まだ88歳じゃん

草森ゆき

 所謂犯罪現場だった。黒いバッグから覗いているのは恐らく手足で、どうみても人間のものだった。

 それを囲んで対峙していた男女数名は目撃者に当然気付いた。

「あー、どうする?」

 リーダー格の男がまず口を開く。

「でも見られちゃったんだし、まあ、ついでにバラすしかないんじゃない?」

 続けて静かな声の女が意見する。

「つってもねえ、おいあんた、何歳?」

 最も体格の良い男に問われてあなたは正直に答える。88歳と。だよなあ、そんなもんだと思った、まだ88歳じゃん、どうする? と更に相談は重ねられる。

 恐怖で震えていたあなたは見逃される。と同時に、非合法だけど、正当な理由の……或いは必要悪としての、そう見せなくてはいけない合意による殺人、抹消なのだとリーダー格から説明を受ける。

「まあ、88歳なら知らなくて仕方ないんだけど。ちょっと可哀想だけど、純然たる事実としての、嘘偽りない犯罪の必要性をさ、覚えて帰ってその後……そうだなあ、そういうことだったのかってわかる年齢まで、他言せずに生きてくれよ。これはあんたのためでもあるんだ。同年代は信じないだろうし、もっと極まった年代になれば、そんなはずないだろうって怒り狂うふりをしなくちゃいけないからさ」

 あなたは頷く。訳がわからないが、頷く。合わせるようにリーダー格も二回ほど首を揺らして、続ける。

「天寿って意味はわかるだろ?」

 頷く。

「あれって、実は俺たちみたいなやつがさ、全うさせなきゃいけないんだな」

 遅れるが、頷く。

「歴史好き?」

 頷く。

「昔は逆だったんだ。知ってる? じゃあ優秀だ、88歳なのに授業じゃ教えないことを知ってるのは、優秀だ。昔は逆だった。年齢は0歳から数えるものだった。今は100歳から数え始める。0に向かって。じゃあ0になった時どうなるか知ってるよな?」

 頷く。0歳はすなわち完遂だ。待つのは天寿だ。0の人間は消える。

 今話している相手のような人間が天寿として消している。

 リーダー格は何度か瞬きし、88歳か、と神妙につぶやく。

「昔は米寿って呼んだらしい」

 あなたはそれを知らないが、頷く。

「長寿の祝いさ、今じゃ逆だよ。増えすぎたから減らすために逆にした」

 頷く。ランドセルをぎゅっと握る。それから、絶対に口外しないと約束をする。口外したところで意味はないと、88歳、これまでの12年の人生をもってして、理解している。

 あなたは踵を返す。家に向かって走って帰る。あなたは88歳で、理由なく生命を祝うのはあと88回だ。

 たった88回だ。


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