米寿の挑戦チャンネル

甘木 銭

米寿の挑戦チャンネル

「動画の編集してぇや」

 祖父が唐突にそんなことを言い出したものだから、一瞬「とうとうボケたか」と頭を抱えてしまった。


 祖父は今年八十八歳になる。

 平均寿命を十年近くも上回っておきながらずっと快活で行動的で、頭も働いていると思っていたのに。


 しかしよくよく話を聞いてみると、どうやら祖父はボケたわけではなく、先ほどの発言はむしろそのアクティブさに起因するものだったらしい。


「投稿者になりとぉてなぁ」

「なんでぇ」

「そういう活動しとるじじばばがようけおるがぁ。それに高齢者がやっとったら話題になるんじゃろ?」

 偏った知識ばっか身に着けやがって。


 最初僕はそれがいかに難しいか、リスキーなことかなどを懇懇と語って聞かせたが、こんな時ばかり耳の遠さを発揮しやがってので、結局押し通される形で祖父の動画制作を手伝うことになった。


「お前大学でも遊んでばぁおるし、家でもゲームばしとるが。暇なら手伝われ」

 この一言がトドメだった。


「じいちゃん、もっとこっち。で、ジッといといて。そんな動いたら映らんけ」

 機械の扱いに疎い祖父の代わりに僕がカメラを回し、動画の編集をした。


 映るのは祖父ばかりで、企画も祖父が考えていた。


 初めて触れる若者の文化や、若い時にしたかったけど出来なかったこと。

 とにかく、高齢者が新しいものにどんどん挑戦していくというテーマでいくつも動画を撮った。


 ただ、ビックリしそうなものだけは手を出さなかった。

 理由は「心臓が止まったら困るから」。


「ここに『ドドンッ!』って音入れてや。あのよぉ見るやつ」

「あとで入れるが。今カットしとんじゃけ待っといてや」


 祖父は動画の演出なんかについてかなり勉強していたらしく、編集の内容は祖父がかなり口を出して、僕が実際に操作を咥えていった。

 僕も段々ノウハウが身についてきて、新しい要素を入れるようになっていった。


 四年ほど動画を投稿し、僕が社会人になっても祖父は動画制作をやり続けた。


 僕の方では動画制作に割ける時間はかなり減っていたが、それでも祖父がなんとかカメラの操作を覚え、一人で撮った動画を僕が仕事の合間に編集していた。


 四年で、チャンネル登録者は十万人を超えた。

 まさか自分が十万人が見るような動画を編集することになるとは、四年前は思ってもいなかった。


 そして五年目のこと。

 祖父の誕生日の一ヵ月前、登録者数が十六万人に届くかという直前に、祖父はポックリ逝ってしまった。


 闘病も何も無く。

 二日前まで元気に動画を撮っていたのに、苦しむ間もなくパッタリと。


 享年九十二歳。

 僕を始め多くの親戚、友人、そしてファンたちに送られていった。


 本当に突然のことだった。

 祖父の訃報には、多くのファンからお悔やみのコメントが届いた。


 僕はそんなコメントを見るたびにボロボロ泣いた。


 二年後、僕は仕事をやめた。

 今はフリーの動画編集者になって、投稿者や企業からの依頼を受けている。


 祖父の手伝いをしていたのがタメになった。

 こういうスキルも、遺していってくれたものということになるのかなと思った。


 仕事柄、色々な種類の動画を見る。

 登録者が百万人を超えるチャンネルの動画もよく見ている。


 未だに、祖父の物より面白い動画を見たことは無い。





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