第7話 共闘戦線

 騒動から一夜明け、今日も快晴が一面に映える3課のデスクで暇を潰していた。

 結局昨日は、DR関係者に目撃される事なく変身を解いて3課メンバーと合流した。高速移動やベルゼブルの能力によって発生した砂嵐に助けられたという事だろう。

 だが、昨日の戦いで得たものは余りに大きい。仮にも自身が勤めている組織の上層が、このご時世に拷問まがいの行為を働いているという情報は3課に大打撃を与えていた。

「……結局、DRはどうなるんでしょうね」

 浦矢の、正気の抜けたような声が飛ぶ。本人は机に突っ伏したまま顔を腕に埋めていた。

「なにも変わらないさ。この情報を今有しているのは乃鳥支部3課だけだからな」

「それに、あの6柱がウソで混乱させようとしたのかもしれないからねぇ」

 隊長と山藁さんが、浦矢の声に反応した。確かに、あちら側にはアガリアレプトがいるので情報の真偽を確かめることができる。しかしこちらには、それを確かめる術がないのだ。

「無駄な詮索をすれば、3課はDR全体を敵に回す可能性だってある。今は無視が一番だろうな」

 現在、我々に出来ることは何もない。だが、アガリアレプトが本気で裏切りの疑いを掛けられていたというフルーレティの言葉が真実であれば、DRにかけられている地下牢獄の件は真実の可能性が高い。

「ベリアルはなんにも知らないの?」

 浦矢の呼び出しにも応答しないベリアルは、足元でなにかを貪っているらしい。

「おい、呼ばれてんぞ。つか何食ってんだよ」

「あぁ……?」

「お前それ俺の昼飯じゃねえか‼︎」

「細けえこた気にすんなよ。腹減るぞ」

 その腹を満たすべきものが、次々とベリアルの小さな胃袋に消えていく。また近くのコンビニに走らねばならぬのかと肩を落とした。

 割と田舎に建てられたこの支部は、本部からもかなりの距離がある。故に先日の到着が遅れたのだが、まあそんな土地なのだ。

 コンビニがそうそう近場にある訳でもないが、かといって車を走らせるような距離でもない。ちなみに、ここに自転車なんて万能車両は置いていない。

 つまり、走るしかないのだ。

「あぁ……めんどくせえ……」

 ベリアは満足げに息を吐き、その場で大の字になっていた。

 すると、スマートフォンに一件の連絡通知が届く。初期からインストールされていた、ニュースアプリのものだった。

 




 目を覚ました直後というのは、かなり意識が朦朧としている。それは果たして、目が覚めていると定義して良いのだろうか。

 なんて、くだらない考えをかき消すように悪臭と錆びた鉄の香りが鼻をついた。

「……なんだ?」

 身体の感覚に頼ると、両手が大きく開かれて固定されているらしい。腕を動かそうと試みるも、何故か金属の擦れる音が響くばかりだった。

「あの状態から数時間で目を覚ますとは。流石エクサードの治験に選ばれただけはある」

 ガスマスクをつけたDRの研究者が語りかける。その男は何やらガチャガチャと音を立てて、縛られた右腕を弄っていた。

「何をしている⁉︎そうだ、悪魔は……悪魔はどうなった‼︎」

 目覚めた感覚の中で、精一杯に叫ぶ。それにより、全身から消えていた痛みが一斉に襲いかかってきた。

「ぐっ……」

 どうやら視界に映っているものから考えるに、簡素な牢獄といった場所だろうか。人物はDRの紋章をつけた研究者が三人と、その背後にもう一人。

「代表……⁉︎」

 DR本部の代表に位置する小太りの男、羽島が背後から姿を見せる。いつも通りの油を額に光らせ、蔑むような目をこちらに向ける。

皆倉蓮磨みなくられんま、君はよく働いた。君のおかげで悪魔の危険性を世に示すことができた」

「……そうですか。では、これは一体?」

 抱いていた疑念を問う。牢獄だという事は理解できるが、所在やこの悪臭の正体は不明なのだ。

「現在、君は世間で「悪魔に殺害された」と報道されている。故に出歩かれては困るのでね……君はここに拘束させてもらう」

「なっ……⁉︎」

 何故だろうか。戸籍を操作することや、整形をする事はDRの技術や権限を用いれば容易い筈。だというのに、今この身は牢に繋がれているというのだ。

「確かに6柱の侵入を許し、逃亡させたのは事実です‼︎ですが、それ故による身柄の拘束は最早組織としての範疇を超えている‼︎」

 異臭に惑わされながらも、己の意見を伝える。だが、この程度で納得する輩なのだとしたら、自身はここにいないだろう。

「お前、何か勘違いしているな」

「何……⁉︎」

「例えエクサードの実験台として選出されようと、結局私から見れば全て下っ端に過ぎんのだよ。それに、今までもこうしてきたのだから今更だろう」

 羽島はその場から離れ、背景になっていた向かい側の牢を見せる。どうやら、先ほどから感じていた根源はそこにあるらしい。

「見ればわかる通り、ここは今までに極秘の作戦を失敗した隊員が処理される……いわゆる、実験屠殺場だ」

「屠殺……だと⁉︎」

 そこには、爛れ落ちた肉塊がかろうじて身の形を保っているものがあった。羽島乃言葉を聞くに、人間だろう。

「ふざけているのか⁉︎DRはいままで隊員に極秘としてきた区域でこのように惨い事を……‼︎」

 どれだけその場にて絶望を喰らおうと、充満する死臭に掻き消されるばかりだ。何もできないまま意識が飛びそうになる最中にも、何度も羽島へ叫び続けた。

「極秘だと言っている。そんなものを中途半端な覚悟で担わないで欲しいとこちらも願っているのだが……」

 羽島は、研究者と違いガスマスクを付けていない。嗅いだこともない異臭に対して嘔吐感などを感じている自身がいるというのに、この男は平然としていた。

 一体、どれだけの隊員がこの男の手に掛けられてきたのだろうか。

「だが、君はしっかりと功績を残しているのでせめて生かしておいてやろうと決まってね。確かに破損したエクサードの修理には何億という金が飛ぶが、君は社会貢献をしたと思っていればいいのだよ」

「貴様ぁぁ‼︎外道が‼︎解放しろ‼︎」

 その言葉も虚しく、研究者のうち一人が飛ばした拳が直撃する。拘束の上に受ける拳は避ける術がなく、何度も鉄の匂いを増長させていた。

 だが、この程度で意識を失うくらいならエクサードの治験に選ばれてなどいない。何度もその攻撃に耐え、眼前の邪悪を睨み続けていた。

 何が、悪魔を抑制する組織だ。

「俺は貴様の方が……貴様の方が奴らよりもよほど悪魔に見えるぞ‼︎」

 その発言に眉を顰める羽島。突然右の方向を向き、多くの牢が並ぶ先に向けて言葉を飛ばした。

「らしいぞ。この男はそう語っているが、本人らはどう思う?」

 羽島の発言に、左右に続く牢から多くの言葉が響いていた。

「ふざけんじゃねぇクソが‼︎さっさとこの鎖解きやがれ‼︎」

「うるせぇ‼︎ぶっ殺してやらぁ‼︎」

 羽島に向けて飛び交う罵詈雑言。この男の言葉をなぞれば、とある論に辿り着くだろう。

 この男は悪魔までもを監禁し、この施設で実験台などに扱っているのだろうか。

「聞いたか。我々DRが各所で捉えた悪魔たちの声だ」

 あまりにも壮絶すぎるその声に、言葉を失う。

 確かに自身は、悪魔は人類の敵として見ていた。だが、その声量から推測するに軽く200体は監禁されているのだろう。そして、今まで罪を犯した悪魔というのは、全世界を合わせたとしても数えるほどしか存在していない。

 この男は、無差別に捕獲した悪魔を実験台として扱っているらしい。さらに、ここは屠殺場も兼ねているらしく、悪魔のその身を何らかに加工して売り捌いている可能性すらあるというのだ。

「先日の襲撃はここの存在を知っていたからなのか⁉︎6柱ということはアガリアレプトの能力で……‼︎」

「さて、そろそろ会話は終わりにしよう。スーツに匂いが付くと困るからね」

「待てッ‼︎」

 三人の研究員と羽島は、鳴り止まない悪魔の罵詈雑言を潜り抜けるように歩いて去っていった。熱気に満ちたその空間が死臭の匂いを増長させて、より一層意識を破壊する。

 段々と閉じる世界で、己が犯した過ちを悔いた。

 


「何でオレ様も行かなきゃなんねぇんだよ」

「オレの昼飯食ったのはお前だろ。田舎ツアー道連れの刑だ」

 少し住宅から離れると、すぐに畑や田んぼが並ぶ景色に早変わりする。なんとも田舎という言葉を絵に描いたようなこの風景に、ものすごい趣を感じた。

 やはり都会から少し離れただけでこの光景があるというのも、共存性があって良いのではないだろうか。

 地面でチョコチョコと歩き、こちらの足音に反応して飛び去る雀を見上げてその羽音に耳を傾けていた。

「んぁ?」

 ふと、ベリアルの腑抜けた声が静かな風景に響いた。その声に反応して視線を前に戻すと、とある人物と遭遇する事になる。

「やはり来たか」

「ルキフグ、何しに来やがった?まさかオレ様の昼飯狙ってんのか⁉︎」

 ベリアルの阿呆みたいな声が響く。それに反応するように、田に張った水の中で蠢く生物たちは本能的な何かを感じたのか、波紋を浮かべてどこかへきえてしまった。

「悪いが、馬鹿の相手はしてる暇ないんだ。私は今回貴様らにとある提案をしにきた」

「提案……?」

「あぁ」

 ルキフグは、俺とベリアルの二人に向けてとある話を始める。それは、今現在に至るDRの動向に関するものだった。

「現在メディアはスーツの中に居た人間を死亡として報道し、悪魔を完全に人類の敵にしようと企てている。明日の朝のニュース番組辺りで、恐らく全人類が昨日の件を掌握する事になるだろう」

「だったらなんだってんだよ。そうなっちまったら何も出来ねえぞ」

 ベリアルの反論。当然、悪魔が意図的にDRに攻め入り死者を出したという情報は、完全なる対立を生み出すのに最適なものだろう。

「そうだ、私たちに反抗する術はない。これ以上人間に害を為せば、最悪は全面戦争というのも考えられるからな」

「それじゃあどうするんだよ」

 自身も、ここ数日で6柱級の悪魔と会話を交わすレベルにまで順応していた。悪魔に対する考え方も少し変わっているのだろう。

「それを突破する道をアガリアレプトがひとつだけ見つけた。そうすれば、我々悪魔に向く矛先はDRに向くだろう」

「じれってぇ。早く言いやがれ」

「……先日伝えた、DRの地下牢獄について調べた。すると、とんでもない事が発覚した」

 ルキフグの真剣な眼差しは、開けた田舎の木々から鳥を飛び立たせる。恐らく、彼女はそういった威圧を生み出す感情を抱いているのだろう。

「昨日のエクサード始め、DR内で極秘の作戦に失敗した隊員が監禁されて実験台にされている。DR代表の、羽島という男によって……」

 その言葉に、返す事は出来なかった。彼女にその要因がある訳ではなく、内容にある事は明白だった。

「なっ……嘘だろ……?」

「おいおい、こいつぁやべぇ事になってんなぁ」

 ベリアルでさえも、苦笑気味に表情の中で口の端を引き攣らせる。

 今はあまり聞かなくなってしまったが、人類はマウスを使った実験を何度も歴史で行なっている。それと同じ感覚で悪魔を使っているとばかり思っていたのだが、どうやらそれだけに留まらないらしい。

 そもそも、人間と同等の思考を持ち合わせた生物を実験台として扱う事にも人間の所業とは思えなかったが、まさか人間そのものを実験台として扱っているなど信じられるわけもなかった。

「殺戮を得意とする悪魔と生身の人間を戦わせる実験では、今現在発覚している内の最多となる27人の死亡が確認されている」

「どっちが悪魔なのか分かんねぇなぁオイ」

「全く、その通りだ。それに、うちのボティスは対魔の仕掛けがされた矢を毎日腹に食らい、抉れた箇所がまだ修復出来ていない。アガリアレプトが気付かなければ、完璧に死んでいただろう」

 あまりにも恐ろしすぎる所業に、消化し切った筈の朝食が込み上げてくる。バアルの死体を間近で見ていた昨日はギリギリ吐かなかったが、こちらは言葉だけで気分を悪くするのに充分らしい。

「……で、提案ってのはなんだ?」

 吐きかける姿を横目に、ベリアルはルキフグとの会話を続ける。とりあえず、後で詳細を詳しく聞こう。

「簡単だ。数日後に再度DRの地下牢獄に潜入し、それを映像に収める。そして、全人類に向けて放映する」

「出来んのかよ、んなこと。つかまた侵入したら今度こそアレだぜ」

「それは大丈夫だ。そろそろサルガタナスが仕事から帰還する為、彼女の透明化と瞬間移動を使って詳細を撮影する。後はその映像をフルーレティとグレムリンに全国ネットとテレビ放送を乗っ取らせて放送すれば良い」

 それでも多方面に少々敵を作る事になりそうだが、まあ全人類に敵意を向けられるよりはマシなのではないだろうか。

 ちなみに、なんとか吐瀉物は飲み込んでおいた。コアを食った事によって喉の力が強くなっていたらしく、簡単に鎮圧することができた。

「……いいぜ、乗ってやる。悪魔全体のこれからが懸かってんだからな。オレ様は何をすればいい?」

「私とベルゼブル様とネビロス、そしてお前の4人でサルガタナスとフルーレティの護衛だ。多くの人類に真実を届けるためには、出来るだけ長い時間映像をリピートしなければいけない。当然DRからの刺客が現れるだろう」

 この場で組まれた共同戦線に、任務が課せられる。そしてルキフグは、詳細は追って伝えると残してどこかへ去ってしまった。

「……めんどくさいな」

「いや、オレ様たち全員の命運かかってんだ。人間と争う事になったら、多分もう悪魔のコアが食えなくなるから今回は真面目に行くぜ」

 ベリアルの目は、見たことも無いくらい真剣だった。この件に悪魔サイドとして巻き込まれている唯一の人間は、いつの間にかその雰囲気に呑まれてしまっていた。

「さぁて、とりあえず昼飯だ。難しい話すっと腹減るからな」

「お前さっき俺の昼食ったじゃねえか。買わねえぞ」

「んだとてめぇ‼︎オレ様は腹減ってんだよ‼︎」

 こんなくだらない会話も、二日と少しで慣れてしまっている。これに対して自身が思う事は、特に何も無いだろう。

 ただ、もしも人間と悪魔の対立なんてものが起こってしまうなら、こんな会話ももうできなくなってしまうのだろうか。なんて、数日で作られた薄っぺらな関係に不安を覚えていた。

 

「ルキフグ、ベリアルはなんだって?」

「やはりこの状況は向こうにも不利益らしく、協力の姿勢を示しました」

 相も変わらず獄の深層部。ベルゼブルの組んだこの作戦には、悪魔と人間の今後が賭けられているといっても過言では無い。

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