新事実


「お邪魔します」俺は靴を揃えて家に上がる。


俺はリビングを見渡した。新築なので家具は少ないが、俺が使い慣れたものが多く並んでいる。普段は何気なく使っているものなのにどうしてこんなにも懐かしいんだろう。


俺はテーブルにつき、出されたお茶を啜る。


「茜ちゃんも、奏馬のこと探してくれてたんだね。あの子ったら、どこに行ったのよ、ほんとに」母の目が涙で潤む。こっちまで目頭が熱くなりそうだ。


「しかし、ここまで何の目撃情報も無いとなるとな……」


「そんな。響也に続いて奏馬まで失ってしまったら、私は一体どうすればいいの……」母は俯いて肩を震わせている。


俺は唖然とした。横から鈍器で頭を殴られたかのような衝撃で、一瞬思考が停止する。


「それって、どういう……」俺は何とか言葉をつむぎ出す。


「ああ、君は知らないだろう。奏馬には響也という双子の兄がいたんだよ。虚弱だったから、生まれて直ぐに死んでしまったけれどね」父が答える。


俺に、双子の兄が……?そんなこと、俺は知らない。両親は一度もそんなこと言わなかった。


いや、でも考えてみればおかしい所はあった。うちの両親は毎年一月中頃に二人だけで水神村に帰省していた。俺も行きたいと言っても決して行かせてくれなかった。


「奏馬には言ったことが無かったが、実は毎年響也の命日が近くなると二人だけで墓参りに来ていたんだよ」


何だよ、それ。俺はずっと自分は一人っ子だと思っていたのに。急にそんなこと言われても。


「こんな話をしてしまってすまないな。悪いが奏馬にはこのことは黙っていてくれないか。あいつは優しいやつだから、責任を感じるかもしれない。それに、奏馬には響也の存在に囚われずに生きて欲しいんだ。それなのに、なんであいつまで消えてしまうんだ……」


ああ、何やってるんだ、俺は。兄がいた事も知らず、呑気に十六年間生きて、挙句の果てに両親にこんなに心配かけて……。


「私……」俺は恐る恐る口を開く。父さん、母さん。俺はここにいる。ここに生きている。でもそれはまだ言わない。ちゃんと“草薙奏馬”としてここに戻ってくるまでは。


「私、絶対に奏馬くんを見つけます!」俺は固く誓った。



唐突に知らされた双子の兄の存在、十六年前、生まれてすぐに虚弱で死亡……。俺は家を出て、冷静になった頭で考えをめぐらせる。


十六年前の事件、その被害者がまさか俺たちだったとは。つまり響也はイザヨイ、いや、シグレに殺された。


俺もやはり、シグレに襲われたのだろうか。元々俺たちを二人とも殺すつもりだったが、響也の方しか殺せなかったので、俺が村に戻ってきたタイミングで俺も殺した。


……違う。


不意に頭の中で誰かの声が聞こえた。透明感のある美しい声。


茜だ。茜が俺に、真実を教えようとしてくれているのか?


……真実は……。


だめだ、聞こえない。けれどもあと少し、あと少しで真実にたどり着けそうなんだ!俺はもどかしさで頭を掻きむしった。


仮にさっきの俺の考えが正しいとしても、ならばなぜシグレは十六年前から誰も殺していないんだ?それに、俺を殺したいのなら何故わざわざ俺の魂を拾って茜の体を使わせた?


――俺は、シグレに襲われたのではない、のか?


シグレ以外で、俺の体を奪う明確な動機がある人物。俺にはたった一人だけ心当たりがあった。


「響也……」


突拍子もない仮説にすぎないが、響也が俺の体を奪った可能性は十二分にある。十六年前にシグレに殺された響也の魂が、俺の体を奪って生き返ろうとした。シグレは俺を殺すつもりはなかったので、魂だけになった俺を拾って茜の体を使わせた。こう考えれば俺が襲われた理由は説明できる。だが、やはり何かがおかしい。前提条件が根本的に間違っている気がしてならない。


俺には行かねばならないところがある。今まで何となく怖くて避けてきたが、そろそろ腹を括ろう。俺は一歩ずつ踏み出す。全てが始まった、あの場所へ向かって。





細い路地を抜けると、小さな祠が現れる。まっすぐ立ってはいるが、苔だらけなのは変わっていない。


ここで、俺は体を奪われた。俺はあの時の記憶をまさぐる。路地に入った俺は、倒れかけている祠を直した。そこまでは覚えているが、その後がどうしても思い出せない。


「というかここって、美琴の神社の裏側だったんだな」俺は路地を抜けた先に大きな鳥居が僅かに見えることに気づく。


あの時のことを思い出せ。そうだ、確か黒いモヤみたいな物に襲われたんだ。そのモヤが俺の記憶までも奪い去ってしまったのだろうか。


試しにあの日と同じ行動をしてみる。俺が祠に触れても黒いモヤは出てこない。俺は必死であの日の記憶をたどった。


……そうだ。俺はあの時、恐怖に溺れながら、確かに見たんだ、俺を襲った犯人を。


記憶にかけられていたベールが、少しずつ剥がれていく。俺はちゃんと思い出さなきゃならない。目を背けるな、真実を見ろ!


……あれは“俺”だった。俺と全く同じ顔。


やっぱり、俺の体を奪ったのは響也なのか。俺は会ったことも無い自分の兄に、殺されそうになった。 今どこに雲隠れしているのか分からないが、このままでは俺に成り代わられるかもしれない。早く見つけにいかないと。


……違う!


また、茜の声。違う?何が違うんだ!俺はようやく思い出したんだ。俺を襲った人物の顔を。


……違うの。ちゃんと見て。


あの時俺はちゃんと見た!確かに俺と全く同じ顔だった。だから俺を襲ったのは響也だ。俺は自分の体を取り戻す!俺は脳内に流れ込んでくる茜に対して激昂した。背後から近づく足音にも気づかずに。


首筋に鈍い衝撃が走る。俺は重力に引かれるままにうつ伏せに倒れ込む。視界がぼやけ、意識が遠のいていった。


意識を失う直前、俺の顔を覗き込んできたのは見覚えのある人物だった。

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