決意
暑さと蝉の大合唱に叩き起される。あまりにも寝覚めの悪い朝に大きなため息をつき、俺はカーテンを開けた。
一晩寝て、何とか気持ちが落ち着いた。まずはアイツに話を聞きに行こう。俺は朝の支度を済ませ、家を出る。
たった半日だが、美少女生活も楽ではない。昨日はあんなにサラサラの髪だったのに、今朝鏡を見ると髪が爆発していた。ろくに直し方も分からないので、ブラシでといて帽子で無理やり押さえつけてしまった。やはり髪が長いと、それなりに手入れが大変らしい。
やはり地獄なのは風呂とトイレだ。これに関してはもう、あまり触れないようにする。元に戻ったら茜はもう俺と口をきいてくれないかもしれない。
早く俺の体を取り戻さなければ。俺は内心焦りを覚えながらシグレのいる神社までの道を走った。
「やあ。昨日は色々急に決めちゃってゴメンね。どうだい?“出雲茜”の居心地は」
俺が神社にたどり着くと、シグレがいたずらっぽい笑みを浮かべて鳥居の上に座って俺を見下ろしていた。
「いや、超大変だよ。色々行動する度に謎の罪悪感と闘わなきゃなんねーし。第一、俺茜のこと全然知らねーんだぞ?昨日も家族の名前とか調べんのにだいぶ苦労したんだから」
「それは申し訳なかったね。確かに彼女のことはちゃんと言うべきだった。あの時は急いでたんだ。一刻も早く食事を取らないとまずい状態だったから。ちゃんとこれから説明するから許して欲しいな。それに、キミは人当たりのいい性格だしいけると思ってね」シグレはおどけて言う。
「なんでシグレが俺の性格知ってんだよ……まあいいか。んで、まず聞きてえのは」
「キミの体を奪ったのは何者なのか。そして何故奪われたのか、かな」
シグレは鳥居の上からぴょんと飛び降りた。俺は改めてその姿を見る。確かにその容貌は美しい。しかしそれは茜のような人間としての美しさというより、精巧に作られた人形を見ているかのような美しさだ。その曇りガラスのような瞳からは生命の光は感じられない。
「正直、なぜキミの体が狙われたのかは分からない。でも、奪ったヤツはだいたい見当がつくかな」
シグレは真剣な表情で俺を見つめる。
「そいつは多分、茜の魂を傷つけた犯人と同じ。この村に出没する悪霊さ。ボクらは便宜上イザヨイと呼んでいたけどね」
「悪霊……?」
突拍子もない話に俺は首を傾げる。現実離れしたことが立て続けに起こって、脳がフリーズしそうだ。
「もう知ってるかもしれないけど、茜は昔から霊感があってね。昔からボクのことが見えていたから、彼女はよくここに来て色々話をしてくれていたんだよ」
「つまり、お前と茜は昔から知り合いだったってことか」
「そう。茜は昔から人付き合いが苦手だったし、霊感のせいで色々と理解されないことも多かった。そんな時、茜はこのボクと出会ったのさ!そしてボクと茜ははぐれ者同士、絆を深めていって……」
「茜との話はもういいから、そのイザヨイ?について教えてくれよ」俺がシグレの話を遮ると、シグレは不満そうに口を尖らせた。
「分かったよ。イザヨイは、だいたい300年前位からこの村で暴れ回ってる悪霊さ。深夜に出没しては幼子の命を奪うっていう」
「それって、ほんとに悪霊の仕業なのか?ただの病気とかじゃねーの?」
「まあボクもそう思ってはいたけどね。だから茜と一緒に正体を突き止めるべく色々情報収集とかをしてたんだ。全く、二人で調査してたのに、なんで勝手に行っちゃうかね……」シグレは苦虫を噛み潰したような顔で小屋の方を向いた。
シグレは確かに茜を心配しているようだった。しかし、気の所為だったかもしれないが、俺はこの時のシグレの表情に微かな罪悪感を見た。それは茜を闘わせてしまったことに対するものだろうか。それとも……。
「そういや、茜の弟が言ってたんだが、いなくなった日に、茜がなんか『真実が分かった』とか言ってたらしい。イザヨイの正体に気づいて、自分一人で確かめに行ったところ、返り討ちにあったってとこか」
「とにかく、そいつを見つけ出さない限りは奏馬も茜も元には戻れないわけだし」シグレはそう言って右手を差し出してきた。
「改めて、協力してくれないか。草薙奏馬くん」
その瞳には少しだけ、意志の光が宿っているかのように思えた。シグレにとって、茜はとても大切な存在だったのだろう、ということは想像出来る。
「分かった。俺だって奪われっぱなしはムカつくしな」俺はシグレの手を取ろうとしたが、シグレの体は透けていて触れることが出来ない。
「ありがとう。じゃあまず、ボクから茜についての細かい情報を教えるから、これを元にしてなんとか演じきってほしい。頼んだよ」
「ああ、任せろ!」
悪霊とかは俺にはよく分からないし、シグレのことも完全に信用出来る訳では無い。けれども、これは俺自身にも関わる問題だ。今はとにかく、俺の体を取り戻すことだ。そのためにはまず、出雲茜を演じきる。
俺はこの日から、少しの間だけ出雲茜になった。
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