狐人族の少女を助け、村へと招待される

 途方に暮れた僕は、着の身着のままで街を飛び出した。


 噂はすぐに広まり、街の人もゼロンの報復を恐れて雇ってもらうことすらできそうにないし、路銀もない……もともと給料はほとんどもらえていなかったのだから。


 ただ一つ嬉しかったのは、首に付けてあった呪いのかせが……遊びでゼロンが付けたものが解けていたことだ。他の誰かに使う為に回収したんだろうか……。いまさらそんなことを気にしても仕方が無いけど。


 よって今僕にあるのは、この身とスキルだけだ。


 この世の中の人々は、大抵成人までに一つの技術スキルを得る。


 僕の《風魔法》や、他の人で言えば《大剣術》、《槍術》などの武器スキル、他には、《料理》、《錬金》といった生産系のスキルを取得する人もいて、大抵はそれを使って生計を立ててゆく。


 そして、その習熟が一定に達した時に授かるのが《固有技術ユニークスキル》。

これは人によって違う特別なもので、一般的にはスキルを補強するような、自動で発動するタイプのものが多い。ステータスを上げたり、スキルを発動しやすくしたり、とか。


「はあ、何で僕の《循環じゅんかん》は発動してくれないんだろう?」


 けれど、僕の《循環》というユニークスキルは、習得して数年たつのに未だに効果が判明しない。


 知らず知らずのうちに、何らかの形でスキルが強化されているのかとも思うけれど、その実感は全くなく、今では半ばあきらめていた。


 まあ、一生涯に《ユニークスキル》を得られる人は全人口の一割にも満たないなんてうわさもあるし、貰えただけでもラッキーだと思うべきなのかも知れない。


 考え事をしていたら、ぐーとお腹が鳴ったので切り上げた。

 これ以上の無駄な体力消費は避けないと、死活問題になる。

 

「このままじゃ、飢えて死んじゃうよな……どうしよう」


 僕は今、街道を走って元いたレキドという街から隣街であるクロウィを目指している。


 もちろん風魔法を移動に使っているので飛ぶような身の軽さで進んで行ける……今の僕の速度は馬よりも全然早いはずだ。


(他の街へ着いたら、どうしようか。ふふ……メリュエルの言うように本当に農家にでも弟子入りしようか)


 ありかもしれない。今までよりよほど平穏で真っ当な生活だもんね。


 《ウィンドカッター》で刈入れを手伝う自分の姿を想像して、少し笑う。

 それとともに、少しじんわり来てしまい目をこすった。


 冒険者は……ダンジョンを攻略して宝物を持ち帰ったり、人を襲う魔物を討伐したりして対価を得る仕事だ。《黒の大鷲》での待遇は良いものじゃなかったし、危険な仕事ではあったけど、この仕事は不思議と嫌いじゃ無かった。


 僕なんかでも多くの人の役に立つことができて嬉しかったんだ、きっと。

 だから続けて来られた。でも……もう……。


「――けて……」

「……!?」


 ぐっと涙をぬぐいながら地を駆ける僕の耳に、小さな女性の悲鳴が届く。

 風魔法スキル《サウンドアシスト》の効力が無かったら、聞き逃していた所だった。


 僕は足を滑らせるようにして進路を変え、森の中へ飛び込む。


「どこだろう……この分だと近いはずだけど……」


 林の中は視界が効きづらく苦労するが、数秒で僕はその姿をとらえた。


「上……!?」


 木々の間から、一つの影が見える。


「助……けて……!」

「ギシャアアアアアアッ!」

「ワイバーン……!? え……足に」


 か細い悲鳴の主がつかまれている。

そして足元には、弓矢を射かける民族衣装の人々が……獣人だろうか?


 僕はひどくあせった彼らに声を掛けた。


「どうしたんですか!?」

「村がワイバーンが襲撃されて……娘がさらわれたんじゃ!」


 獣人達の一人の背中に乗る老人が叫ぶ。

その間にも矢は途切れず打たれていたが、ワイバーンに当たった様子はない。


「あれじゃ届かない、僕が、助けます……!」


 すぐさま僕は《エアウォーク》を発動し空中におどり出る。

獣人達が驚くざわめきもすぐに遠くなり、僕はワイバーンの目の前に飛びだした。


「その人を離せっ! って聞かないよな! 《ウィンドウォール》!」


 口が開き強烈な炎が出て来たので、とっさに魔法で防御。


 ワイバーンはAランク……Fから最上級のSSSがある中で、上から四つ目……かなり強力な魔物だ。強力なブレスと鉤爪かぎづめや牙の攻撃は熟練の冒険者でも一撃で致命打になり得る程。 

そして空中は彼らの主戦場……持久戦は望めない。


(どうする……今まで僕は四年以上も攻撃魔法を使ってない……。そんな状態でコイツを倒せるのか?)

「助け……て!」


 足につかまれた少女が苦しそうに手を伸ばすのを見て、僕は弱気を振り払い覚悟を決めた。


(やるしかないっ!)


 羽ばたきながら牙や爪で繰り返される攻撃をかわしながら、僕は右手に魔力を集中させる。

 いつもより、何故か力があふれて来た。


 ――足だけでも斬り落として助ける!


「《ウィンドカッター》! ……えっ?」


 思わず間抜けな声を出してしまった僕の目に、ザンッと凄まじい音がして、ワイバーンが切り裂かれるのが映った。


 しかもそれは、足を狙ったはずなのに思いっきり全身を両断してしまったのだ。


 慌てて足から少女を奪い取り、飛んでいる状態のまま灰になって落下するワイバーンの姿を眼下に収めながら僕はゆっくり降りてゆく。

 よもやあそこまで通用するとは思わなくて、自分でもびっくりだった。


(危ない危ない……もう少しコントロールを誤ってたら、彼女ごと両断してしまう所だった。なんだったんだろう……)


 僕は額の汗をぬぐい、久しぶりに使った攻撃用魔法スキルに違和感を感じながら地面に着地する。


 腕の中の少女は、金色の三角耳と柔らかそうな尻尾を持つ狐の獣人。

 薄く開いた瞳は空色で、見たこと無い位可愛い。形のいい唇と少し小さめの鼻はとても愛嬌がある。

 

 だが、彼女は荒い息をついていて、僕の腕にべっとりと赤いものが付着する。


(この子、怪我を……)


 背中に見ると深い三本の爪痕つめあとが刻まれている。


「リゼリィ……!」


 老人が駆け寄って来るが、彼女はもう目を閉じてしまって動かない。顔色も青ざめてしまっていて、相当危ない状態なのは確かだ。


「ぐうぅ……よもやこんなことになろうとは」


 老人が苦渋くじゅうの表情で力の無い彼女の手をにぎりしめる。

 そんな……せっかく助ける事が出来たのに……こんな……。

 僕は即効性のある回復スキルは使えない……もっと早くに気づけていれば……いや。


(あきらめちゃ駄目だ! 何か……何かなかったか!)


 僕は必死に自分の記憶を探りながら、小さな荷物鞄にもつかばんの中をかき回し、やがてそれに思い当たる。

 

 脳裏に浮かんだのは、虹色の液体が入った小びん。


(ある! もしもの時の為に渡された秘薬が……)


 かばんをひっくり返して目当ての物を取り出し、僕は老人をどかせた。


「どいてっ……!」

「むおっ……!?」


 そして躊躇ためらいなく栓を抜き、彼女の背中に降りかけた。

《エリクサー》……不死の霊薬。どんな傷でもたちどころに治すといわれる万能の治療薬。


 もしもの時の為にメンバー全員に渡されていた切り札。僕のは小びんサイズの余りものだったけど……でも、効果はあるはず。


 虹色の液体を彼女の背中に垂らし、分量が少ないので塗り拡げる。すると途端に背中の傷はみるみる治癒して彼女の血色も戻ってゆく。


「むぅ……それはもしや《エリクサー》か? 売れば少量だとて屋敷の一つは買えるくらいの品物では無いか。そんなものを見ず知らずのわしらの為に……良かったのか?」

「いいんです……もう僕には必要ないですし。それに助けられる人を見殺しになんかしたら、きっと後でとても後悔すると思うから」

 

 彼女の瞳が震えながら開かれ、そして僕を見つめた。

 よかった、これでもう、命の危険は無さそうだ。


「もう、大丈夫だよ」


 その言葉に彼女は安心したのか、いきなり僕の首にすがりつき泣き出した。


「あ……あぅぅ……うぁぁあ……助けてくれて、ありがとう……!」


 僕は安心させるように彼女の背中を撫でる。すると彼女は一層僕に強く抱き着く……。

 よっぽど怖かったんだね……よしよし。


「ウォホン……!」


 少し後ろに下がった老人の咳払いがした。


 も、もしかして、偉い人の娘さんだったりするのか?


 周りを取り囲む同じ服装の人達と、その中心に立つ老人の渋面に、僕はつい機嫌を損ねたのかと身構えてしまう。


 けれど彼はニカッと歯を見せて笑った。


「どなたか知らぬが孫娘の命を救って下さって感謝する! あのワイバーンはわしらの集落を突然襲いよってな。どうにか追い払おうとしたのじゃが……それが、あの子を捕らえたまま逃げだしていきおってのぅ。……本当に何とお礼を言って良いものか」

「ありがとう、旅の御方!」

「恩に着る……その雄姿は代々村で語り継ぐよ!」


 他の人達も口々にお礼を言ってくれた。

 そして、ようやく僕から体を離した少女が、涙をこすりながら老人に提案をする。


「あ、あの……おじいさま、この方にお礼がしたいですし、良かったら村にご招待しては」

「そうじゃな! 急ぎの用が無ければ是非来られい! 宴の用意をすぐにしよう! そうじゃ……あれはどうするかの?」


 老人はワイバーンの灰の山に埋もれた紫色の宝石を指差して言う。


「あ……良かったらあなた達でどうぞ。それでなんですが、代わりに何か食べ物を頂けないでしょうか?」


 あれは魔石……倒された魔物達は灰になり、魔力のこもった宝石や、時たま体の一部を遺品として落とすんだけど、それは物によっては結構な価値になるんだ。


 ワイバーンのものだと、かなりのお金にはなりそうだけど……わざわざ所有権を主張するのも恥ずかしいし……今はとにかく食事が最優先。


 お腹をさする僕を見て老人はまたも大きく笑う。


「今時なんと謙虚な若者じゃ! できる限りもてなそう……ついて参れ!」

「こっちです!」


 助けた少女が僕の手を引いてくれた。

 白くて暖かい手だ……こんな風に優しく握ってもらったのはいつ以来だっただろう。


 多分、メリュエルが加入した時が最後じゃないかな。最初はあんなにやさしかったのに……。


「……どうかしましたか?」

「ごめん、何でもないんだ。ちょっと色々あって……」


 少し俯いた後、不思議そうに下から見つめる少女に首を振って笑いかけ、僕は森を進み始めた。

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