現役おばあちゃん

宮瀬優希

【私、ルリの一日を見せてやろう】

You Tube。それは、現代日本に普及した動画配信アプリの一つだ。日々、新しい動画が投稿され、視聴され、評価されていく……。そんな世界のトップに君臨するYouTuber「ルリ」。彼女は年齢非公開の女性YouTuberだ。秘密のヴェールに包まれた彼女の一日を覗いてみたい。そう思ったことは無いか?……しかし、もしチャンネル登録者一千万人超えのトップYouTuberが、


88歳のおばあちゃんだったら……?


午前5時、起床。わし、ルリの一日はここから始まる。顔を洗い、身支度を整え、下の階に降りる。朝食を作るための食材を選び、カメラを設置する。動画撮影の開始じゃ!!……おっと失礼、開始よ!!わしのモーニングルーティーンには、当たり前の如く動画撮影が含まれている。

「みんなー、おっはよー!!ルリだよ〜♡今日は私の朝ごはんを見せちゃおうと思いまーす!!」

我ながら、なかなかの美声じゃ。動画を投稿し始めてから早10年。よくバレずに済んだものじゃ。それもこれも、この若々しい美声と、バーチャルアバターのお陰じゃなぁ……。そう思いつつ、手際よく朝食を作っていく。

「今日はおしゃれにサンドイッチを作ろうと思うんだけど、皆は何の具材を入れる〜?私はねぇ……」

視聴者に対する質問。からの自分の情報公開!!わしのファンたちはこれを心待ちにしておるのじゃ!そしてここで、ドジっ娘キャラをアピール!

「はわっ!!どうしよう!ハムがない!?」

あー、やらかした〜!!と、可愛さと悔しさを織り交ぜたような声を出した。……なかなかの策士じゃのぅ。心の中のわしがくつくつと笑った。策士?いいや、違う。これはわしのビジネスキャラクターじゃ!!ビジネスキャラクターを喉に住まわせ、朝食作りは終了した。時刻は6時過ぎ。良い時間じゃ。今日は晴れじゃし、散歩にでも行くかのう……。颯爽とスマホを持って家を出た。今どき、こんなハイテクな老人そうは居ないぞ?にまにまと笑いつつ、近くの公園まで歩いていった。

「……おや、めんこい花じゃのう」

道中、とても美しい花を見つけた。周りに人が居ないかを1秒弱で確認。効果音をつけるなら、シュババッだ。……よし、誰もおらんな。スマホを取り出し、写真を取った。もちろん、インスタにあげるためじゃ。ふむ、なかなか上手く撮れたのう。インスタにあげるときの文章は……

「『朝早くおさんぽに行ったら、かわいいお花見つけた〜♡』じゃな……」

思わぬ収穫を得たことに満足し、わしは再び家に向かった。

 8時半ごろ、家に到着。ここからは、仕事の動画編集だ。動画の不要部分をカットし、字幕を入れ、わしの手を若々しい手に加工。不備が無いかを確認し、動画の保存と投稿。これで午前の部は終了。12時、昼食を取る。ここはおばあちゃんらしく、おにぎりと味噌汁じゃ。うまいのう……。ん?何か重大なことを忘れているような……?はっ!!そ、そうじゃった!!慌てて立ち上がり、タンスから古びた手帳を取り出した。そうじゃったそうじゃった……。今日はわしの歌ってみた生配信の日じゃった!!スマホを起動し、時刻を確認。無機質なデジタルの時計が示す時刻は12時半。手帳に示されている生配信開始の時刻は1時。まずい、時間が無い!!

「こうはしておれん!発声練習じゃ!!」

残っていた味噌汁をぐいっと飲み干し、88歳とは思えぬ健脚で寝室に直行した。

「てやー!!!」

来ていた上着を脱ぎ、「生涯現役Tシャツ」があらわになる。これは、わしがチャンネル登録者百万人&80歳の誕生日を迎えたときに購入したものじゃ。……おっと、思い出話をする時間は無いのじゃった。発声練習を開始する。

「ぷrrrrrrrrrrrrrrrrr、とぅrrrrrrrrrrrrr、ぷrrrrrrrrrrrrr……」

唇を震わせ、声が出やすい環境を作る。

「はっはっは〜〜〜〜〜〜〜〜♪」

高音とロングトーンの練習。あと、滑舌の確認。よし、これでいいじゃろう。時刻もちょうどいい時間だ。リビングに戻ってスマホをセットし、配信を開始した。

「今日も元気にルリの歌ってみたライブ!やってくよ〜♪♪」

ルリボイスになり、配信を始めた。ところがどっこい、その時じゃ。


ピーンポーン


!!?くっ、今日はなんの日じゃ!!?……回覧板か。生配信中じゃというのに、まったく……。本来なら、無視してしまうところだが、生配信中故、愛想良く出なければならない。

「皆、ご近所さんが来ちゃったみたい!ちょっと待っててねっ。……は〜い!!」

ルリボイスのまま、インターフォン越しにやり取りをした……かった。


「えっと……どちら様ですか?」


「え?」

「松山おばあちゃんのお家ですよね?」

「……え?」


な、な、な……。何を言っとるんじゃこのアホおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!


またも、ご自慢の健脚を使い、スマホの生配信チャットを確認した。

「え?」

「松山おばあちゃんてw」

「まさかのおばあちゃん説ww」

「ルリばあ爆誕やww」

「うわー、引くわ」


………………終わった……。


わしの人生、ジ・エンドじゃ……。今まで、気合と根性と生涯現役Tシャツで頑張ってきたのに……。ああ……。もう、おしまいじゃ……。公表して、YouTuber人生の幕を降ろすことにしようかのう……。

「皆……?よく聴いて……?私……いや、わしは、本当は」


「88歳、YouTuberおばあちゃんなのじゃ!!」


次の日、「88歳現役YouTuberルリ トップまでの軌跡」という特番が組まれたのは、さすがの影響力じゃった。

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