新生活

俺は知らぬ間に、茜の家にたどり着いていた。自宅までの道は、体がしっかりと覚えているみたいだ。こじんまりとしたそこそこ新しい家のようだ。


「ただいまー」


俺はできる限り自然に、玄関から中に入る。茜の声は透明感があり美しかった。


「茜?茜なの?」


そこには茜によく似た、これまた美人の女性が、まるで幽霊でも見たかのような表情で立っていた。


「茜が帰ってきたわ!あなた!」


驚きと喜びが入り交じった声で彼女は夫らしき人を呼んだ。


「もう、一週間もどこ行ってたのよ」彼女は涙ぐんだ顔のまま俺を抱きしめた。


「茜、良かった……帰ってきたんだな」


精悍な顔つきの男性が、安堵したような表情で俺を見た。


そうか、茜は一週間も行方不明になっていたのか。そりゃあ彼女の両親はさぞ心配しただろう。俺はどうしても、そう他人事のように考えてしまっていた。


これではいけない。俺は今日から出雲茜なんだ。けれど、二人に抱きしめられている今でも、美少女の両親はどっちも美形なんだなあとか考えてしまう。


ダメだダメだ。まずは一週間行方不明だったことの言い訳を考えろ。そういや、両親のことはどう呼んでいたのだろう?母さん?お母さん?その辺はなんとか上手く誤魔化そう。まずは今日一日乗り切らねば。


「で、一週間もどこにいたんだ」茜の父親の顔が強ばった。これは説教パターンだ。さあどう説明するか。


「えーと、じ、実は森で遭難して……一週間サバイバル生活をしてたんだ」さすがにこの言い訳には無理があるか?


「なんだと?それはさぞ大変だっただろう!もう一人で森に入ってはいけないぞ」


「とにかく無事で良かったわ。とりあえず風呂に入りなさい。一週間も森にいたら体が汚くなってるはずだわ」


「えっ」


そう言って二人は俺を風呂場に押し込んだ。


まさかあんな嘘を信じるなんて……。もしかして、茜の両親はちょっと頭が良くないのかもしれない。


さてひとまず風呂に入ろう、と思い服に手をかけた瞬間、俺はフリーズした。


いや、ダメだろ。裸だぞ?頑張って意識しないようにしてきたが、これを脱いだら女子の裸だ。しかも美少女。


でも今俺は茜だし、俺の体を見るだけなんだし何も悪くないはずだ。そうだ悪くない。さあ風呂に入ろう。


しかしそう割り切れないのが思春期男子というもので、俺はできるだけ自分の体を見ないように注意して、湯船にもろくに浸からずさっさと風呂を済ませた。ああ、これは元に戻ったら茜に引っぱたかれるな。


茜の胸は、思ったより小ぶりだった。





「姉ちゃん、おかえり」


風呂に入り、夕食を何とか済ませた俺は、自室らしき部屋に戻ると、弟らしき人物(これまた驚くほどの美少年)が部屋に入ってきた。


「あ、えっと……ただいま!我が弟よ!」


まずい。弟の名前がわからないからかなり適当な呼び方になってしまった。俺はなんとか誤魔化すためわざと演技ぶった態度をとる。


「……なんか姉ちゃん、キャラ変わった?」


「えーーっと、そうなんだ!生まれ変わったっていうか」


「ふーん、それで、本当はどこに行ってたの?森で遭難したなんて嘘でしょ」


「あー、それは……」さすがにバレてしまっていたようだ。


「あと、一週間前、『やっと真実が分かった』って言ってたけど、何が分かったの?結局僕には教えずに家を飛び出しちゃったじゃん。あれから今まで何があったの?ちゃんと教えて」


彼は真剣な様子で俺に近づいてきた。その瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、思わず見とれてしまいそうなほどだ。


「えーーと」


正直に話すべきだろうか?俺は出雲茜ではなくて、本物の茜は魂に傷を負っていて今は神社にいると。


「……いや、そんなに言いたくないならいいよ。姉ちゃんってほら、昔から僕らには見えないものが見えたりしてたし。何か僕らには言えない事情があるんでしょ?」


すごく物分りのいい弟だ。茜にはこんなにも出来た弟がいるのかと感心する。ああ、俺もこんな弟が欲しかった。一人っ子にはわからない感覚だ。


「ありがとう。話せる時になったら話すよ」俺は、精一杯の笑顔で礼を言った。


「……やっぱ姉ちゃんキャラ変わったね。前はもっと無口で暗かった」


弟は形のいい目をジト目にして睨んでくる。


「だから、人間は変化する生き物だろ?俺、いや、私だって色々変わったんだよ」


「……ふーん」


ものすごく怪しまれたような気がするが、まあいいだろう。弟が出ていった後、俺は椅子に座って情報を一旦整理することにした。


まずは家族の名前からだ。名前何?と聞くのは不自然だから、茜のスマホの連絡先から調べよう。女子高生のスマホを勝手に覗くのはさすがに気が引けるが致し方ない。連絡先しか見ないから許してくれ。


スマホは指紋認証で開いた。俺は、恐らく誰にも見られたくないであろうSNSや検索履歴を見ないようにして、連絡先をチェックした。彼女は律儀な人のようで全員をフルネームで登録していた。俺はノートに入っていたルーズリーフに今分かっていることをメモする。


出雲茜 16歳 霊感あり? 無口で暗い性格

出雲碧 14歳 茜の弟

出雲白羽 40歳 茜の母

出雲黒人 42歳 茜の父

神宮寺美琴 茜の同級生?

宮島隼人 茜の同級生?


ざっとこんなもんか。下二人は恐らく茜の友人だろう。とりあえずこれだけ頭に入れておけば出雲茜としての普段の生活には困らないだろう。


後分からないのは茜があんな風になった原因だが、それは明日シグレに聞けば分かる事だ。今日はもう寝よう。


俺は女子高生のベッドで寝ることに若干の罪悪感を覚えながら、深い眠りについた。









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