再会


「うわぁ!」俺は叫んで目を覚ます。俺の目には涙が滲んでいた。


これは出雲茜の記憶。所々ノイズがかかったように見えないところは、茜が意図的に隠しているのだろうか。


茜は、孤独な少女だった。その孤独はシグレといることで埋められていったが、そのシグレに裏切られた。


「ということは、やっぱりイザヨイの正体ってて……」


俺は一冊目の本をもう一度睨みつける。イザヨイによって起こされた、最初の事件。内容は全く読み取れないが、よくよく見ると被害者の名前は――


「十六夜時雨、って書いてるように見えなくもないな」


予め書いていることが予想できると案外読めるものだ。


十六夜時雨。それが奴の本当の名前。ノイズで隠れてはいたがだいたい想像はつく。茜はシグレが子供を殺していた悪霊であることに気づいてしまい、シグレに魂を抜かれた。そして俺の肉体を奪い、抜け殻になった茜の体を俺に使わせた。それからシグレと茜が協力してイザヨイという悪霊を追っていたという嘘をつき、自分から疑いを逸らした。


……いや、何かがおかしい。確かに、シグレは茜を殺すつもりは無かったんだし、茜の体を守るために俺の体を奪い、俺の魂に茜の体を使わせたとすれば筋が通る。だが、そうだとしても俺の魂である理由は無い。あの祠で待ち構えていたのも理由が分からない。そもそもシグレは十六年前からずっとあの神社にいると考えるのが自然だ。少なくともシグレが孤独であったのは間違いない。


じゃあ、俺が襲われたのは別の悪霊で、シグレは俺の魂をたまたま拾っただけだとすれば?結局、俺の肉体はどこにあるんだ。これでは振り出しに戻ってしまう。


考えすぎて知恵熱が出そうだ。とりあえず、もうシグレは信用出来ない。悪い奴ではないと思っていたのだが。


まずは欠けたピースを埋めることだ。茜が辿り着いた真実に、俺も辿り着く。茜と同じ失敗はしないように慎重に行こう。ひとまずは十六年前の事件についてだ。茜の記憶ではその詳細はノイズでほぼ分からなかった。


けれどもその前に。俺にはどうしても茜に言いたいことがあった。


「茜!お前は全然孤独なんかじゃねえ!」俺は鏡に向かって叫ぶ。自分でも驚くほど大きな声が出た。


「確かに、お前の霊感とかは誰も理解してくれなかったかもしれない。でも、少なくともお前の弟は、お前ことを心から信頼していたんだ!」今朝の碧の悲痛な表情を思い出す。そこには“茜”に対する信頼があった。


「だから、このままがいいとか言うんじゃねえ。弟の信頼には、お前自身が答えるんだ!」


確かに茜は小さい頃から理解されず苦労してきたのだろう。でも、そもそも人間なんて誰も完全に理解することは出来ないものだ。理解はされなくてもそれは信頼されていない、愛されていないこととイコールではない。茜は、自分から壁を作ったせいでそのことに気づけていないだけだ。


「俺が全部終わらせる。戻ったらちゃんと……」


両親に、碧に、隼人に、そしてシグレに。


「ちゃんと、話せよ。色々」




「ふあぁ。さっきからうるさいんだけど。朝っぱらから何してんのさ」


シグレが眠そうに目を擦りながら、おぼつかない足取りで歩いてくる。思わず身構えるが、ここで事を荒立てる訳にもいかないので普段通りを装う。


「いや、今まで俺がやったことを茜に教えてあげて、あと喝を入れてあげてたんだよ」俺は拳を突き出して見せた。


「そんなの必要ないよ。自分の体の記憶は、魂から離れていてもちゃんと伝わってくるから。じゃあボクはもうちょっと寝てくるから」そう言ってシグレはそそくさと出ていった。


シグレが寝ぼけていて助かった。俺はシグレのいる神社を出る。そういや、ここに元々居た本物の神様は今は美琴ん家の神社にいるんだっけか。


そっちも気になるが、先に十六年前の事件の調査だ。あの看護師にもう一度話を聞きに行こう。不審がられるだろうが致し方ない。俺が終わらせると決めたんだ。




「ええっ、引っ越した?」


「ああ、ちょうど昨日。一足遅かったかもね」


中年の産婦人科医は笑って言う。引っ越した先は隣の隣の県の港町らしい。


「さすがに行けないな……」俺は肩を落とす。せっかくの手がかりだったのに。さすがにそう都合よくはいかないか。


俺は村中をあてもなく走り回った。何か、何か手がかりは。何かないのか!俺は冷静に考えることを忘れてただただ求めた。そんな状態の俺だったから、同じくただひたすらに探し回っていた彼らとここで出会ったのも単なる偶然では無いのかもしれない。


「あれって……」俺は鏡池のほとりに、見知った二人の姿を捉える。あの二人を忘れるはずがない。


「父さんと、母さん……」二人は不安そうな表情で何かを探している。


俺は夢中で駆けだした。今の俺の姿が出雲茜であることなど忘れて。


「あなたは、どちら様でしょうか?もしかして、奏馬のお友達かしら」


どちら様、という言葉を聞いて、氷をつき当てられたかのように頭が冷えた。今の俺は草薙奏馬じゃないんだ。


「えっと、そんな感じ、です」


「なら、奏馬を最近見なかったか?ここ一週間姿を消しているんだが」二人は物凄い勢いで俺に迫った。明らかに取り乱している。


「と、とりあえず、落ち着いて話しませんか」俺は親に対して慣れない敬語を使った。心の中で深いため息をつく。せっかく両親に再開したのに、どうして俺は出雲茜のフリなんかしてるんだろう。


俺は気分が晴れないまま、両親に連れられて一週間ぶりに我が家に帰還した。

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