第1話 取り返すのだ


 1


 俺たちがパーティーを作って、職員室に突撃したのには、ワケがある。

 元々俺たちは、スマホのオンラインRPGで遊んでいて、それぞれに役職を持っていた。

 あちらの世界では、俺たちは黄野が次々と暗号を解読し、敵を青山の攻撃でボコボコにし、破竹の勢いで前進していた。謎の洞窟が現れた時は、桃井が安全かどうかを占ってくれたし、俺たちはうまくやってきたつもりだ。

 そして、あと少しでラスボスを倒し、エンディングを迎えるはずだったのに。


「おい、何やってる」

「あッ・・・・!」

 真剣にスマホに前のめりに見入ってしまい、教室内を巡回していた敵、いや担任の須藤の気配に気づかなかった俺が、すべて悪い。

 たちまちスマホを取り上げられ、その時点で、俺は、オンライン上のラスボス戦を諦めなくてはならなくなった。

 悲劇はそれだけではなかった。

「なんだおい、青山に桃井に、黄野まで仲間だとはな。ダメじゃないか学年トップのお前が、授業をサボったりしたら」

 国語教師のくせに柔道二段という須藤は、意地悪くパーティー全員のスマホも同時に没収した。


 これで終わりだ・・・。

 ゲームはまたラスボス戦手前のアイテム集めからやり直さなくてはならないだろう。

 崖の上にある薬草を取ってくるの、かなりしんどいんだけどなあ・・・。

 それにしてもどうして、俺らは実名でプレイしていたんだ。せめてハンドルネームでも付けておけば、仲間まで芋づる式にやられることはなかったのに。


「はい没収。授業中でも手放せないほどスマホ脳になっちまってるお前らのスマホは、一週間俺が預かる。少し頭を冷やすんだな」

 須藤がそう言い放ち、俺たちは青ざめた。

 冗談じゃない!

 一週間もゲームを放置したら、パーティーはお腹を減らして全滅してしまうじゃないか!


「返してくれよっ、俺たちのスマホ・・・ッ!」

 そんな風に、須藤に飛びかかったとしても、あいつは返してはくれないだろう。

 それどころか没収期間をさらに延長する可能性さえある。

 だから俺たちは、その場では、唇を噛んで立ち尽くすしかできなかった。

 そして今、俺たちは、放課後の教室で、顔を突き合わせてため息をついている。


  2


「高校生からスマホを1日取り上げるなんて、鬼かアイツは」

 青山が握りこぶしをぷるぷる震わせて怒っている。

 筋トレ命のヤツなので、ちょっと力を入れるだけで、筋肉が盛り上がる。

 今にも誰かに殴りかかりそうだ。

「クソッ、殴り込みに行って取り返してやる。なあみんなで行けばきっと」


「やめろ」

 黄野が静かな声で諭した。

 こいつは学年一位の成績を誇る超優等生だ。

 でも俺たちとしょっちゅう一緒にゲームをして遊んでいる。

 一体いつ勉強しているのかわからない。きっと本当に頭がいいのだろう。


「教師を殴ったりしたら、下手すると逮捕されるぞ。来年受験生なのに、内申点が下がってもいいのか」

「……」

 皆、顔を見合わせた。

 推薦入試を受けるかもしれないし、内申点が下がるのは、困る。


「だったら暴力で押し切るのはやめろ。もっと賢く立ち回ったほうがいい」

「じゃあどうしたら・・・」

 俺たちは黄野を見つめた。

「一斉に僕を見るなよ」

「いや、だって、黄野、頭いいから」

「なんか知恵あるかなって」

 ぼそぼそ言うみんなに合わせて、俺も言った。

「そうだよ。ゲームでも賢者担当なんだし」


 俺たち5人は、オンラインRPGでそれぞれの役職があった。

 頭のいい黄野は、賢者。

 筋トレ好きな青山は、戦士だ。

 それぞれの特技を活かしたチョイスとなっている。

 俺は・・・。

 特技なんてない俺にあてがわれた役職は、勇者だった・・・。

「勇者が一番ラクなんだよ」

「周りの奴らが特技で支えてるし」

 確かにラクだった。

 みんなのおかげでラスボスまで辿り着けたのだと思う。

 あのゲームのように、リアルでも俺たちが一致団結してラスボスを倒しに行けたらどんなにいいか・・・。


「取り返しに行こう」

 最初に切り出したのは・・・俺だった。

「だってこのままじゃ、ゲーム全滅するぞ? せっかくラスボスまで行ってんのに」

「それは困る」

 青山はため息をついた。

「3ヶ月毎日プレイして、めちゃめちゃ気合い入ってたんだ。華々しいラストを迎えたい」


 このRPGゲームに出会ってから、俺たちがどれほどのめりこんだことか。

 町や村の人たちに暗号解読のヒントを聞き出したり、ラスボスがどの辺にいるのかを突き止めていったり、戦闘での経験も積みつつ、時には町で臨時バイトをしたり持ち物を売ったりしてゴールド増やしてレアアイテム購入も頑張った。頑張ったからこそ迎えられたラスボス戦だったのに。


 それを、須藤はメチャクチャにしてしまった。

 それどころかスマホを取り上げて、俺たちの頑張りを無にしようとしている。

 そうはさせてたまるか・・・!

 まあ、授業中にゲームをしていた俺たちが悪いんだけど。


「とにかく奪還しよう」

 俺はそう切り出した。今取り戻せば、傷は浅い。

「急いだほうがいいな」

 黄野も頷いた。

「大丈夫、いつもの俺たちのパーティーなら、勝てない敵はいない」

 俺が胸を張ると、桃井が泣きそうな声で、

「でも、どうやって」

 と聞いてくる。

「僕、推薦狙ってるから、内申下げられたら困るんだけど」

「俺も」

 青山が腕組みした。

「体育大学の推薦もらうつもりなんで、全く勉強してないから困るぞ」

 俺だって大した成績じゃないから、須藤に内申点下げ攻撃されたら困る。

 

 結局俺たちができることなんて、黙って黄野を見つめるだけだった。

「しかたない・・・」

 黄野は、ため息をついた。

「ひとつだけ、方法はある」

「さすがだ、黄野」

 俺たちは身を乗り出した。

 さすが、学年トップの頭脳。

 こういう時に秘策を編み出すことができるなんて、我らの賢者はなんて頼もしいんだ!

 

「だけど、これにはお前らの真剣さがカギになる」

「真剣だよ、俺は!」

 ラスボスを倒したい。

 この必死な思いだけは、誰にも負けないつもりだ。

 俺はスマホを返してもらいたいんじゃない、みんなとゲームを続けたいだけなんだ。

 へなちょこ勇者だったけど、パーティーは最高で、いつまでもみんなでゲームの世界に浸っていたかった。

 まあ、そのパーティーも、ラスボス倒したら、結局は解散なんだけど。

 どうせ解散するのなら、最高のエンディングを迎えてからにしたいじゃないか。


「俺だって本気だ」

 青山はポキポキと指の骨を鳴らしている。

「ぼ、僕だって、本気だよ」

 チキンな桃井も、スマホ奪還のために、勇気を出してくれている。

 胸が熱くなった。

 やっぱり俺たち、最高のパーティーだよ。


「で、どうすればいいんだ?」

 俺たちは放課後の教室で黄野から奪還作戦を伝授され、その巧みな考えに舌を巻いた。

 ・・・いける。

 これなら、須藤もきっと、返してくれる気がする。

 そして、俺たちは再びラスボス戦に挑み、今度こそRPGの世界に平和が訪れるはずだ。

 そして、俺たちのリアル社会にも平和がやってくるはずだ。


 だから俺たちは、揃って職員室に向かった。

 そして黄野の指図通り、一斉に須藤に頭を下げた。


  3


 須藤は、頭を下げ続ける俺たちに、少したじろいだ。

「なんだお前ら、あやまったらスマホ返してもらえると思ってるんなら大間違いだぞ。俺は1週間没収すると言ったんだから1週間くらいゲームを我慢して勉強してろ」

 あっさり一蹴された。

 ここまでは全て黄野の予想通りだ。

 そして・・・。


「でも先生、それでは困るんです」

 黄野がキッパリと須藤に立ち向かう。

「今夜、勉強系ユーチューバーの生配信があるんです」

「なんだ今度はユーチューブか。そんなのばかり見てないで勉強を・・・」

「現役東大生なんです」

 そこで須藤が黙った。


「僕は毎週、彼の配信を聞いて、勉強のコツを教えてもらってるんです。彼は生配信しかしないので、先生にスマホを返してもらえないと、今夜の番組を聴くことができません」

「なんだ、それならユーチューブはパソコンでも観られるだろ? 親のパソコンでも借りて・・・」

「今夜はユーチューブじゃないんです!」

 黄野は引き下がらない。

「今夜はとっておきのコツを話すということで、ライブ配信アプリからのシークレット生配信なんです。だからスマホでしか見られないんです」

「そ、そうなのか」

「はい。僕の成績がトップなのは、この人のおかげなので、スマホがないと勉強に差し障りが」

「じゃあしょうがないな、黄野だけは返してやろう」


「僕だけじゃないんです」

 黄野は食い下がった。

「彼らも最近、そのユーチューバーの配信を見るようになってます。僕が教えたんで。やっと最近勉強のコツがわかってきたみたいなんです。な?」

 そんなユーチューバーのことは知らないし見たこともないが、俺たちは必死に首を縦に動かした。

「彼らもこれから成績が上がってくると思うんで、勉強したいんで、どうかスマホを返してください。お願いします」

「おっ、お願いします!」

 黄野に合わせて俺たちも声を合わせてお願いし、何度も頭を下げた。


「むぅ・・・」

 須藤は、唇をかみ、そしてこう言い放った。

「勉強のためというのならしかたない。返してやるから、しっかり成績上げろよ」

「あっ・・・ありがとうございます!」

 須藤から変換された俺たちの4台のスマホは、ゲームの中で海賊に盗まれた黄金を取り返した時のように、キラキラと輝いて見えた。

 

 かくして俺たちは、無傷でスマホを奪還し、再びラスボス戦への準備を始めている。

 それもこれも素晴らしい作戦を考えてくれた黄野のおかげだ。

「僕だけの手柄じゃないよ。お前らもちゃんと演技に合わせてくれたし」

「ほんと、黄野って天才的に頭がいいのに全然えらぶらないし・・・すごい好き」

 桃井がうっとりと、ピンク色のウサギ型のスマホカバーを撫でながらつぶやいた。

「とりあえず解散して、お互いに明日までに家でゴールド稼いどこう」

「ああ」

 本当によかった。

 俺たちの力を合わせれば、リアル社会でも生きていける。

 不思議な結束力に、俺は感動していた。

 これからも、みんなでこんなふうに助け合えたら、楽しいな・・・。


「・・・」

 そんな俺たちを、じっと見つめている存在がいるなんてこと、俺たちは知るよしもなかった。

 教室の隅に小さな白い蝶が止まっていて、それが妖精の化身だなんて・・・。

 そして、その化身が、俺たちが去っていったあとで、ぼやいていたことだなんて。


「はあ〜ぁ。あいつら、ほんとに頼りになるのかな」

 パーティーの一行が過ぎ去ってから、白い蝶は、床まで届くかのような白いロングヘアの美少女妖精に変化した。妖精なので、手のひらサイズだ。

「お父様が、あのパーティーをウォッチしろというからやってきたけど。あれは何? 学校の先生から何かの機械を返してもらってるだけで、全然戦ってないし。あの子たち、ほんとに期待できるの?」

 教室の机に腰を下ろし、妖精はひとり、ため息をついた。

「まあ、でも、お父様の命令は絶対だし。だってお父様は、妖精王なんだもんな・・・。まあ、しばらくウォッチさせてもらいますね・・・」

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