第2話 手に入れるのだ

  1


 俺たち、進学校の理系クラスの4人組は、今日も始業前に一緒に教室でスマホで遊んでいた。

 俺たちはさっき、一緒にパーティーを組んでプレイしていたオンラインRPGゲームで見事にラスボスを倒し、ハッピーエンディングを迎えた。 

・・・はずだった。

 しかし、そうはならなかった。


「グアアアアア・・・!」

 壮大なうめき声と共に崩れ落ちたラスボスの悪魔。

 邪悪なそのツノは溶け、地面に落ち、ヤツの全身は灰になり、舞い散った。

 しかし、そのツノが伸び、長い長い剣のようになったかと思ったら、その剣があたりの空気を切り裂いた。


「あっ!」

 俺は思わず声を上げた。

 幸いにも授業中ではなく、授業前だったのは幸いしたが、それでも同じパーティーの仲間たちに白い目で睨まれた。

 でも俺は、こんな時に、声をあげずに平然としていられるお前らのほうがすごいんじゃないかと思う。

 

 切り裂かれた風景の向こうに、新たな都市が現れた。

 そして、その都市は、悪に焼き尽くされたのだろうか、真っ赤にただれた廃墟になっている。

 そして画面の向こう側からは、不敵な笑い声が聞こえてくる。

 俺たちは、ワイヤレスイヤフォン越しにそのおぞましい声を耳にした。


「ようこそ地獄へ」

 廃墟都市の空から不気味な声が降ってくる。

「本当の闘いはこれからだ。来るが良い」

「終わりじゃなかったあ・・・」

 桃井が目を赤くしてそうつぶやいた。

 彼の目が赤いのは、現れた都市が怖いからなのか、これからも闘い続ける怖さなのかよくわからない。こいつはすぐ感激して泣くから。


「ああ、まだ続くみたいだな」

 俺は無性に嬉しかった。 

 まだまだこの4人のパーティーを続けられるのが、無性にうれしい。

 みんなはラスボス戦で消耗してしまったのか、目の前の新たな舞台を呆然と見つめているだけだ。実際、みんなのHPもかなり低い。ギリギリまでラスボス征伐にエネルギーを使ってきたから、俺も含め、全員の補給が必要だ。


 でも、この先がどうなっているのかという好奇心が、抑えられない。

「俺、ちょっと偵察してくるわ」

 ここは、勇者の俺が、様子を見てこよう。

 一歩踏み出すと、そこは……。

「あっチチチチィ!」

 画面上の勇者も、そしてスマホを握っている俺も、熱さで飛び上がった。


「なにやってんだよ・・・」

 学年トップの天才・黄野がメガネの向こうから冷たい目で俺を睨みつける。

 そうだった・・・。

 俺の机の上には、お湯を入れたカップ麺が載っていた。

 朝メシを食べそびれたので、購買部でお湯を入れてもらっていて、教室に持ち込んでいたんだった。

 それを、ゲームの勇者が負傷したことに慌ててスマホをビクッとさせたため、ひじがカップ麺に当たり、俺のヒザの上にお湯がかかってしまったのだ。

 最近のカップ麺は進化していて、お湯の温度はなかなかに高温で、俺の制服のズボンを通り抜け、肌をその熱が攻撃してくる。


「あっつ・・・」

「待ってて、タオル持ってくる」

 桃井が廊下に駆け出していく。

「すまん・・・」

 俺は情けなさに泣きそうになった。

 画面の勇者も熱さにやけどしたらしく、うずくまっている。


「相当な熱で焼かれたんだろう。高温化した地面でやけどしたな」

 黄野が分析している。

「これは、薬草が必要だな」

「薬草か・・・」

 今までの戦いで、持っていた薬草や毒消し草は全て使い切ってしまっている。


「タオル持ってきたよ!」

 そこに、桃井が飛び込んできた。

「桃井、薬草持ってない?」

「薬草? ばんそうこうならあるけど」

 桃井からもらったタオルで濡れたズボンをたたいて水分を含ませながら、

「違う、ゲームのほう」

 と俺は言った。

「あ、ゲームの? ないよ。全部出しちゃったもん」

「そうだよなあ・・・」


「大体このパーティー、魔術師がいないんだよ。魔術師がいりゃあ、薬草とか秘薬とか呪文とかさあ・・・」

 青山がコロッケパンを頬張りながらぼやいた。

「僕、魔法、ちょっとなら使えるけど、基本、未来を透視するような呪文しか知らないんだよね」

 すまなそうに桃井が言う。

「いいんだよ、桃井は占い師なんだから、十分助かってるよ。危なそうな場所があったら教えてくれるし」

 俺はそう話しながら、ズボンを脱いだ。


 男子クラスなので、教室で着替えるなんて普通のことだ。

 カップ麺の汁をかぶったズボンはやっぱり匂うし、ジャージに着替えることにしよう。

 むき出しになったナマ足の太もも部分を見て、

「赤くなってるね」

 と桃井が心配そうにのぞきこんでくる。

「保健室行ったほうがよくない?」

「大丈夫だよこのくらい」

 

  2


 その時、教室に担任の須藤が入ってきた。

「おう、お前らおはよう。起きてるか?」

 もう朝礼の時間らしい。

「どうした赤池、ズボンを下げて。ここはトイレじゃないぞ」

 須藤の言葉にクラスのみんなが笑う。

 しかし須藤の後ろから入ってきたヤツを見て、俺たちは固まった。


「外国人・・・!?」

 色白の肌に、金髪のサラッとしたボブ風の髪の毛。

 そして整った目鼻立ち。

 王子のような美少年が、俺たちの学校の制服を着ている。

 なんだこの漫画のような外見のイケメンは。

 こういう男の子は、何を着ても似合うし、サマになるんだな。

 俺たちがダサイのはダサい制服のせいだと思っていたけど、制服に謝りたい気持ちでいっぱいになる。

 そしてなぜか、ズボンを下げたままの俺は、その美少年と目が合った。

 彼の瞳の色は、綺麗なブルーで、思わず見惚れてしまう、自分はパンツモロ出ししてるのに。


「おう、お前ら、転校生だぞ。仲良くしてやれ。えーと名前は・・・」

 須藤が手帳を見て慣れないカタカナ名前を確認しているあいだに、その美少年はなぜかこちらに向かって進んでくる。

(え、なに・・・!?)

 この格好に興味を持たれたのか!? と焦る。

 彼は俺の前にしゃがみ込む。

 一体何が起きているのかわからず、クラス中がシーンと静まり返った。


 彼は自分の学生鞄を開けると、小さな丸く薄い缶を開いた。

 それを開けると、透明なジェル状のものが入っていて、フワッと、高原の風のような、爽やかないい匂いがした。


(なんだ・・・? 髪に塗るやつか?)

 身近に女子もいないし髪に気を使う気もない俺は、彼が出したものが何かわからない。

 けれど彼はそのジェル状の何かを指につけると、俺の指にそれをなすりつけてこようとする。

「なっ・・なんだ!?」


「これ塗るといいよ」

 美少年は、流暢な日本語でそう告げた。

「こ、これ、何?」

「ティートゥリーのジェル。炎症に効くから」

「あ、ありがとう・・・」

 塗ってみると、ヒヤッとして、気持ちいい。

 気のせいか、やけどのヒリヒリにも、じわっと染み込んで、和らげてくれているような・・・。


「はい、いいかな? じゃあ、転校生紹介するんで、こっち来て。えーと・・・エリアス・緑川くんだ」

 美少年は棗藤の隣に立つと、自己紹介を始めた。

「エリアス・緑川です。母親がフィンランド人のハーフです。生まれた時からずっと日本にいるので、日本で話しかけてください。よろしくお願いします」

「フィンランド・・・」

 桃井がうれしそうにしている。

「フィンランドはハーブやアロマが盛んだし、妖精がいる国って言われてるし・・・。それに、今、さっと薬を出してくれたし。なんか魔法使いみたいだね」

「だな」

 着替えたジャージ越しにも、彼が塗ってくれたジェルの効果がスーッとして気持ちがいい。若いのに薬を持ち歩くなんて、なかなかデキるやつだ。


  3

 

 放課後、俺たち4人は、エリアス緑川に話しかけた。

「さっきは薬塗ってくれてありがとう」

「ああ、そんなこと」

 緑川はにこりと笑った。

「役に立ったのなら、よかったよ」

「ねえ、いつもあのジェル持ち歩いてるの?」

「ああ、まあ・・・。さっぱりするし、なんにでも支えて便利なんだ。アルコール入りで殺菌効果もあるからハンドジェルにもなるし。香りが気持ちを落ち着けてくれる気がするし」

「いい匂いだったよね。どこで売ってるの? 僕もほしい」

 匂いフェチの桃井は興味津々だ。

「これ、売ってないんだ。僕が自分で作ったから」

「えっ」

 俺は目を見開いた。

「ジェルって・・・自分で作れるのか?」

「簡単だよ。アロマオイルとエタノールとキサンタンガムと精製水とグリセリン入れるだけでいいんだから」

 言われてみれば、簡単にできそうな気もするけれど、作りかたなんて知らなかった。

 そもそも興味がなかったといえばそうだけど。

 それをササッと作れてしまうこいつは・・・何者なんだ!?

「うちの親、アロマスクールやってんだ。だから材料も豊富にあるから、つい覚えちゃったんだよ」

「アロマスクールって!」

 桃井が目をキラキラさせている。

「ひょっとしていろんな精油やハーブがずらっと置いてあるってこと?」

「そうだけど・・・?」

「リアル魔法使いじゃん!」

 青山も楽しそうに笑った。

「魔法使いってほどじゃ・・・」

「俺たち、魔術師探してるんだけど、やってみない?」

「やるって・・・何を」

 戸惑う緑川に、俺たちはゲーム画面を見せた。

「あ、エルフィーRPGじゃん」

「知ってんの!?」

「うん。CMで観てちょっとやってみたくらいだけど。ひとりじゃすぐにやられちゃって」


「俺たちとパーティー組もうよ!」

 俺は、思わず大きな声でそう言った。

 緑川はびっくりしたように俺たちを見てる。

 実はもうラスボスを倒したところまで行ったと伝えたら、

「レベル違いすぎ・・・!」

 と驚いている。


「一緒に闘ってればレベルはすぐに追いつくよ。俺たちの後ろにいてくれれば守れるし」

「そうだよ。僕もまだ後ろにいて、あんま戦ってない」

 俺たちは、勇者で、戦士で、賢者で、占い師で・・・とそれぞれの自己紹介をした。

「で、緑川、なんの役職でプレイしてた?」

「あ、それは・・・魔術師で・・・」

「やっぱりな!」

 俺たちはめちゃめちゃ笑ったあと、緑川の歓迎会をしようということになり、近くの駄菓子屋で仕入れたお菓子を神社で食べようということになった。

 もちろん、食べながら、ゲームの話も、たっぷりすることになるだろう。


 俺たちが仲良く教室から出て行こうとしたその時、教室の隅に白い蝶が止まっているのが見えた。

 外に出してやろうかと、蝶に近づいた。

「それは触らないほうがいいよ」

 緑川が、鋭くそう言う。

「え? なんで?」

「すごくデリケートな種族なんだ。外気にも弱いし、ここに逃げてきたんだろう。そっとしてあげるのがいいよ」

「緑川くん、蝶にも詳しいんだね、すごい」

 桃井はすっかり尊敬の眼差しで緑川を見つめている。

「母親が教えてくれたから、ちょっと知ってるだけだよ」

「それでもすごいよ。今度色々教えてよ」

「うん」

 緑川は、教室から出ていくその時に、白い蝶を振り返り、優しく微笑んだ。


「・・・ふう」

 ヤツらが教室から出て行ったので、私は素早く白い蝶から妖精の姿に戻った。

 白いロングヘアをフワッと下げて、やっといつものカラダになれた。


 はあぁ、蝶のままじっとしてるのって、大変なんだから・・・。

 それに何? あいつらのパーティーに新顔が加わっちゃってるじゃない。 

 あの新入りは、なんか、期待できる気がする。

 私のこと、わかっていたみたいだし。

 フィンランドから来たと言ってたっけ・・・。

 あそこは人間と妖精が共存している稀有な場所と聞いたことがある。


 緑川と言ってたっけ・・・。

 フィンランドの親の血をひいてるから、妖精の気配を感じることができたのかな?

 なんかちょっと面白くなってきたかもしれない。

 でも、この世界はとても平和・・・。

 今日も、ちょっとやけどしただけで大事件だし。

 こんなほのぼのした彼らに敵なんているのかな・・・?

 どうしてお父様は彼らに期待してるんだろう。

 お父様、私、いつまでこの人たちを見張ってればいいんですか〜?

 

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