夏祭り(1)
翌日の昼下がり、俺は村中をぶらぶらと歩き回っては、草薙奏馬の目撃情報が無いか村の人に話を聞き回っていた。茜は村の人の殆どと知り合いだとシグレに聞いたので、俺にとっては初対面の人にも何とか知り合いらしく振る舞わねばならなかった。コミュ力には自信のある俺もさすがに疲れてしまい、一日に数本しかバスが来ないバス停のベンチに座って休憩する。
「あれ、茜じゃねぇか。久しぶりだな」
突然名前を呼ばれ、その低く通る声(俗に言うイケボ)がする方向を見ると、背の高い少年が俺に向かって小さく手を振っていた。短く切りそろえられた髪と健康的な肌の色はいかにもスポーツ少年といった印象だ。おまけに顔はなかなかのイケメンである。
「えっと、久しぶり」
俺は笑顔で答えながら、彼が誰なのかを必死で考える。高校生くらいに見えるので、恐らくは……。
「ここ一週間姿見なかったが。大丈夫だったか?」
「ああ、ちょっと引きこもってただけだよ、隼人」
「そうか?たまには外に出た方がいいぞ」
やはり、彼が茜の連絡先に居た『宮島隼人』だ。茜の同級生で、幼なじみ。家は民宿。お互い名前で呼び合う仲。シグレが少し妬ましそうに俺に教えてくれた。
美男美女の幼なじみなんて、とてもお似合いじゃないか。そんな二人の間に俺という異物が挟まってしまっていることが申し訳なくなる。
「なんかお前が人を探してるって、駄菓子屋のおばちゃんに聞いたぞ」隼人は俺の隣に腰掛けた。
「あー、そう。実は、最近水神村に引っ越してきた草薙奏馬ってやつを探してるんだ。私らと同じ高校一年生の」
「ああ、あいつか。引っ越してきてすぐ周りの住人に挨拶してんのは見たが、それ以降は見てねえな。そいつ探してんのか?」
「なんかその人、急に居なくなったみたいでさ。とにかく情報ありがとう。また何かあったら教えて欲しい」
あまり喋りすぎるとボロが出てしまいそうなので、俺は立ち上がり、「じゃあな」と会話を切り上げようとした時、
「ちょっと待ってくれ。俺、お前に話したいことがあるんだ」
隼人は俺の手を掴んで引き止めた。
「えっ、な、何?」
「今日、美琴ん家で夏祭りあんだろ?あれ、良かったら俺と一緒に回らねぇか?ほら、その……前のお前の告白の返事もあるし……」隼人は赤面しながら横を向いた。
いや前の告白って何?俺は一瞬戸惑うが、すぐに気づく。そうだ、これは色恋沙汰だ。俺と入れ替わる前に、茜は隼人に告白していた。シグレはそんなこと一言も言ってなかったのに。
とにかく、この場合俺に出来ることはただ一つ。隼人との関係をできるだけ良好なまま保つことだ。
「ああ、行こう!」俺は快諾した。
隼人は面食らった顔になったが、すぐに、
「分かった。じゃあ夕方五時にここで待ち合わせしよう」
そう言って俺たちは別れた。俺はさっきの会話での自分の発言を思い出す。きちんと違和感なく話せていただろうか。隼人に不快感を与えてはいないか。恋人となるかもしれない二人の仲を壊さないように、慎重に言葉を選べていただろうか。
俺は一言一句を思い返しては、あの言い方はまずかったのではないか、もっと女の子らしく話そう、とかあれこれ考えながらシグレの元への道を進んだ。
全く、これでは俺の方が恋をしているみたいじゃないか、と呆れる。
「へぇ。茜の幼なじみくんにお祭りに誘われたんだって?それはそれは楽しそうなことだ」シグレのいる神社に着いてそのことを話すと、シグレがあからさまに不機嫌になった。
「……なんかお前、怒ってね?」
「別に。祭りなんて勝手に行けばいいよ」シグレはそっぽを向いて黙り込んでしまった。
なるほど。俺は真実を見つけた探偵のような気分になって、思わずニヤリと笑う。なかなか面白い三角関係のようだ。シグレの悲しい片思いは、残念ながら実ることは無さそうだが。
「ところでシグレってさ、男なの?女なの?」
「神であるボクには、性別なんてごくごく些細な問題にすぎない。そうだろ?」
なんだかはぐらかされている気がする。ボクと言っているから男である可能性が高そうだが、確かにどちらでも問題ない。これ以上聞くとまた期限を損ねてしまいそうなのでこの辺で会話を切り上げて、俺は一旦家に戻る。
家に帰り、俺は茜の母親に浴衣があるかどうかを尋ねた。彼女が出してきてくれたのは牡丹柄の可愛らしい浴衣だった。
「もしかして、隼人くんと行くんでしょ。楽しんできなさいよ〜」からかうようにそう言われる。
家を出る時、茜の弟の碧から訝しげな視線を向けられたが、俺は気にせず外へ出た。空は夕日の赤色で綺麗なグラデーションを描いている。老人から若い男女のカップルまで、浴衣を来た人々が流れていく。彼らについていけば良さそうだ。
俺は浮かれた気持ちで、神社までの道程を進んだ。
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