略奪人生


「おはようございます。ようやく起きましたか」


そう言ってダルそうな目で俺を見下ろしてきたのは、黒髪の少女、神宮寺美琴だった。


「ここは……?」


俺は寝転んだまま視線を動かす。まだズキズキと首筋が痛い。見覚えのある場所だった。


「ここはうちの神社ですよ。私が茜さんを気絶させて連れて来たんです。ああ、そういえばあなたは茜さんでは無かったですね、草薙奏馬さん」


「っ、俺の名前……」


バレていたのか。俺は立ち上がって状況を確認する。急速に空腹に襲われて、俺は力なく膝をついた。一体いつまで寝ていたのだろうか。夕陽が沈みかけているのが目の端に映る。


俺は祠で襲われた人物を思い出した。そしたら美琴に殴られて気絶させられ、ここまで連れてこられた。


「……お前もグルだったんだな。俺の兄、響也と協力して俺の肉体を奪ったんだ!さっさと俺の体を返してくれ!」俺は力の入らない両腕で美琴の足を掴んだ。美琴は心底面倒臭そうな目で俺を見下ろし続けている。


「……はぁ。本当に何も分かっていないんですね。いい加減気づいてください。あなたの考えは間違っている」


「そんなわけないだろ!俺はちゃんとこの目で見たんだ。俺と同じ顔のヤツが俺を襲うのを」あの日薄れる意識の中で目に映った顔。見間違うはずがない。俺と“全く同じ”顔だったのだから。


「そうですね。確かに“草薙響也”が“草薙奏馬”の体を奪ったというのは正しいです」


「はあ?どういうことだよ」俺は覇気のない声で言う。


「だから、そもそも根っこの部分が間違っているんですよ。全く。このまま私が説明してあげますよ。あなたがなぜ襲われたのかは」


「おっと、それは残念ながらさせられないね」


「っ!」美琴は突然首を絞められたように苦しみ出した。声のする方向を見ると、そこには怒りをあらわにしたシグレが美琴を睨みつけていた。その腕からは黒い霧のようなものが出ていて、美琴の首を絞めている。あれは怪物だ、本能的にそう思った。


「悪霊め……どっから入ってきやがった……」美琴は苦悶の表情を浮かべる。


「裏側に結界の抜け穴があったから、そこからね。あと、今の話、次したら今度は殺すから」それはあまりにも冷たい声だった。美琴の首にかかっていたいた霧が


「シグレ、どうして……」俺は怪物に成り果てたシグレを見る。


「キミの様子がおかしかったから、後をつけてきたんだけど。やっぱり、ボクの正体分かっちゃったんだね。そうさ、ボクがイザヨイだよ。茜の魂を抜いたのもボクだ。でも安心して。ボクはいつだってキミの味方だから。それだけは信じて欲しいんだ」


「そんなこと、今更言われても」


「全く、じゃあ自分の頭で考えてください。ちゃんと向き合おうとすれば、自ずと真実は見えてくるでしょうし」美琴は少々咳き込みながら言う。


「気づかなくてもいいよ。ボクがキミの体を取り返してあげるから。ねぇ、そこにいるんでしょ?さっさと出てきなよ」シグレは目の前に佇む本殿を指さす。


こんな所にいたのか。あの祭りの時に一度近くまで行ったのに、俺は全く気づかなかった。


……全く気づかなかった?自分の体がすぐ側にあったのに?


微かな違和感。それは徐々に膨らんでゆく。俺は言い争う美琴とシグレをよそに、頭をひねって必死に考える。あと少し、あと少しで真実が分かる。


あの日のことをもう一度思い出す。俺は確かに全く同じ顔を見たんだ。俺と全く同じ顔の幽霊。


全く同じ?俺はハッとした。たとえ一卵性双生児だったとしても、顔の形が全く同じであることなんてあるのか?でもあの時見たのは鏡に映ったように同じ顔の人物。


……そういえば、シグレの話では、「自分の体の記憶は、魂から離れていてもきちんと伝わる」はず。ではなぜ俺には自分の体の記憶が無いんだ?俺の魂が離れてから一週間、俺は自分の体の気配すら欠片も感じたことがない。



――兄が弟の体を奪った。



俺が長年信じていたものが、砂時計をひっくり返したかのように覆る。作りかけのパズルがバラバラに壊されて再構築される。そこに浮かび上がったのはあまりにも残酷な真実。


「……気づいちゃったんだね」俺を見つめるシグレの目は泣きそうになっているように見えた。


……ああ、ようやく気づいた。俺は最初から何もかも間違ってたんだ。兄弟に殺されそうになった?肉体を奪われた?違う。逆だったんだ。本当は……



「奪っていたのは、俺の方じゃないか」

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