第3話 守るのだ

  1


 今日も朝から俺たちは始業前に教室に集まり、スマホでオンラインRPGを楽しんでいる。

 なぜ朝なのかというと、放課後はそれぞれ部活やバイトや塾などで予定があり、なかなか全員が集まることができないからだ。

 早起きして、人がいない教室に集まり、1時間ほど集中して遊ぶ。

 この時間なら授業中ではないから、担任の須藤にも怒られない。

 

 パーティーのメンツは5人。

 筋トレ好きな戦士・青山と、頭脳明晰な賢者・黄野、そしてスピ好きな占い師・桃井に、新規加入の魔術師・緑川。それに勇者の俺、赤池の5人で、ラスボス討伐後に現れた新世界へと踏み出した。


 焼け焦げた都市は、地面が熱くなっているため、戦闘やバイトで得た金を貯めて防熱靴などを買い揃えていたので少し時間がかかってしまったが、今はだいぶ慣れて、街のあちこちを練り歩いている。緑川がたくさんの薬草をブレンドして作ってくれているので、やけどはもちろん、いろんなケガにも対応できそうだ。


 何人かは生き残っていた人がいて、俺たちは彼らから話を聞くことができた。

 この街を火の海にしたのは、ラスボスのさらに上司であるファラオボスという存在だという。

 ファイナルボスの破壊力は凄まじく、ゴジラのように火を噴いて、街を燃やし尽くそうとしているのだという。


「このままでは、世界中が焦土となってしまいます。どうか助けてください」

 顔に黒いススを残したまま、必死に訴えてくる人たちに、俺たちは胸を打たれた。

 かなり厳しい闘いになるかもしれないし、ひょっとしたらパーティーを全滅させられるかもしれない。

 それでも俺たちは前に進むことに決めた。

 世界を救いたいからだ。


 廃墟のような街を歩いて回っている時、俺たちはふと、あることに気づいた。

「なあ、さっきから俺たち・・・」

 そう言って黄野を見ると、彼もうなずいた。

「ああ、尾けられてるな」

「やっぱりそうか」

 先ほどから、俺たちの後ろにチラチラと人影が見え隠れしている。

 けれど、その人影に近づこうとすると、消えてしまう。


「どういうことだ? 敵か? 味方か?」

 焦ったが、桃井が、

「ストーカーだったりして」

 と言い出した。

「可愛い女の子が僕たちの誰かにひとめぼれして、それで気になって後をつけてるってのはどう?」

「ああ、そうだったらいいな・・・」

 この絶望的な街で、そんなロマンスが生まれるんなら、それもいい。

「とりあえず今日は動きを止めよう」

 黄野がそう提案した。

「このストーカーの正体がわからないことには動きを取りづらい。まずは話を聞いてみよう。僕らが止まっていれば、あっちから近づいてくるかもしれない」

「ああ。試してみる価値はあるな」


 俺たちは一旦ゲームをセーブした。

 

「・・・ちょっと話があるんだけど、いいか?」

 青山が口を開いた。

「どうした? なんか最近おとなしいよな」

 いつもなら戦闘のたびにオリャー!とかうるさく気合いを入れる青山が、最近はおとなしく、ぼうっとしている。

 まあ、今は、街を探検することが多いので、戦闘シーンもほとんどないからなのかもしれないけれど。


「その、ストーカーのことなんだけど、実際、こっちの世界でもいるらしいんだ」

「そりゃいるだろう。なんならリアルのほうが多い気がする」

 ニュースでもしばしばストーカーがメールを山のように送りつけて逮捕されたりしているし、のめりこむと歯止めが効かなくなる人というのがいるのかもしれない。

「いや、それがさ、うちの学校で、困ってる人がいるらしいんだ」

「えっ、そうなのか? 誰?」

「名前は・・・知らない」

 青山が、ガラにもなく頬を赤く染めている。

「あっ、文系コースの子とか?」

「そうだ」


 俺たちの学校は、高校2年になると、理系コースと文系コースに分かれる。そしてどうしても男女バランスは理系は男が多く、文系は女が多いため、理系は男子クラスが、文系は女子クラスができる。ちなみに俺たちが所属しているのは、夢も希望もない理系男子クラスだ。

 そして青山によると、文系クラスの女の子で、ストーカーに遭ってるらしい子がいるという。


  2


「電車の中で話しているのが聞こえたんだ。時々、学校の帰りに後をつけてくる男がいる、怖いからコンビニに入って逃げたりするけれど、コンビニから出て歩き始めると、また後ろでこっちを見ているって言ってて・・・」

「それは心配だな」

 黄野が深刻そうな顔になった。

「学校や駅の近くならまだいいけど、自宅が特定されたら厄介だ。家にひとりでいるところを襲われて事件になることもあるからな」

「そんなことはさせない!」

 真顔になる青山に、俺たちはたじろいだ。

「だいたいお前、なんでその女の子が文系女クラだって知ってんだよ」

「それは・・・」

「同じクラスだったことあんの?」

「いや、ないんだけど」

 青山がくちごもる。

「つまり、好みのタイプで、前から気になってたってことでしょ」

 桃井がニヤニヤしている。

「同じ電車の同じ車両に乗って、近くで話を耳そば立てて聞いてたのかよ」

「その、いや、たまたま同じ時刻に同じ車両に乗ることが多くて・・・」

「お前が合わせてんじゃないのか? ストーカー一歩手前じゃん」

「俺は! 俺は彼女を困らせるようなことはしない!」

 ムキになって否定しやがって、恋する男はいじると面白い。


「何はともあれ、僕らは敵を見つけたってことだな」

 黄野がそう言う。

「敵は、倒さなくっちゃね!」

 桃井が応じる。

「頼む。協力してもらえないか」

 青山が頭を下げる。

「もちろんだよ。須藤からスマホを取り返した時みたいに、俺たちパーティーで団結すれば! なあ、黄野」


 しかし黄野は浮かない顔をしている。

「今度は難しいぞ。相手がどんなやつかもわからない。まずは敵を知る必要がある」

「そっか。ってことは」

「まずは尾行だ」

 ということで早速今日の放課後から、青山が気になる女子の後をつけ、ストーカーらしき人物がいるかどうかをチェックすることになったのだが・・・。


 なにしろみんな放課後は忙しい。黄野は塾、桃井はスピリチュアルサークルの会合があるとかで不参加となった。

 尾行をするのは、俺と青山、そして緑川の3人だ。

 まあ、あまり大勢でゾロゾロつけたら目立つから、これでいい。

 黄野からは、それらしき人物がいたら、写真を撮って来いと言われたが、スマホの望遠でどこまで対応できるか、それが不安だった。


 まずは、校門の前で、その彼女が現れるのを待つ。

 スマホをいじりながら、30分ほどした頃だろうか。

「アッ・・・」

 青山が緊張して裏返った声を上げた。

 彼の目線の先には、小さくてきゃしゃな感じの女の子がせっせとこちらに歩いてくる姿があった。色白で、手足も細く、今にも泣き出しそうな顔をしている。髪の毛はショートボブで、かなり清純な感じに見えた。

「なるほど・・・ああいう子がタイプなのか」

 自分にはめちゃ筋肉をつけて体を大きくさせているくせに、こんな可愛らしい女の子に焦がれるとは、対照的で面白い。でもこの可憐さが、青山を守ってあげたいと思わせるのかもしれない。


 俺たちはスマホをいじってるフリをして彼女が通り過ぎるのを待ち、だいぶ距離を置いてから、後をつけ始めた。

 彼女は意外と足が速い。

 スタスタと駅までの道を進んでいく。

 もしかしたら、ストーカーを警戒して、早足なのかもしれない。

 そして俺たちも、急ぎ足で、しかし適度に距離を置いて、彼女を追いかける。


 ふと、彼女が足を止めて振り返った。

「ヤバッ・・・!」

 と、俺たちは思わず足を止め、一斉にスマホに見入る。

 彼女が再び歩き出したのを確認し、俺らも再度歩き出したが、不意にまた彼女が振り返った。

 反射的に足が止まり、俺たちは硬直する。

 これじゃあ、だるまさんが転んだをしているかのようだ。


「なあ、止まるのやめよう。不自然だろ?」

 緑川がそう言い、俺たちも頷いたが、かなり先行きが不安に思えた。

 なぜなら、彼女の表情が、明らかに不審者を見るかのような厳しい目つきだったからだ。


「なあ・・・このままだと俺らが疑われるんじゃないか?」

「俺もそんな気がしてきた・・・」

 青山が心配そうに彼女の背中を見つめている。

 怪しいものじゃありません、あなたを守るためにここにいるんです、とでも言いたげな、ナイトの瞳をしている。

 青山のためにも、なんとか犯人を捕まえて、彼女の役に立ちたい。

 そして青山の片思いが良い方向に進むといいのだが・・・。


  3


 今のところ、怪しい男なんて、全然見当たらない。

「今日は、ストーカーいないんじゃないか?」

「そうだといいが・・・」

 青山は天を仰いだ。

「・・・思い出したんだが、彼女、最寄り駅にストーカーがいる気がすると言ってたので、この駅じゃないんじゃないか?」

「なんだよ、それ早く思い出せよ」

 俺たちは慌てて彼女と距離をとりつつ駅に入り、隣の車両に乗り込んだ。

 そして5つ先の駅で降りる。


 ここは、住宅街で、通りもかなり静かだ。

 こういうところで後をつけられたら、かなり怖いだろう。

 俺たちも細心の注意を払って、相当な距離を置き、進んでいく。 

 それこそ、彼女が角を曲がったら、その角に入る、というくらいの慎重さで動いている。

 学校の近くでつけてきた男どもが、自宅近くにもいたら、彼女を相当怖がらせてしまうからだ。


 そして、肝心のストーカーらしき気配は、この街でも感じられない。

 今日はいないのか、それとも彼女の勘違いなのか・・・。

 そんなことも考えながら、角を曲がったその時・・・。

「・・・?」

 そこにはコンビニがあったのだけど、何か黒い人影が、シュッと、コンビニ側の壁から通りに顔を出し、彼女の背中を確認し、そしてまた引っ込めたのを俺たちは目撃した。


「ヤツかもな・・・」

 俺たちはコンビニに近づくと、一気に踏み込んだ。

「おい! 俺の女に何しやがるんだ!」

 青山のドスの効いた声が、響く。

 これでストーカー野郎もすくみあがることだろう。

 けれど・・・。


 目の前にいたのは、彼女と同じくらい小さなサイズの女の子だった。

「え・・・?」

 ストーカーというから、男だと思っていたのに・・・?

 でも、今さっき、彼女の姿を覗いてたよな・・・?


「なあ、最近女の子をストーカーしているというのは、お前なのか?」

「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 女の子は泣き出した。

 そこに、後ろから声がかかった。

「あなたたち・・・なにしてるの?」


 彼女本人が、スマホを手に、そこに立っている。

「あなたたち、さっきも私のあとを歩いてたでしょ! 警察呼んでいい?」

「いや、これはちょっと待っ・・・」

「ごめんなさい!」

 女の子が彼女に頭を下げた。

「えっ・・・? どういうこと?」

 彼女は意味がわからないようだった。

 俺たちも、もちろん、意味がわからない。

「話を聞かせてくれる・・・?」

 

 俺たちは、駅までの道をだらだら歩いていた。

 なぜだらだらしているかというと、青山の歩みが遅いからだ。

「おい、元気出せよ・・・」

 ヤツは、放心状態になっている。

 それというのも、彼にとってはせつない結果になってしまったからだ。


 彼女を尾行していたのは、彼女の彼氏の妹だった。

 そう、彼女には、彼氏がいたのだ。

 そしてその彼氏の妹が、かなりのブラコンだった。

「お兄ちゃんが付き合っている人ってどんな人か知りたくて・・・あとをつけるような真似をしてごめんなさい!」

 妹さんは泣いてあやまっていたが、彼女は優しかった。


「お兄ちゃんのことが心配だったのね。ごめんね、心配かけて」

 彼女と彼氏は、地元の中学で同級生で、それから付き合いが続いているのだという。

「今度お兄ちゃんも一緒にお茶しようね」

「はい・・・すみませんでした」

「ううん。私とも仲良くしてね」

 

 彼女と、彼女の彼氏の妹さんとのやりとりを、俺たちはほのぼのした気持ちで見守った。青山だけが、彼氏発覚に衝撃を受けて顔面蒼白のまま固まっていたけれど。

 そりゃあ、あんなに清純だったら、他の男もほっとかないのかもしれないな。

 フラフラ歩いていた青山は、やがて、自分に言い聞かせるようにこうつぶやいた。

「彼女が幸せなら、俺はそれでオッケーでっす!」


 こうして、青山の純な初恋は、幕を下ろした。

 俺たちに疑いの目を向けていた彼女も、電車で話を聞いて心配したと伝えたら、わかってくれたようで、

「わざわざありがとうございます」

 とお礼を言われた。

 せつないけれど、彼氏がいるのならこれ以上どうしようもない。

 俺たちは、彼女の幸せを願って、引き揚げるしかないのだった。


「でもさあ・・・。好きな女の子ができたってだけうらやましいよ。俺なんて、出会いもないし」

 なぐさめにもならないようななぐさめを語りかけつつ、俺たちは駅のホームで電車に乗り込んだ。

「ん・・・?」

 ホームから外を見て、緑川が首を傾げた。

「どうした?」

「いや、時刻表のところに白い蝶がいたような・・・?」

「どこ?」

 確かめようとしたところで、発車してしまい、よく見えなくなってしまった。


「・・・ふう」

 あいつらが乗った電車が走り去り、ホームに誰もいなくなったところで、私は元の姿に戻った。 

 本当は同じ電車に乗って帰るべきだったんだけど、窮屈で、身が持たなかった。

 足首まである白く長い髪。

 いつもの姿に戻ると、ホッとする。

 ベンチにちょこんと腰掛け、今日のことを思い返す。


 女性の扱いに慣れてない彼らなりに、今日は頑張ってたんじゃないかなと思う。

 彼氏がいたことは残念だったけど、女の子を守りたいという気持ちが出てきたなんて、有望なんじゃないだろうか。

 強きものは、何かを守って生きていくものだと、お父様も言っていた。

 あいつらが強いかどうかはわからない。

 どっちかというと弱いんじゃないの? という疑いも消えないけど・・・。


 でも・・・妖精王の座にいるお父様が言っていたんだよね。

「あいつらはエルフの王国を助けてくれるかもしれない」って。

 どうして、あの高校生たちが?

 よくわからないけど、お父様がそう言うのなら、お父様が気が済むまではウォッチを続けないとね。

 次の電車がホームに入ってきたので、私はまた白い蝶に戻った。

 そして開いた扉の中に、ヒラヒラと舞い込んでいった。


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