信頼



「読めねぇ……」


翌朝、俺は昨日美琴に貸してもらった本とにらめっこしていた。日付と怒った怪奇現象の内容が書いてあるのは分かるのだが、如何せん達筆すぎる。辛うじて最も新しい3巻目だけは読めるが、1巻と2巻は劣化も激しく解読不可能だ。


とりあえず3巻から1巻と2巻の内容を想像してみよう。この村で起こった不可思議な現象が時系列順に淡々と綴られている。中には見間違いでは?というものや、背筋の凍るような怪談話まで様々だが、一際目を引く事件が定期的に起こっている。


「2歳以下の子供の怪死事件……」


内容はどれも似ていて、死亡する翌日までは病気なども無く元気だったのに、突然何かに取り憑かれたように苦しみ出して死んだという。中には悪霊の影を捉え、お祓いなどを試したが間に合わず、そのまま逃がしてしまったと書かれているものもある。


そして特筆すべきは、だいたい2、3年に一回のペースで起こっていた怪死事件が、16年前に双子の片方が生まれてすぐに死亡したという事件以降、ぱたりと途絶えていることだ。


最後の事件は、双子の兄の方が生まれてすぐに心停止し、そのまま死亡。現場の看護師が悪霊らしき影を目撃したという。死亡した双子の詳細は書かれていない。


「しかしこんなの、どうやって集めたんだか」


この村は、俺が思っているよりいっそうオカルティックなのかもしれない。


とにかく、まずは1巻と2巻の解読だ。美琴に聞きに行こうかとも考えたが、もう既に聞いているとすると、きっと怪しまれてしまう。


「どうしたものか……」


俺が頭を抱えていると、不意に部屋の扉が開かれた。


「姉ちゃん、朝早くから何してんの?」茜の(イケメンの)弟、碧はずけずけと俺の部屋に入る。


「いやあ、友達から難しい本を貸してもらったから読んでるんだけど、読めなくてね。もしかして読めたりする?」


「どれどれ?……ごめん、全然読めない」


だよなぁ。俺はがっくりと肩を落とす。


「まあ頑張って読んでみるわ。サンキュー」俺は冗談めかして手を振り、話を切り上げようとした。


「最近の姉ちゃん、やっぱ変だよ。だって姉ちゃん、そんな愛想よくねえもん」


「そ、そうかな?」


「昨日も徹夜でなんか調べてたでしょ。美少女スマイルで誤魔化そうとしても無駄だから。何を隠してるの?僕は霊感とか無いけど、ちょっとは力になれるかもしれないし。それとも、僕にも言えないようなことなの?僕ってそんなに信頼されてないかな?」


碧は悲痛な表情で俺を見つめてくる。蒸留水のように澄んだ瞳。その美しい顔立ちからは、やはり茜と血が繋がっているのだなと感じられる。


俺は申し訳ないような、やりきれない気持ちになった。弟の碧はここまで茜のことを信頼してくれているのに、俺は信頼に応えられない。俺は欺き続けている。碧だけじゃない。茜の両親を、美琴を、そして隼人を。


「……ごめん」呟きが口から零れた。


「やっぱり、言ってくれないんだ」碧はがっくりと肩を落とし、俺に背を向けて部屋を出てしまった。


俺は激しい後悔に襲われる。今まで俺は、茜を演じ、話の辻褄を合わせることに必死で、彼女自身のことをまるで知らなかった。彼女はどんな性格で、どんなことを考えて、周りの人々とどんな関係を築いてきたのか。俺はそれを知ろうともしなかった。ただ俺の体が戻るまで、茜としてやり過ごせればいいと、それだけを考えていた。だから弟を傷つけてしまった。


「そうか、俺、茜のこと何にも知らねえんだ」


俺は美琴に借りた本を持ったまま外へ飛び出す。足の赴くままに、ひたすら走る。女子の体は体力に乏しいので、しばらく走ると息が切れた。スピードを落とし、荒い息のまま進む。


ごめん、碧。ごめん、隼人。ごめん、茜。俺は心の中で謝る。俺が無神経に関係を掻き乱したから。


気がつくとそこはシグレのいる神社だった。古びた鳥居の上で、シグレは寝息を立てている。俺は無意識に忍び足になり、息を殺して中に入る。


小屋に入るとそこにはあの日見た時と同じく、ぼんやりと光る鏡があった。茜の魂は、あそこで苦しんでいるのか。


茜、お願いだ。教えてくれ。茜の記憶を、思い出を、傷ついた理由を。こんな俺ですまない。でも俺は茜を知りたい。今初めて心からそう思ったんだ。だから、頼む。


祈るような気持ちで目を閉じると、不意に眠気に襲われる。昨日徹夜で本を読んでいたからだろうか。俺は睡魔に負けて床に倒れ込む。鏡を包み込む光がだんだん強くなるのが視界の端で確認できる。俺の意識は少しづつ遠のいていった。

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