第4話 懲らしめるのだ
1
今朝も俺たちは、始業前の1時間をオンラインRPGに燃えていた。
プレイしているのは今日も変わらず「エルフィーRPG」。
エルフが守っている世界に魔が迫り、危機が訪れている。
それを俺たちのパーティーが助けに訪れているというストーリーだ。
しかし、今、俺たちの目の前には、かなり悲惨な光景がある。
焦土の街が一面に広がっているのだ。
気をつけて進んでいたつもりだったのだけど・・・。
一部の人々は荒れ、街の中では強奪や暴力なども起きているという。
聞き込みをした街の人たちからも貴重品には気をつけるようにと忠告を受けていたのだが・・・。
「・・・ない! ないよ! 僕の鏡の剣がッ!」
役職が占い師の桃井は、力がないので持てるのは軽い短刀だけだ。
この鏡の件は、それほど体力がない彼が使いこなすのにピッタリだった。
しかも鏡なので、相手から魔法攻撃を受けた際に、跳ね返すこともできて、非常に便利だ。
便利ゆえになかなか高価で、俺たちは全員の装備を完璧にするためにも、結構な額をかき集め、やっと手に入れたのに・・・。
画面上では「盗賊が現れた」と表示されている。
「いつ? いつ盗んだの? さっき市場で人ごみの中を歩いた時?」
桃井はおろおろしている。彼はあの剣をひどく気に入っていたし、あれ以上のものはないとも言っていたので、かなり不安そうだ。
「おっし、盗賊、みっけ!」
動体視力がものすごい青山が、画面の端に消えて行こうとしている盗賊を発見し、全力で追いかけていく。
「おらああああああ、待てやこらああああああ!」
盗賊を捕まえ、パンチに次ぐパンチ。
戦士青山の迫力に、盗賊はたちまち恐れをなして、剣を投げ出し、去っていった。
「青山、ありがとう〜!」
桃井がぎゅっ、と青山の手を握る。
「やめろよ」
バッとその手を振り払われて、桃井がしゅんとする。
桃井は男子だが、かなり女子力が高い。
いつも可愛いグッズを持っているし、日頃からスマホに自分の姿を鏡がわりに映してはいろんな表情を作って遊んでいる。もちろん自撮りもしょっちゅうだ。
その桃井と、筋トレな漢、青山の絡みは、見ていていつも面白い。
ライオンに子猫が絡んでいるような感じでほほえましいのだ。
「これでみんなの武器も揃ったし、そろそろ向かうか」
「向かうって、どこに?」
パーティーの頭脳である賢者・黄野の言葉に、俺たちはあたりを見回した。
歩けど歩けど、焼き払われた街並みが続いている。
一体、どこに行けというのだ・・・。
「北を見なよ」
黄野の言葉に、その方角を見ると、険しい山がある。
「あの山にきっといるはずさ」
「いるって、誰が」
「おそらく、城がそこにあり、王もそこにいると思う。街の人たちも言っていたが、戦火に焼かれて以来、エルフの姿を全く見かけなくなったという。おそらく、あの山の王宮にエルフた血や、その王も身を潜めているに違いない」
黄野の言葉に、緑川がうなずいた。
「確かに。あの山はバリアが張られているようだし、邪悪な奴らは入っていくことができないんだろうな。あの山は、おそらく何かを守っている。それがエルフの王だというのなら、納得がいくよ」
「なるほどね! なんか山が光ってる気がしたのはそういうことか」
桃井も状況を把握できたようだ。
あまりそういうスピ的な感覚がない俺と青山だけは、適当に話を合わせてわかっているフリをするしかなかった。
「・・・さ〜て、そんなことより、今日の水泳ではバタフライで記録出すぞ!」
青山が話題をさりげなく変え、張り切って着替え始める。
まあ、確かにそろそろ授業の支度をする時間だ。
俺もゲームを保存し、水泳バッグを取り出す。
俺たちの高校は私立なので寄付金がいっぱいあるのか、妙に施設が豪華で、年中泳げる温水プールが校内にある。なので1時間目から水泳の授業がある。
1年を通じて、毎週、水曜日の1限が水泳の時間なのだ。
2
「あれ? ・・・ない! ないよ!」
突如、桃井の悲鳴が響き渡った。
「ないよ! 僕の水泳バッグ〜!」
周囲がザワッとした。
「いつから教室に置いてた?」
黄野の問いに、
「今朝持ってきたばかりだよ! でも今日は僕が教室一番乗りで寂しかったから、ちょっと校庭のウサギ小屋に遊びにいっちゃったんだ。その時かもしれない」
桃井が半泣きになっている。
「あの水泳バッグ、昭和レトロの店で買って、すごい高かったのに〜」
水泳バッグに白い耳がペロンと付いて揺れていたあの謎のバッグは、何千円もするものだったのか。
「バッグには何が入ってる?」
「水着とタオルとゴーグルだよ!」
桃井はバッグが惜しくてしかたがないらしく、
「ちょっと僕、外を探してくる」
と飛び出して行こうとする。
「まあ、待てよ」
黄野は校庭の隅を指差した。
池の近くの茂みに何者かが身を潜めている。
その茂みから、白い何かがぺろっと飛び出ている。
「僕のバッグ!」
ダッシュしようとする桃井を青山が追い越して出て行った。
俺たちが教室の窓から見下ろしていると、猛ダッシュした青山が茂みの中から黒ずくめの男を引きずり出しているのが見えた。
今にも強烈な蹴りを食らわせようとしている青山に、男が土下座をしている。
青山はすんでのところでキックを止めたようだ。
そして男からバッグを取り返す。
そこでやっと、桃井が追いつき、バッグを愛おしそうに抱きしめる。
その様子を青山が見たわずかな隙に男が逃げ出そうとしたが、すぐさま青山に首根っこを掴まれ、職員室へと引きずられていった。
「まったくもう、やんなっちゃうよ〜」
桃井が不満そうな顔で青山と戻ってきた。
「変態おじさんだったよ。僕のが可愛いバッグだから女子の水着が入ってると思って、持ってったんだって」
「それは・・・」
開けたら男子のビキニパンツが入っていて、さぞ驚いたことだろう。
うちは男子クラスだから、女の子っぽい感じのバッグが桃井のしか見当たらなかったのだろう、入った教室を間違えてるし、そもそも多様化の社会なので、女子も最近はかっこいいスポーティーな黒いスイムバッグを持ってる子も多い。
変態おじさんも、少し最近の風潮を知らないと、意味のわからないことになってしまうだろう。というか、犯罪なんだから、二度とこんなことやってもらいたくはないが。
「オッサンは、職員室の須藤に引き渡してきた」
青山は得意げにそう言った。
「バカなやつだよ。桃井の水泳バッグを盗んで外に出ようとしたら、学生たちがゾロゾロ表門や裏門から入ってくるから出るに出られなくなり、一旦茂みに隠れていたんだそうだ」
それを、黄野があっさり、はみ出した白い耳を見つけたので、捕まってしまった。
いろいろと詰めの甘い泥棒だったようだ。
「これから警察呼んだりして忙しいから、今日の朝礼はナシだって」
「やった!」
「さ〜、さっさと着替えて泳ぎに行くぞ!」
青山は制服を脱ぎ、その逞しくも逆三角形な背中をむき出しにする。
鍛えてる・・・!
まぶしいが、彼のようにストイックに糖質制限したりプロテイン飲むような根性は俺にはないので、貧弱な体でやっていくしかない。
こんな身体で勇者だなんて、なかなか気恥ずかしいけれど。
俺は遠い目で教室の隅の柱を眺めた。
「ん・・・・?」
柱に何か、白いものが止まっている。
3
「・・・あれ? また蝶がいる」
勇者・赤池が私の姿を見つけてしまった。
緑川はさっきからずっと私をわかっていたけれど、あえて見逃してくれていたというのに、この男は・・・。
「この蝶、教室に住み着いちゃったのかな」
赤池と青山、この、雑なふたりがこちらに近づいてくる。
「どれ?」
青山の指が伸びてきて、私の羽を乱暴につまみ上げようと・・・
「・・・・いやああああ〜ッ!!!」
「あっ・・・!?」
彼らが私のことを、怯えたように見つめている。
そりゃあそうだよね・・・。
いきなり蝶が人に変身しちゃったから・・・。
正確に言えば、人間のカタチをした手のひらサイズの何か。
急にこんなのになったら、びっくりしちゃうよね?
でも、青山の指がゴツすぎて、つぶされそうで怖くて、反射的に元の姿に戻ってしまった。
さてこの場をなんとかおさめなくちゃね。
「あの・・・私・・・」
うまく説明できるかわからないけど、説明しなくては。
「エルフ・・・?」
緑川が私に問いかけてくる。
やっぱり彼は、わかってるみたい。
私は何度もこくこくとうなずく。
すると・・・。
「エルフだ! リアルエルフだー!」
彼らが狂喜している。
なんで・・・?
なんでみんな、私の存在を知ってるの?
妖精って、現代日本でそんなにポピュラーな存在だったっけ・・・?
「どうしてここにいるの? 最近、僕らのそばにいるよね?」
「あの・・・お父様の命令で・・・」
彼らの反応が良すぎてむしろ怖い。頭脳明晰な黄野まで大喜びしてる。
緑川だけは冷静なようで、よかった。
「あの・・・お父様の命令で・・・」
「お父様って?」
「あの・・・妖精王の・・・」
「エルフィーだ!」
5人全員が声を揃えたので、震えるほど怖くなった。
なぜ・・・なぜ彼らはお父様の名前を・・・?
「みんな落ち着いて。怖がってるじゃないか」
緑川は私を優しく手のひらに乗せると、語りかけた。
「それで、エルフィーはなんて言ってたの?」
「私もわからないの。ただ、助けてくれる人たちかもしれないから、ウォッチしろって」
「そっか」
緑川は微笑んだ。
「もちろん助けるよ。そのために毎朝僕たちは、戦っている」
「毎朝・・・?」
毎朝って、この人達は、ちっさな機械を眺めながらゲームをして遊んでいるようにしか見えないんだけど・・・。
わけがわからない私に、緑川が丁寧に説明してくれた。
そして私はやっと気づいた。
彼らがプレイしているゲームは、『エルフィーRPG』だということ。
それがどんな内容かというと、悪に破壊された妖精王国を救うというものだという。
その王国には人間と妖精が仲良く共存しているのだとか。
あれ・・・?
それって、私やお父様が体験している出来事そのまんまのような・・・?
どういうことだろう。私たちの世界がゲームになっていて、そして、彼らは私たちの国を救うために、戦ってくれているということ・・・?
なんだか、胸が熱くなる。
いつも、頼りなさそうなのに大丈夫なの? この人たち・・・と思っていたけれど、彼らなりの方法で、人助けをしてくれていたんだ。
もしかしたらお父様の言う通り、彼らが平和をもたらす希望なのかもしれない。
「あの、ありがとうございます。これからも王国をよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた私のことを、男子高校生パーティーは、ニコニコして見つめていた。
(第5話に続く)
クラスメイトとパーティーを組んだけど、僕らは何と戦えばいいんだろう? さかもと。 @sakamotooo
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