夏祭り(2)



「浴衣、すっげー似合ってるよ」


隼人は開口一番にそう言った。夕日と、照れているのもあって顔が真っ赤だ。


「そう?ありがと。私も可愛いと思ってたんだ」


“俺”という第三者の視点から見ても、スレンダーな美人の茜は浴衣を完璧に着こなしていた。俺が姿見に釘漬けになるほどに。


「それじゃあ、回るか。どこ行きたい?」


屋台はかき氷、りんご飴、焼きそばといった定番のグルメから、射的、金魚すくい、くじ引き、中にはカタヌキのような懐かしいものまで。人気のものには既に行列が出来ていた。


田舎町とは思えないその賑わいに、俺は一瞬目的を忘れそうになる。もちろん、隼人に誘われたからというのもあるが、俺が祭りに来たのにはとある目的のためなのだ。


「神宮寺美琴。茜はイザヨイにやられる前、彼女とよく話していたみたいなんだ。祭りで彼女に会ったら、その内容を確かめて欲しい。何かしら情報が掴めるかもしれないしね」俺はシグレの言葉を思い出し、気を引き締めた。神宮寺美琴に会う。それが第一目標だ。だがその前に、


「私お腹空いたな。何か食べに行こう」


腹が減っては、戦は出来ぬ。


――


俺たちは時間を忘れて屋台を回った。隼人は甘いものが好きらしく、かき氷をバクバク食っていた。


俺は初めてりんご飴というものを食べた。想像していた味とはかけ離れており、もう次は食べないな、と買ったことを少し後悔した。


隼人は射的が得意だった。モルモットが車になったキャラクターのぬいぐるみを撃ち落として、俺にくれた。俺自身はぬいぐるみはあまり持っていないが、茜の部屋にはいくつかあったから、茜は好きなのかもしれない。俺は素直に礼を言ってそれを受け取った。


俺の方はというと、くじ引きでルンバを当てた。当たったのは嬉しいが、これが草薙家のものにならないのが残念で仕方ない。これは、俺が茜の体を勝手に使ってしまったことの詫びとしよう。


隼人は、明らかに俺に気があるようだった。少し手が触れ合ったり顔を近付けたりしただけで顔を真っ赤にしてそっぽを向く。なかなか可愛いやつだなと思った。恨むらくは、茜の人格は本人ではなく、見知らぬ男に取って代わられているのだ。隼人のこの表情、是非とも茜に見せてやりたいのだが。


広場では人々が輪になって盆踊りを踊っていて、そろそろ最後の曲のようだ。皆の意識がそちらに向いているうちに、俺と隼人は人気のない、境内の奥の方へ向かう。


「いやあ、遊んだな。今月の小遣い使い切ったかもしれねえ」隼人は困ったように言う。


「ほんとに。すっごく楽しかった!」都会育ちであまりお祭りとかに行ったことがなかったので、とても新鮮だった。


「……それで、前の告白の返事なんだけどさ」


取り巻く空気が一気に変わる。既に日は沈み、暗闇の中で隼人の真剣な表情がおぼろげに見える程度だ。祭りの喧騒も聞こえない。


俺は唾を飲み込んで身構える。今日までの態度を見る限り、隼人が茜のことを好きなのは間違いない。茜の告白の返事を、俺が受け取ってしまうのは心苦しいが仕方ない。俺は息を飲んで次の言葉を待った。


「……やっぱり、もう少しだけ待ってくれないかな」


「え?」


「俺、本当は断るつもりでいたんだ、お前の告白」


「は?」


ちょっと待ってくれ。隼人は、茜の告白を断ろうとしていた?俺と話すときは照れて顔を赤らめていた隼人が?


「でも、今日バス停で茜と話してから、分からなくなった。茜であることは変わらないはずなのに、別人のようにみえた。そしてあの時、俺は茜に惹かれた。それは間違いないんだ」


隼人はしばらく間を置いて続ける。


「だから、もう少しだけ時間をくれ。俺の気持ちに整理がついたら、ちゃんと話すから。それまで」


どういうことだ?つまり隼人が好きだったのは茜じゃない。でも彼は今の俺のことが好きで……。ということは、今までの茜のことは別に好きではなかったけれど、俺の魂の入った今の『茜』のことが好きになったのか?


混乱して、はい、ともいいえ、とも言えないでいると、不意に高く透き通るような声が響いた。


「こんな所で何をしているんですか?お二人共」


声のするほうをみると、メガネをかけた少女が腰に手を当てて俺たちを睨んでいた。


「美琴。ごめんごめん、ちょっと取り込み中だったんだ。もう帰るから。じゃあな、茜」隼人は俺に手を振って、人だかりの中に消えていった。


俺は呆然と立ち尽くしたまま、その背中を見送ることしか出来なかった。

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