は我々を祖先から見守って下さっている稲の神フォトラ様に捧げた正式なものであるぞ? もしこれを破らば、わしらの手により罪人としてそなたを罰せねばならぬ」


 老人がぐっと己の首を絞めるジェスチャーをして見せる。

 いやいやいや知らないよそんなこと。


「フィルシュさん……そんなに私のことをお嫌いなのですか? 昨日はあんなに気に入って下さったというのに……」

「ち、違うってば……そういう事じゃない」


 リゼリィが悲しそうに目を伏せたので慌てて取りなすけど、当の僕にはこの子に触れた記憶すらない。


 何も覚えていなくて残念……ではなくて、昨日の自分に物申したい!


 ……一体、お前は本当何をしでかしたんだぁ!?

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